プレゼン
(Pちゃん…Pちゃん、聞こえるか?)
家まで後100メートル、念話で呼びかける。
(電波が届かない場所にいるため、かかりません、ご用件のある方は発信音の後にメッセージを入れて下さい、ピィー)
(…いつそんなボケを覚えた? てかPちゃん、先輩が来る!)
(ピ!)
(もうすぐそっちに着くから、可及的速やかにベッドに潜っておくか、ピヨピヨちゃんになりきって、転がっていてくれっ)
(了解ピ! ヒヨコのマネなら得意ですピ!)
(ぬいぐるみだぞ? あくまで)
「航平君、どうした? さっきから苦笑いしたり心配顔したりと、ひとり百面相だぞ? さては部屋ヘボクを連れ込むから、緊張してるのかい? クククッ」
隣で千駄木先輩が笑う。ケーキの件で、家に誰もいないことは話していた。
「連れ込むなんて言わないでくださいよ。人聞きの悪い」
「クククッ、失敬」
Pちゃんのことで緊張しているのは確かだが。
先輩にバレたら、それこそインスタライブに出演を! となるのは目に見えている。そんなことになれば11人のフォロワーたちが居場所を突き止め、Pちゃんを奪いに来るかもしれない。なんせ何かの精鋭なのだから。
「着きましたよ。ここです」
「ほう、趣のあるアパートメントだな」
多分この人は金持ちだと直感した。
「…どうぞ」
ガチャリ
ドアノブを回し、中に入る。
「電気を点けたままにしているのかい?」
「あー、消し忘れです」
「ふうん、倹約家の航平君がねえ。お邪魔するよ」
先輩がヒールを脱いで、台所から開いたままの引き戸を通り、6畳部屋へ入っていく。
「綺麗にしているな。とてもダンジョンがあるように見えないが…」
周りを軽く見て、先輩が桜色のトレンチコートを脱ぐ。俺はコートを受け取り、その手触りの良さに軽く驚きながら、ハンガーに掛け、自分のスーツの上着も脱いだ。
「物が少ないだけですよ。ダンジョンは後で見せますから、座布団に座っててください。夕飯作っちゃいます」
ベッドの上に転がって動かないPちゃんをさり気なく確認してから、Yシャツの袖をたくし上げ、台所に向かう。
「ああ、済まない。とても楽しみだ」
(頑張れPちゃん、先輩が帰ったらご飯にするから)
(報酬はチョコボールで良いですピ)
(…分かったよ)
俺はPチャンネルを閉じると、一応冷蔵庫を開けて、空間庫からビッグホーンの肉500グラムとピーマン、もやしを取り出した。
普通の包丁で肉を細切りにし、ビニール袋に肉、塩コショウ、生姜、片栗粉、ごま油を入れ揉み込む。
放置している間に、手鍋で湯を沸かしワカメと卵の入った中華スープを作った。
大量のピーマンをやや太めの細切りにすると、火にかけたフライパンにごま油、おろしニンニクを入れる。ごま油の香ばしい匂いと、弾けるニンニクの匂いが最強タッグだ。
そこに肉を入れ、色が変わった頃合いを見てピーマンを入れ更に炒める。歯応えを損なわないよう、もやしは最後だ。オイスターソース、しょう油、酒、砂糖、XO醤で作った合わせ調味料をジュワッと投入。軽く炒めたら、なんちゃってチンジャオロースの完成だ。
皿に盛り、ご飯、中華スープとガラステーブルに運ぶ。
先輩は座布団が置いてあった、ベッドが背中側になる位置に座っていた。
水の入ったコップ置き、先輩に割り箸を渡す。
「手早いな、10分ぐらいでできるとは驚きだ」
「タケノコはちょっと高いんで、もやしを使ってますが」
「いやいや、食欲をそそる。頂きます」
千駄木先輩は綺麗に箸を使い、なんちゃってチンジャオロースを口に入れた。
シャクッ…
「美味しい…。なんだこれは…」
先輩が一口食べ、目を見開く。その言葉と表情に嬉しくなる。
考えてみれば、家族以外、Pちゃんを除いて、人に料理を食べてもらうのは初めてだった。
シャクシャクッ
ん?
シャクシャクシャクッ
おおう…
むちゃくちゃ食べ出した。山盛りだったチンジャオロースがどんどん減っていく。ベッドの上のPちゃんが微かに動く。
(航平、航平! 私の分…ピィ)
(大丈夫、取り分けてあるから。動くなよ?)
チンジャオロースが半分になったくらいで、先輩がはたと手を止めた。
「済まない。我を忘れた」
「そうみたいですね」
俺もパクっと食べた。もやしとピーマンの小気味良い歯触りにビッグホーンの濃厚な味。うん、我ながら無茶苦茶うまい。
「先輩から貰ったXO醤が良い感じですよ。結構使ってます」
「ククク。そう言ってもらえると嬉しいぞ。魔除けの置物より、航平君は喜ぶだろうと考えた。正解だったな」
それから先輩が行った旅行の話を少しすると、
「で、ダンジョンはどこにあるんだい?」
と、先輩が切り出した。
そりゃあ気になるよな。でもその前に…。
「その前に先輩、これを見てもらえませんか」
俺はポケットから出したかのように、空間庫からアンシリの魔石を取り出し、テーブルに置いた。
「なんだい、これは? 大き目の数珠に見えるが…」
それはピンポン玉くらいの大きさで、アンシリを倒した時、手の中ではなく足元に転がっていた物だった。
大きさはオノカブトより小さいが、ただ凝縮されているだけで、エネルギー量はそれ以上だと、Pちゃんが教えてくれた。確かに他の魔物より、魔石が更に黒いように見える。
「これはダンジョン内にいる魔物を倒すと出てくる石で、魔石といいます」
まずは分かるように説明しなくては。プレゼン開始だ。
「ダンジョンに実際の魔物がいるのかい? 言い伝えや偶像的なものではなく?」
先輩はゲームをやらない。ラノベも読まないらしい。人間の営みや自然に対する畏怖の念から生まれた、祈りや儀式、口承された伝説、また科学的に分かっているパワースポットなどが好きなのだと言う。
ダンジョンも、古城などに実際にある地下牢、洞窟迷宮、炭鉱跡と思っていたようだ。確かにそれが世界中に出来て、俺の部屋にまでできたとなったら、混乱するだろう。魔法も超能力のように捉えているフシがある。
「触っても?」
「どうぞ」
先輩は箸を置くと、魔石をつまみ上げ、しげしげと眺めた。
「思ったより随分と軽いな。軽石のような、ガラスのような」
「俺は最初、黒曜石だと思いましたよ」
「なるほど、オブシディアンか。それよりも軽いが、見た目は確かにな」
「オブシディアン?」
「オブシディアンの和名が黒曜石だ。溶岩が長い時間をかけて、固まった天然ガラスみたいなものだな。パワーストーンと考えられているよ」
「パワーストーンですか…この魔石もエネルギーの塊ですよ、先輩」
「ほう?」
「この魔石ひとつで、上手く変換できれば、1億kWhを10日間取り出せるらしいです。ちなみに…」
カラ…
俺はもうひとつ、キラーアントの小指の先程の魔石を、ポケットから出してテーブルに置く。
「こっちの小さいほうでも1億kWhの電気を1日。この魔石自体にも、エネルギー変換時にも、有毒なモノは出ないそうです」
「ちょっとストップ! 航平君、分かっているだろ? そんなのは有り得ない。それぞれの火力発電でも1日の2億kWhも無いぞ? LNG9万トンを2日半で使い切ってもだ」
「まあ俺も、聞いた時は信じられなかったんですが…」
ちらっとPちゃんを見てから、話を続ける。
「東京の年間の電気使用量は、一般家庭、店、会社、工場等すべて合わせ900億kWhくらいでしたよね?」
「うん、大体そうだな」
「この小指の先ほどの魔石が…まあ時期による電気量の変動は置いといて、3個あれば東京の電力を1日賄えるということです」
「…本気で、ボクを担ごうとしているのじゃなく…」
「先輩には真実を話していますよ。協力者になってもらいたいし」
「フゴッ! …失礼」
「いや、驚きますよね。俺も聞いた時愕然としましたよ。魔石はLNG…液化天然ガスのように使い切りですが、それでも2日に1回もタンカーで運んでこなくてすむ分、お得でしょ?」
震える手でコップを持ち、先輩がゴクリと水を飲む。
「……航平君、76日後にダンジョンが現れ、そこにはこの魔石を持った魔物がいると?」
「そうです」
「…国の電力を長期間賄えるほど?」
「ダンジョンは広いし、今後出現する規模を考えれば、半永久的に」
「…ダンジョンでは航平君のように、超能力を発現することができる?」
「先輩、魔法です」
「ああ、そうか。…魔法を誰でも覚えられるという?」
「そうです」
先輩が息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「……航平君、世界が激変するぞ」
「はい」
俺が真面目に頷くと、先輩の顔が崩れた。
「……ククククククッ! フゴッ! 面白すぎる! フゴッ!!」
先輩が盛大に鼻を鳴らす。
「せ、千駄木先輩、落ち着いて…」
「バカタレッ!」
バカタレ??
「これが落ち着いていられるかっ! 世界の黎明期到来だぞ!? くううう、ボクは初めて、生まれてきて良かったと思ってる!」
…先輩、いったいどんな人生を。勝ち組じゃないの?
「千駄木先輩、俺は人見知りだし、頭もすぐ回らない。人前に立つと吐きそうになる。でも一番先に知ってしまったんですよ。だから少しでも、例えば先輩のフォロワー11名にだけでも、知らせてほしいと思ったんです。まあ、言い訳が欲しいだけですけどね」
ちゃんと知らせたぞ、と、後の世界にも、Pちゃんを創った大いなる方にも。
「良いじゃないか、黙ってても。いずれ皆知るんだ。マウントを取っておけば良い」
「え?」
「それくらい許されるさ。ボクなら許す。そして情報を高く売る」
「…実はこの魔石を先輩のお兄さんに渡してほしいのは…」
「これを研究してもらって、新しいエネルギーとして開発実現してほしいんだろう? 初めは各国軍が、うちは自衛隊が動くだろうが、いずれ魔石の量が必要になれば一般人にも協力を頼むだろうし。給料制か出来高制かわからないがね。その体制も作らなきゃいけないし」
おお、さすが千駄木先輩。
俺は失業したくなかった。なんせうちの会社は火力発電関連の会社だ。安全で安価なエネルギーが国内で採れ、循環し出せば、世界で使われるエネルギーの大半が魔石利用に流れるだろうと思った。そして利害関係から、熾烈な争いが起こるだろうとも。
まあそこは、俺の関知するところじゃない。まずは俺が手にする魔石を利用してもらわないと話にならない。
しかも魔物を倒して魔石を使えば、異次元から流れ込んでくる魔力を消費できる。一魔石二鳥だ。
「そうです。俺が生き残っていくために、魔石の買取や防具、武器の製作もしてほしいんですよ。国に」
「クククッ。俺が生き残っていくためか…やっぱり航平君は面白いな。分かった。ボクも、協力させてもらうよ」
千駄木先輩が楽しそうに笑う。プレゼンは成功した。
長いのに読んでくれてありがとうm(_ _)m




