色んな人生があるものです
『このコーヒー、美味いな』
リビングでコーヒーをひと口飲んだイーサンが、少し驚いたように俺たちに顔を向ける。
『美波が淹れたんだよ。今ギルドのカフェでアルバイトしてるから』
『そいつは凄いな。淹れ方を教わりたいくらいだよ』
アレンが教わりたいくらいだってさと美波に伝えると、美波が照れたようにはにかんだ。テスト期間中でバイトは休みらしい。
『でもギルドがあってカフェもあるって、やっぱり日本は俺たちの国とは違うね。羨ましいよ』
トムが大げさにため息をつく。
『日本は探索者が俺たちのような軍人じゃなく、一般人なんだろ?』
イーサンがコーヒーカップをゆっくり回しながら呟いた。
『うん、探索者は危険物取扱いの国家資格者でもある』
『そうか。俺たちはダンジョンで死んでも問題にならないよう、軍の中でも身寄りのない者が選ばれたんだ。日本では死者はいないのか?』
身寄りがないってどういうことだ? バリーには8歳の娘がいるのに。Pちゃん、通訳を間違えたな?
『いないよ、今のところ。重傷者は出たりしたけど、ギルドがダンジョンに潜る時に持っていくよう勧めているポーションのおかげで、怪我も事後報告って感じかな』
イーサンのコーヒーカップがピタリと止まる。
『ポーションか……俺たちも欲しいな。アレンは光魔法2を使えるが、さっきのミナミのように回復はできない』
『回復魔法は3からだからね』
『武器に装備、ポーション。カフェでの美味いコーヒー。まったく、日本の探索者が羨ましいよ』
アレンの上を仰ぎ見ながら呟くと、イーサン、トム、バリーがコクリと頷いた。
「こう兄、みんななんて?」
「うん? あー、日本の探索者にはポーションやカフェがあって良いなだってさ」
「そっか……あ、ちょっと待ってて」
美波が思い立ったように、パタパタとリビングから出ていった。
『ん? ミナミはどうした?』
『さあ? トイレかな。で、みんなの予定は?』
美波のいなくなった方から俺に顔の向きを変え、イーサンたちが顔を見合わせる。
『バリーが新潟に行くのについてきたんだ。たぬきの爺さんによれば、人間国宝級の老鍛冶師とその弟子、最強の女鍛冶師が作ってるんだろ?』
『……確かに86歳の爺さんと、世界最強の女鍛冶師がメインで作ってるよ』
アレンの言葉に頷き返すとトムの目が輝いた。
『ワオ! きっと聡明で眼光の鋭いサムライみたいな人だよ。寄らば斬る! って感じでさ。そして弟子は筋肉隆々のアマゾネスのようなガタイの良い女性だね、きっと。バリー、頑張って!』
トムの明るい声とは裏腹に、バリーが少し青ざめたように見えたのは気のせいではないだろう。
『……まあ弟子の女鍛冶師に触れれば日本刀で斬られるかもだけど、バリーは結婚して娘さんもいるし、誤解も生まれないよ』
『ん? バリーは結婚してないよ?』
トムが首を軽く振る。
『あれ? でも娘がいるって』
『ああ、ジェシカは死んだ兄貴の一人娘なんだ。俺がダンジョンで死んでも、機密事項だから金は軍から支払われない。まあそういう契約で探索者になったし給料があがったから、別に不満はねえが。死んだらおじゃんだからな』
ははっと笑うバリーの肩を、アレンが軽く叩く。
『バリーの唯一の肉親だった兄さんが亡くなってね。バリーがずっと金銭的に援助してたんだ。でも援助はもう十分って言われてただろ?』
『ああ、再婚するらしい。軍病院での面会で、義姉さんに今までありがとうって泣かれちまった。まあ、いつでも会いに来いって言われてるし、ジェシカが俺の娘でもあることは変わらねえよ。まあ新しい親父さんには懐いてるみたいだから、これからは叔父さんとしてだがな』
色んな人生があるもんだ……。てことは探索者であるイーサンやアレン、トムも身寄りがないってことか。
こうして考えると、俺はみんなの事を知ってそうで知らない。遠野親子、冬馬のこともちらっと聞いたくらいだ。『雷光』を直してくれた紅音さんの生い立ちも謎だし……。
(ピ、航平はさらに人生経験を積むのが良いですピ。そうしたらもっと私たちに優しくなれますピ)
(……Pちゃんに言われたくないね)
「おまたせ!」
そう言ってリビングに入ってきた美波が、手にしていたイチゴジャムや海苔の佃煮の瓶をテーブルに置く。
「what's?」
イーサンたちが一斉に置かれた瓶を覗き込んだ。
「じゃ~ん! 美波特製生命力回復ポーションと魔力回復ポーションでーす。みんなにあげるね」
瓶の中身は赤いジャムや黒い佃煮ではなく、透き通って淡く光っている青い液体と、同じく光っているパール色の液体。
魔力回復ポーション(中級)120ml:魔力が300ポイント回復する
手のひらで生成、海苔の佃煮の空き瓶に入れられている
製作者:女子高校生(高)Lv96タドコロミナミ
「お前これどうやって……」
思わず佃煮の入っていた瓶を掴んだ。一度も作り方なんて教えていないのに。
「こう兄が前に手のひらで作って、造血剤の空き瓶に入れたことがあったでしょ? それを思い出しながら練習してたの。でも魔力回復ポーション中級は大体40mlで100ポイント回復するんだよね? 私は一回に20mlしかできないから……こう、練り込むのが難しいんだよねえ」
ひとみさんが作っている薬草魔力回復ポーションは中級で100ml100ポイントの回復。しかもかなり不味い上消費期間が1週間程しかないから、値段が薬草ポーションの3倍しても俺の魔力回復ポーションが主流だ。
「凄いよ。ちゃんとポーションだ」
「えヘヘー。でも一回にこう兄の半分の量しか作れないから、練習してこれは自分用に取っておいたもの」
(航平、魔法によるポーションは光魔法だけではなく、水魔法も使える者しか作れませんピ。しかも魔力回復ポーションとなると光魔法5、今現在作れるのは航平と美波だけですピ)
(ああ、母さんは水魔法持ってないしな)
『この液体の色は見たことがある。コウヘイ、これはもしかして──』
もう一方の青い液体の入ったイチゴジャムの瓶を、イーサンがそっと持ち上げる。
『うん、それは生命力回復ポーション』
『ほんとだ! 生命力回復ポーションって鑑定に出たよ! ……でもまさか、2500ポイントの生命力回復って嘘だよね?』
トムがないないと首を振りながら、イーサンが持っているイチゴジャムの瓶を覗き込む。美波が作った生命力回復ポーションは高級で、500ポイント回復の5回分、200mlで2500ポイントの生命力が回復する。
『いやトム、本当だよ。全部飲めばね。美波があげるってさ』
『良いのか!? これがあれはダンジョン攻略も進む! ……いやでも、こんな液体、検閲で引っかかるな』
イーサンが一瞬喜んだものの、すぐに肩を落とした。
『確かに……あ、プライベートジェットならイケるんじゃないか? たぬきの爺さんの』
アレンがパチンと指を弾く。
『そうだよ! あの人に頼もうよ!』
その爺さんはプライベートジェットまで持ってるのか……千駄木オヤジみたいなもんか?
「こう兄なんて言ってるの?」
がっかりしたり喜んだりと忙しないイーサンたちを見つめながら、美波が小声で聞いてきた。
「あー、美波が作ったポーションをどう持って帰ろうか悩んで、解決したらしい」
『ミナミ! ポーションをありがとう! 大事に使わせてもらうよ!』
イーサンとアレン、トム、バリーまで満面の笑みでハグしてきた。
「えへへ、まだあるから後でもう少し持ってくるね。でもこう兄、他の国にポーションがないのは気の毒だよね。同じダンジョン攻略を目指しているのに」
「まあね、なんかオヤジさんに考えがあるのかも。今回は身内にあげるようなものだし、まあ大丈夫だろ。さて、そろそろ夕飯の準備をするかな」
「そうだこう兄、イーサンさんたちにビッグホーンのステーキ出してあげようよ。この前のお返しで」
美波がペチッと手を合わせる。
(ピ! それは良いですピ! 親子丼のおかずに合いますピ)
(……合わないだろお、それは)
結局イーサンたちも大喜びで承諾し、夕飯を一緒に食べることになった。新潟、行かなくていいの?
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝ッシャッシャッ!




