高知ダンジョン攻略
「良いパーティーだったね、ファースト」
地下42階、森の中を走り抜けていると隣の美津さんが思い出したようにあはっと笑った。
「胸揉まれたときは叩いちゃったけど」
「美津さんは手袋してたし、向こうは防御力も高いから痛くも痒くもないですよ」
まあ美津さんの筋力は更に高いけどね……。不運なのか幸運なのか。
「ピ、航平は魔法の熟練度が上がりましたピ」
「キュイ」
バッグの丸窓を少し開け、Pちゃんとマシロが顔を覗かせる。
「そうかな? 闇魔法はエミーナのパクリだけど──あ、でも固定概念に囚われない事は美津さんのお陰かも」
「え? そうなの?」
美津さんが意外そうに首を傾けた。
「そうですよ。美津さんの戦い方──」
俺が指を立て説明しようとした時、進行方向に生えている巨木の太い幹にへばりついていた、デカい毒蛾が羽を広げた。毒の鱗粉に触れると皮膚はただれ、吸い込めば気道がやられ呼吸困難になる。
『撹拌』
美津さんが羽を広げている毒蛾に手のひらを向けると、風の塊が毒蛾を包み込んだ。目には見えない風船のようなものに閉じ込められ毒蛾は、煽られることもなく幹にしっかりしがみついている。
『火の玉』
さほど速くない火弾が美津さんの手から放たれた。毒蛾も威力がないことが分かっているのか、幹から動こうともしない。火魔法1の火弾が毒蛾に到達する寸前に、美津さんが俺たちの前に風のシールドを出す。
「ボーン」
美津さんが明るく言うのと同時に、火弾が爆発した。その爆風で辺りの木々が一瞬斜めに傾く。幹に止まっていた毒蛾はすでに消え、少し焦げた木の根元に魔石だけが転がっていた。美津さんが口笛を吹きながら、その魔石を拾う。
「よし、と。じゃあ行こっか」
ウエストバッグに魔石をしまうと、にっと俺に笑いかけ、また走り出そうとした。
「ちょ、ちょっと待ったあ」
思わず美津さんの肩を掴む。
「ん?」
風魔法は風弾の大きさと操作でちょっと難易度高いからまあ良いとしても……。
「今の両方とも、魔法1のやつなんですけど?」
毒蛾──昆虫系ポイズンモスはLv56だった。とても魔法1の火弾で倒せるようなやつじゃない。これはもしや……。
「んー、粉塵爆発の応用?」
全身迷彩服の美津さんが軽く肩をすくめる。……やっぱり。
「細かい粉──今回は鱗粉ね。鱗粉を風で剥ぎ取って、空気を含むように撹拌させてから火をつけると爆発するんだよ。スキルのお陰でその魔物や周りにあるものと自分の魔法の組み合わせで、最大限の攻撃がどうすればできるのか分かるようになったんだよねー」
美津さんのスキル『応用術』。初めて俺のダンジョンに3姉妹が潜った時、二葉さんの職業『旗手』や、ひとみさんの『調合』スキルに目を奪われて、美津さんの『応用術』スキルはよく分からなかったけど……。
「……固定概念に囚われないって、美津さんから教わりました」
美津さん明るく『ボーン』って言ったよ……怖いよ。
「私は風と火魔法だけだし、もともとサバイバル系が好きだったからねー。徹先輩は発明オタクだけど」
にっと美津さんが笑う。こんな優秀な元自衛官が、普通に日本のために昼夜働いてくれてたんですね……。
「美津さん、地下41階の、あのパペットスパイダーに足止めされてたっていうけど、そいつの倒し方も分かってたんじゃ?」
「うーん、分かってたんだけさ……あの肌色のぷっくりしたお腹と、その裏についてる5個の目とブツブツが……駄目、思い出しただけでもゾワゾワして鳥肌が」
美津さん自分を抱くようにブルブルッと震える。
え? 裏に目とブツブツ? 触っちゃったし、なんなら手のひらに乗せちゃったよ……。ブツブツ嫌いの俺ももれなくゾワゾワしてしまった。
「……でも、もう難関は通り抜けたし、後は進むのみ! 頑張ってダンジョン主倒しましょー」
吹っ切れたようにエイエイオーと、美津さんが片腕を上げた。
(ピ、航平、これはダンジョン主討伐最速記録になるかもしれませんピ)
Pチャンネルが開き、真剣な声色が脳内に届く。
(……俺もそう思う。パペットスパイダーに足止めされてなかったら、品川攻略より早かったかも)
(最下層の到達まで計算すると、途中お昼ご飯は食べられるとして、おやつ時にはダンジョン主と戦闘中の可能性が高いですピ。チョコケーキはお昼ご飯のデザートにしてくださいピ)
(……分かったよ。ブレないな、Pちゃん)
「ほら行くよ? 賢者殿」
ゴーグルの向こうに、美津さんの楽しげな目が見えた。
「はあはあ……なあ鮭、ちいと休まへん? 俺もうあかん」
小石が転がり背丈の低い草木が生えた荒野、ガラガラヘビに似た大蛇を倒したところで蛸さんが座り込んだ。
「あー、……あそこに次の階段も見えてるし、少し休む?」
「賛成よ。暑いし眩しいし、水分補給は大事」
バタ子さんの言葉にみんなその場に座り、リュックから水の入ったペットボトルを取り出す。
「次は地下44階、今14時30分、1階層あたり約2時間と少しです!」
「ああ、戦いながらよくこの速さで移動できちゅうが」
腕時計を見ていた僕に、鰹さんが水を飲みながら頷いた。
「先に行ってる賢者様たちはまだ見えないけど、案外近づけてるかもね」
バタコさんがふふっと笑うと、
「……いや、もしかしたら──」
王子君がおまんじゅうをモグモグ食べながら真顔になる。最後の言葉が聞き取れず、思わず聞き返そうとした時、眩しかった辺りが、ふっと暗くなった。
「……やっぱりね」
王子君がぽいっと、おまんじゅうの最後のかけらを口に放り込む。暗くなったと思ったらまた元の眩しさに戻った。あ、これって……。
「……ダンジョンの点滅や」
再び暗くなりまた元の明るさに戻ったところで、蛸さんが空を見上げ呟いた。そしてあのアナウンスが脳内に響く。
『50階層のダンジョン主が討伐されました。報奨としてこのダンジョンに限り、各階層に宝箱が出現します』
「……ええ!? もう!?」
思わず声が出てしまった。42階への階段を降りていった時、10時を少し回っていた。4時間半で50階まで行き、ダンジョン主を討伐した事になる。
「1階層30分、駿足7以上で走り抜けなきゃ無理ですよね?」
確認のためみんなに聞いてみる。
「駿足7以上、または他の移動法があるのかも。討伐時間を考えたらもっと早いかもね……ああ、なにが近づいてるかもよ、私ったら」
バタ子さんがペチンとおでこに手を当てた。
「早いだろうとは思ってたけど、こんなにとはね」
王子君がゴクリと水を飲む。
「俺らも強うなったっちゃ思うとったけど」
鮭さんがそこで言葉を切って下を向いた。
「ここまで差を見せられると、逆に笑えてくるわ」
ははっと蛸さんが笑うと、なぜか鰹さんも笑いだした。
「確かに。蛸のゼエゼエ言いながら『俺もうあかん』はあかんのお」
「あほ鰹は黙っとけ」
「あほ言う方があほなんじゃ」
「あの! どうします? 階下に行って宝箱取ります? それともこの前みたいに帰りながら宝箱見つけていきます?」
ふたりが立ち上がったところで、僕はもうひとつみんなに聞いてみた。ふたりを含め、みんなが僕の方を見る。
「……せやな、こんなんしとる場合やない」
「そうちや」
「下層の方が良い物が出るかもしれないわ」
「いずれ他の探索者もここまで到達するばい」
「決まりだね」
座っていた3人も一斉に立ち上がる。
「はい! 賢者たちの辿った道です! 最下層まで行きましょう!」
僕も立ち上がり、みんなに頷き返した。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
どんなダンジョン主でどんな戦いをしたのかねえ。




