表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/222

訓練の場へ


 月曜日の昼過ぎ、俺は300円均一にも寄らず、とぼとぼと家に向かっていた。


「Pちゃん、ただいま…」


 ゆっくり玄関のドアを開ける。


「航平、お帰りなさいピ。帰りは21時くらいと言ってました…ピ?」


 Pちゃんがトテトテと引き戸の向こうから現れた。


「まずいことになった」


スーツのまま台所に座り込む。


「どうしたのですピ?」


「Pちゃん俺、会社クビになるかも…」


「くピ?」


 Pちゃんが不思議そうに体を傾ける。


「…ほらこれ」


 財布から10円を取り出し、親指と小指で畳んでみせる。


 昨日のホットチョコレート作りから、なんとなくおかしいとは思っていた。


 「今日さ…」

 

 会社に向かう時、最初のそれは起きた。


 ホームから下り階段に差し掛かった時、20段以上前を駆け下りていた女性のパンプスが折れ、大きくバランスを崩した。


 俺はとっさに人の間をすり抜け、下から女性を支えた。


 女性の前には人がいなかったし、支えた場所が胸寄りの脇腹だったからか、悲鳴を上げられた。


 俺も悲鳴を上げ、慌てて逃げた。


 会社では備品のボールペンを折りまくり、ホチキスを押し潰し、ドアを壊した。


 上司から、疲れてるみたいだから今日は帰れ、と言われた。


 いつもの嫌味かと思い、大丈夫ですと返事をしたら「頼むから帰って」とお願いされた。ちゃんと有給扱いにしてくれるらしい。有給なんてあったんだ?


 XO醤をくれた千駄木先輩も、何かオロオロしていた。


「ダンジョンの中では気付かなかったけど、俺ヤバい奴になってる気がする…」


「しょうがないですピ。航平は探索者ですピ」


 うなだれる俺の肩に、Pちゃんがそう言って止まる。


「でもこのままじゃ、生活破綻者だ」


「では身体操作のスキルを取得すれば良いですピ」


 Pちゃんが肩から床に降りた。


「身体操作?」


「本当は身体操作を先に取得して向上させると、眼調整のスキルを取得できるのですが、航平は始めから眼調整10だったので、眼に頼っている状態ですピ」


「ほお?」


「航平の見切りスキルも、眼調整から派生してますピ。でも本来は身体操作5以上、眼調整1以上ないと、出現しませんピ」


「ほほお?」


「…ダンジョンで身体操作を身に着ければ、力の加減が自然にできるようになりますピ」


「おおー! それだったらもう壊さないし、痴漢に間違われることもないなっ」


 俺は立ち上がると、急いでスーツをハンガーに掛け、ジーンズと、窓の外に乾かしていた「ちゃんぽん」トレーナーに着替えた。


「行こうPちゃん! ダンジョンへ!」


 曲げた10円玉を元に戻して、俺たちはダンジョンに入った。





「で、どうすれば良いんだ?」


「早く取得するのと、ゆっくり取得するのと、どちらが良いですピ?」


 バッグの中からPちゃんが問いかける。


 そんなの決まっている。


「明日また普通に出勤するために、早くでお願いします」


「では地下8階に行きますピ」


「え? 3階とか4階じゃ駄目?」


「駄目ですピ。ゆっくりなら良いですが、早めならその階ではできませんピ」


 …8階ということは衝撃波コウモリがいる所を通らなきゃならない。


「でももう1時過ぎだろ? これから8階まで降りたら、帰りがさ」


「…生活破綻者、ピ?」


 渋る俺にPちゃんが呟く。


「行きましょう!」


 P先生のほうが怖いです。





「…P先生、俺の内臓は無事ですか?」


 地下6階へと続く岩の階段を降りながら、肩に止まっているPちゃんに確認する。


 時間短縮のため、気配探知と空間把握で魔物を避けながら進んでいたが、天井から現れたブラッドバットの群れに遭遇した。


 2枚風刃で12匹倒したが、衝撃波を何発か食らってしまった。


 6階のオノカブトの時もそうだったが、空間把握も気配探知も平面でしか分からない。


 上は今後の課題だ。


「ライフを確認すれば良いですピ」


 Pちゃんが体を傾ける。


 …そうですね。



 Lv14 生命力754/980 魔力392/490


 

 結構減っていた。止まらず移動しているから生命力が回復しない。


 

 地下6階を駆け抜け、初めて7階へ降りる。


「7階も駆け抜けたいところだけど…」


 7階は沼地だった。


 泥の地面が広がり、細く背の高い草が生えている。


 紫がかった明かりの中、所々に広がる水溜りが光って見えた。


 毒沼じゃないよな…


 沼:水深が浅く、透明度は低い。


 思わず鑑定したが、ただの沼のようだ。


 一歩踏み出すと、ズチャッとスニーカーが軽く埋まる。


 空間把握と気配探知を放つ。


 空間把握で、まっすぐ行った奥に階段があるのが分かった。


 気配探知では…。


「ヤバい! Pちゃんバッグに入れ!」


 Pちゃんが素早くバッグに潜る。俺は全速力で走り出した。


 魔物の気配は俺の立っていた場所を中心に、視力検査のランドルト環のように存在し、環の切れ目が階段に繋がっていた。


 その魔物の環が、切れ目を残したまま、俺たちのほうへ徐々に狭まってくる。


 くそおおお! 囲まれてたまるかあああ


 泥に足を取られながら走っていると、頭の中で駿足が2に上がったとアナウンスされた。


 一気に加速する。


 泥を跳ね上げ、水溜りを飛び越える。


 


「ハアハア…あ、危な…かった」


 低空飛行の魔物が視界に入った時、なんとか地下8階への階段に逃げ込めた。


「あれは、でかい…蚊だった」


 あんなのに刺されたら、ミイラになってしまう。


「航平、これからが本番ですピ」


「…ああ、そうだな。で、8階で何をやるんだ?」


「妖精と戦いますピ」


「妖精? …妖精ってあの、羽根のある、あの妖精?」


「そうですピ」


「…無理! 友達にはなりたいが戦うのは無理!」


 俺は大きく手でバッテンを作った。


 



  







 

 

読んでくれてありがとうm(_ _)m駆け込めた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] フハハハハ!おそれおののけ羽虫ども!いまからこの生活破綻者様が貴様らを一匹残らず駆逐してやる! 喰らえ──アバダ ケダブラ! ●アバダ ケダブラ(別名 : 死の呪い) ・詳細  『ハリー・…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ