真のナビゲーター
木で作られた平たい屋根の納屋は、4畳半くらいの大きさで、高さは3メートルくらいだろうか。
入り口がぽっかり開いているだけで、扉も窓もなかった。
賢者の休憩所:納屋
この簡潔さ、間違いなく俺の賢者の家だ。
「…こんにちは」
なんとなく挨拶をしつつ、中を覗く。
節のない、素朴な風合いの板張りの床が見えた。床にはあのソファーがあり、その横に、新たに木製のサイドテーブルが置かれていた。
「やった! ソファーがある」
俺がほっとして腰掛けると、Pちゃんも横に飛び乗ってきた。
「良かったですピ。このソファーは凄く気持ち良いですピ」
またコロコロ転がり出す。
「目を回すぞ」
笑いながら、サイドテーブルの丸い天板の上に、どんぶりを置いた。
どんぶりの中に中華そばを出す。チャプンッと、溢れることなく納まった。
「成功成功。よし、Pちゃん食べよう」
出来立てそのままの、湯気としょう油の匂いが食欲をそそる。
「いただきます!」
「いただきますピ!」
うまっ!
Pちゃんも羽根をバタつかせて喜んいる。
「…なあPちゃん。この納屋、本当に『賢者の家』になっていくんじゃないか?」
ズズッ。どんぶりを持ち、麺を啜りながら、天井を見上げる。
「私もそう思いますピ」
チュルッ。サイドテーブルに乗り、シリコンカップから麺を吸い上げて、Pちゃんが答える。
「じゃそのうち、豪邸になったり?」
ズズー。
「レベルを上げれば、いずれはなるかもしれませんピ」
チュルンッ。
「水道や電気はさすがにないかな?」
ズゾッ
「持ち主の意思も反映されそうなスキルですピ」
チュルルッ
「…俺さ、身体操作取っただろ? その前は力の加減が分からなくて、色々壊して…」
手を止め、どんぶりの中を見つめる。
今日は普通に物が買えたし、食券機も壊さなかった。
「ピ?」
「78日後にさ、ダンジョンがいたる所に出現して、俺みたいな力を得る人が増えた時、世の中どうなると思う?」
「多くの人間は種族を守るため、力を欲しますピ。一部の人間は更なる利潤を求め、力を欲しますピ。それは個であっても国であっても同じですピ」
「…俺は人見知りの、ごく普通の人間だって分かってるよ。だから世界なんて言わないけど、母さんと美波だけは守りたいんだ。でも2人をここに、閉じ込めておくことができないのも分かってる」
スープをごくりと飲む。
「だから、母さんと美波には、ダンジョンに入ってもらおうと思うんだ。少なくとも自分で自分の身を守れるくらいに、レベルを上げてもらう」
「良い考えですピ」
Pちゃんもコクッとスープを飲む。
「あーあ、悪巧みする人間に備えて、魔物を倒すってのも、おかしな話だな」
「……ピ」
「あと少なくともひとり、協力者が必要になるんだ。俺にはできないことを頼める人が」
「心あたりがあるのですピ?」
「うん、ひとり」
「友だちピ?」
「いや…。そもそも俺友だちいないし」
自分の言葉にちょっと傷つく。Pちゃん、そんな気の毒そうに目を逸らさないでくれ。
「まあなんだ、ちょっと変わってる人だな」
苦笑いをして、スープを飲み干す。
「よしっ、ダンジョンが出現する78日後、7月28日までレベルを上げまくるぞ。母さんと美波に安全にレベル上げしてもらうために」
「仕事はどうするんですピ?」
「出勤するよ? 週末にダンジョンへー」
「ぬるい…ピ」
「へ?」
いつもよりPちゃんの声が低かったような。
「中華そば冷えちゃってたろ? やっぱりシリコンカップじゃー」
「週末にダンジョンでは、中途半端なレベル止まりですピ」
え? なに? 声低っ
「で、でもさ、働かないと生活が…母さんにも仕送りー」
「『有給』というモノがありますピ。ダンジョンが出現すれば、経済活動も内容も大きく変化しますピ」
ええ?
「有給なんてそんな簡単には…」
「今日は『有給』ですピ」
「そ、それは俺が物を壊しまくってたから…」
「前例があるなら、同じことをすれば良いのですピ」
脅せと!?
「『年次有給休暇』は権利ですピ。航平は2年前の4月に入社し、今日まで利用していなかったので、あと20日残っていますピ」
「なぜそれを…」
「航平の言葉と電子知識ですピ」
「…スマホか」
「これなら航平も気兼ねなく休めますピ」
「いや、十分気兼ねする」
「何かミナミとカアサンより大切なことがありますピ?」
「…ないです」
翌日俺は、7月2日から土日祝日を含め7月31日まで、フルで休みを申請した。
急に休むのはやはり気が引けて、なんとかPちゃんを説得し、この日にした。
7月20日から、美波の高校も夏休みに入る。7月28日からは様子見も兼ねて休んだほうが良いと、昨日Pちゃんと話し合った。
10円玉を1枚ずつ、人差し指と親指、次に中指と親指で折りながら、上司にお願いする。薬指と親指で折り曲げた時「…有給は使わないとね」と、受理された。
「俺はもう一生出世はできないな…初めからできないけど」
有給が取れたことを報告すると、
「たんしゃくしゃとしゅしぇ、ちゅっちぇふへはひひれふひピ」
Pちゃんがチョコボールを口に詰め込みながら言う。
…ピしかわからない。
(探索者として出世すれば良いですピ)
Pちゃんが念話で言い直す。
そんな使い方もあるのか…。良いのか?
「そうだ。昨日の言っていた協力者には、明日話すよ」
「ろんなきょお…」
(どんな協力をピ?)
「俺がやれば確実に吐いてしまうことだ」
Pちゃんがゴクリとチョコボールを飲み込んだ。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝100人力!力をもらってます




