いやしーの策士
「…今、何時? Pちゃん」
「17時33分30秒になりますピ」
バッグの中からPちゃんが教えてくれる。
「航平が頑張ったから、早く帰ることができましたピ」
その声は労りと、優しさに溢れていた。
地下1階、足元には石畳の通路と土の道の境目がある。目の前には俺の部屋へと続く土の階段が見えた。
「…魔力丸を飲んだだけだけどね…ははは」
あの時、普通に階段で帰ろうと走り出した俺に向けて、
体だけじゃなく身に着けている物全てを転移させる力がある、失われた世界では、高位の探索者が利用していた、自分は魂の絆があるから一緒に行ける、テレポの魔力丸は汚くない…と、Pちゃんが全力で説明してきた。
結局明日の仕事のことも考え、半泣きで飲み込み、結果この時間に帰ってこられた。
「まあ、ダンジョンが世界中にできた時、匿名オークションとかあれば売れるかな」
空間庫には残り5個。匿名なら色んな出処を言わないで済むし、転移系なら結構需要があるかもしれない。
味も匂いもなく、飲んだ直後の、衝撃波のような浮遊感を気にしなければ、ただの転移玉だ。
俺はもう二度と飲まないけどね。
「さて、今日の夕飯は何にするかな」
「帰ったら美味しいチョコの約束をしましたピ!」
Pちゃんが喰い気味に言う。
…まさかチョコレートのために早く帰りたくて、あんな全力の説得を?
いや、あの一生懸命さ、労りと優しさ溢れた言葉。さすがにそれは…
「航平、どうしましたピ? 早くチョコを食べましょうピ」
…十分ありえるな。
「うん…帰ろう」
俺たちは部屋へ続く階段を上っていった。
「さてと…」
「チョコですピ」
「…分かってるよ」
俺は風呂の用意をして、台所に立った。
「まずはPちゃんとの約束をっと」
空間庫に残っていたチョコと、美波がくれてPちゃんが4割方食べてしまったチョコを合わせれば、1枚くらいの分量になるだろう。けれどチョコを小さく切るには、キラーアントの牙は不向きだった。
「あ、そっか。あれがあったな」
カブトの手斧を空間庫から取り出し、よく洗ってから布巾で拭く。黒く光る刃と、柄は握りやすい凹凸がついた木でできていた。
刃の部分をチョコに当て、軽く押してみる。チョコと一緒に、1センチくらい厚みのあるプラスチックのまな板が、大根のように切れた。
「…よく切れますね」
俺のまな板…。まあ、魔物のドロップ品ならしょうがないか。
普通の包丁も買いたいし、明日仕事帰りに300円均一でも覗いてみよう。
しかしこれはチョコのほうを持って、手斧に当てたほうが良さそうだ。
手でチョコが溶けないよう、皿の上で素早く細かく手斧の刃に当てていく。あっという間に削れた。
手鍋に牛乳をマグカップ一杯分入れ、泡立て器でかき混ぜながら、膜ができないように温める。沸騰したら同じくかき混ぜながらチョコを…。
…普通にかき混ぜているのに、ハンドミキサー並に泡立て器が動いてるような。
見なかったことにする。
チョコを混ぜながら入れ、溶かし終えたら完成だ。
「はい、Pちゃん。もうそんなに熱くないけど」
Pちゃんの乗っているガラステーブルの上に置く。
「ホットチョコレートだよ」
昨日スーパーのお弁当コーナーで見つけた、6つ入りの小さくて厚手のシリコンカップ。それに入れてみた。小さいといっても、Pちゃんにはタライサイズだ。
まあ耐熱性もあるし沢山食べるから、しばらくはこれで我慢してもらおう。562円もしたし。
「ホットチョコレート…ピ」
残りはマグカップのまま空間庫に収納している。
「じゃあ夕飯作るから。あんまり飲みすぎるなよ?」
両方の羽でくちばしを押さえ、うっとりしているPちゃんを残し、俺は再び台所へ。
引き戸を閉めると部屋からPちゃんの叫び声がしたのは…気のせいではないだろう。
夕飯は、ビッグホーンの肉と昨日安く売っていた長ネギを使ったオイスターソース炒め、玉子スープ、大根とキュウリ、ニンジンを細切りにし、いつものドレッシングに梅を加えたさっぱりサラダにした。
オイスターソース炒めには、会社の先輩にお土産で貰った、XO醤をちょっと入れた。すると、店で出すような風味が出る。
「それにしても、なんであの人はこれをくれたのか…」
他の同僚には魔除けと言って、謎の置物をあげていた。
みんな笑顔が引きつっていたな…俺はこれで良かった。
180グラム入りは独り身にはなかなか多く、賞味期限が気になっていたが、空間庫でそれも解決だ。俺じゃまず買わない高めの調味料だから、嬉しいったらない。
明日のお弁当用に少し取り分けておく。
空間庫から昨日の炊きたてご飯を、茶碗、シリコンカップに入れて、Pちゃんが待つ部屋に戻った。
「Pちゃんできた…よ」
「航平! うまいものがごまんとあるとは、ホットチョコレートのことだったのですピ!」
同じチョコだけど。
「この世界は素晴らしいですピ…ピィ!?」
俺は夕飯を空間庫に入れ、ホットチョコレートで水浴びをしたようなPちゃんを風呂場に連れていった。
「早く光魔法を覚えて、私に汚れがつかないようにしてください…ピ」
タオルに包まり、Pちゃんがいじけている。
水魔法の操作がPちゃんにはできなかった。中のイメージが浮かばないからだとPちゃんは言う。
「へえ、光魔法って眩しいか、回復系の魔法かと思ってたけど、汚れもつかないんだ?」
「もちろん眩しいですし、アンデッド攻撃にも、光魔法3になれば回復も使えますピ。それから光の薄い防御膜を全身に纏うこともできますピ」
「なるほど、それで汚れが…」
確かに癒やしの手触りとはいえ、何度もボディソープで洗っていては、毛が傷みそうだ。
俺のスーツにもかけたら、クリーニング代が浮くんじゃないか?
どうやら光魔法持ちは8階にいるらしい。
「分かった。明日から仕事でダンジョンの潜るのは週末になるけど、次は光魔法を取得しよう」
夕飯を食べ終え、やっぱり疲れていたのか、俺たちは20時にはベッドに入り寝てしまった。
美波からの着信に気付いたのは、翌朝起床アラームがなった後だった。まあ、また電話を掛けてくるだろう。
読んでくれてありがとうm(_ _)mあのー、さっき見かけたんですけど、ランキングに…10番以内に入っていたような…。あはは、勘違いかも。…吐きそうです。




