リア充爆発
千駄木先輩はお茶を一口飲むと、
「ダンジョンっていうのは、地下迷宮のことかな?」
と、首を傾げた。
「はい、確かに迷宮です」
「どこかの古城か、炭鉱か…。で、どういった内容のネタ? 場合によっては行って確認を取らないといけない」
「76日後に、ダンジョンが出現します。世界中、至る所に」
「…ククク。航平君にしては笑えないぞ?」
先輩が笑いながら肩をすくめる。
「まあ、信じられないですよね。俺も、そうでした」
俺も半笑いを浮かべながら、辺りを見回した。人はいない。
「先輩、お茶貰ってもいいですか?」
「構わないが、飲みかけだよ?」
「飲みませんよ」
お茶を受け取るとペットボトルを傾け、自分の手のひらにかける。
「何を…」
止めかけた先輩が、あんぐりと口を開ける。美人が台無しだ。
まあ俺の手のひらの上に、こぼれたはずのお茶がゴルフボールくらいの球体になって浮かんでいれば、驚くのも無理はない。
「先輩、俺、水が操れるんです」
「うえええ!? 何? 手品?」
先輩は手のひらと球体の間に手を差し込み、水平チョップを繰り返す。
「手品じゃないですよ。魔法です」
球体のお茶を、今度は細く長い抹茶そば状に変え、そのまま啜った。
ゴクリッ。あ、飲んじゃった。
「すみません、飲んじゃいました…」
呆然としている先輩に謝る。
「うん…構わない。いや構う。ボクは今、非常に混乱している」
「ええ、分かります」
ペットボトルのお茶を先輩に返す。
「…航平君、そのなんだ、水を操る以外にも何かできるんだろうか?」
俺はちょっと考え、コンビニの袋を借り風を送ると、宙に浮かせた。中のゴミが落ちてきて慌てて拾う。
「…今のは風魔法そよ風バージョンです。水も風魔法も弾とか刃を作れますけど、ここじゃ危ないので」
なんとなくペコッと頭を下げた。
「…ドアを壊したのも、魔法かい?」
「いやあれは不可抗力というか、なんというか…。すみません。もうコントロールできるので、壊しません」
「……なんてことだ。信じられない」
千駄木先輩が顔を伏せ、ブルブル震えている。
拒絶か…な。
怖がらせてしまった。
この人は変人だけど心が広いから、もっと上手い伝え方をすれば、届いたのかもしれないのに。俺は本当にこういうのが苦手だ。
「先輩、すみまー」
「ククク! ククククゥッ! フゴッ!!」
千駄木先輩?
「なんてことだ! 航平君、やっぱり君は面白いな!」
おお?
「航平君、ぜひそのネタを買わせてくれ! あらゆる方面から借金してでも言い値を払う! これは炎上するぞおお」
あれ? 『炎上』ってそういう使い方だっけ?
まあいい。本題を切り出す。
「お金はいりませんから、お願いがあるんです」
「なんだい?」
「先輩の、背広組のお兄さんに、渡してもらいたい物があるんですよ」
「分かった。週末に実家に来て夕飯を食べることも多いから、その時渡すよ」
あっさり聞き入れてくれた。
「それよりまず航平君には、ボクのインスタに出てもらってー」
拳を握り締め、鼻息を荒くして俺を見る。
「あ、俺は出ませんよ?」
「え?」
「11人も画面の向こうに人がいるなんて、想像しただけで吐いちゃうから。ライブでエフェクト掛けられないでしょ?」
「ええ? じゃあどうやって伝えれば…あ、白狐のお面もあるぞ?」
「着けません」
「ガネーシャでも?」
確かゾウの頭の神様だったか…。
「種類の問題じゃありません」
なんだ? お面コレクターか?
「じゃあどうするんだい? ボクのフォロワーは言葉だけじゃ納得しないぞ?」
「えっとですね」
ポケットに入れていたスマホのタイマーが、休憩の終わりを告げる。
「あ、先輩、昼休憩も終わるし、続きはまた明日の昼にでも」
「ボクを生殺しにする気?」
立ち上がろうとした俺を、ぐいっと引っ張る。
「いや、そんなつもりは…。でも今日は早く帰ってご飯を作ってあげないといけないし、週末はダンジョンに潜るし」
「ダンジョン? だってできるのは76日後だろう?」
ああ、そうか。忘れていた。
「世界に出現するのはそうなんですが、俺の所だけなぜか早くできたんです」
ベンチから立ち上がり、歩き出す。先輩も後に続く。
「…待ってくれ。航平君の所だけ?」
「はい、部屋に。そのダンジョンで俺、魔法覚えたんで」
「…じゃあ、ダンジョンなるものが、部屋に?」
「はい」
「はい、じゃない! どうしてそれを早く言わない!? プレゼンが下手すぎるぞ航平君!」
えー。あっさり要求を飲んでくれたのに?
「すみません…」
とりあえず謝っておく。
「まあいい。ところで航平君、今日の夕飯は何かな?」
先輩がピタリと足を止めた。
「はい?」
「今日は一緒に帰ろう。ここで待ち合わせだ」
「はいいい!?」
会社の玄関ロビーに、俺の声が響き渡った。
「で、今日の夕飯はなんだい?」
人に挟まれ、電車に揺られながら、ピッタリくっついた千駄木先輩が聞いてくる。
なんだか良い匂いがする。
「…ピーマンが安かったので、牛肉と炒めようかと」
「それは良いな。美味しそうだ」
隣に立っていた男が、小さく舌打ちをした。
分かる、分かるぞ。これは舌打ちもしたくなるほどの、リア充爆発しろってヤツなんだろ?
まさかこんな爆発しろと思われる日が自分に訪れるとは…。
「デザートは杏仁豆腐が良いな」
「オレンジゼリーです」
「手作りかい?」
俺が頷くと、先輩がにっこり笑った。
「入社した時から自分で作ったお弁当を持ってきてるし、料理が好きなんだな」
「必要に迫られてですね」
「それでも、だよ」
電車を降り、徒歩で自宅に向かった。今日は買い物する物もなかったが、途中先輩がケーキ屋で、ショートケーキ、チーズケーキ、チョコケーキを2つずつ、計6個買った。
「先輩、そんなに食べるんですか?」
「まあ食べられなくもないが、家で待っている人に手土産だ」
「家で待っている人?」
俺は首を傾げる。
「帰ってご飯を作ってあげなきゃいけない人がいるんだろう?」
あ…。Pちゃん忘れてた。
青ざめた俺を先輩が不思議そうに見る。
Pちゃんは、このケーキを前に『癒やしの手触りピヨピヨちゃん』でいられるんだろうか…。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝爆発




