発光賢者と顔だけさん
「そっかぁ、みんな最下層に行こうとしてたんだ?」
「そうやで、でもここであほの鰹が操られてもうて、どないしようってなってたわけや」
もう『顔だけ』さんが怖くなくなったのか、蛸さんが砕けた口調で言う。蛸さんの言葉に頑丈そうな黒いゴーグルをつけた顔だけさんが、ふんふんと頷いた。その横では顔面発光した賢者が、バタ子さんに回復魔法をかけている。
「ありがとうございます。痛みがなくなりました。本当に賢者様に助けてもらえなかったら、私たちはどうなっていたか……」
バタ子さんがそう言って立ち上がると、丁寧に頭を下げた。
「あは! やっぱり『賢者』だよねー」
顔だけさんに頷かれ、発光の賢者が一瞬たじろぎ、肩を落としたように見えた。
「でも良かった。折れてもいなかったし、さすが北海道の初登録者だね。頑丈頑丈!」
顔だけさんがにっと笑う。ゴーグルでほぼ顔が覆われているけど、小顔でベリーショートの美人なお姉さんの気がする。バタ子さんは頑丈と褒められ嬉しそうだ。
それにしてもなんでこの顔だけさんは、バタ子さんが北海道ダンジョンの初登録者だと知っているんだろう。なにか大変な目に合って、顔だけになってしまったのかな?
「後はイノウエさんだね」
顔だけさんが賢者の方を向いて頷く。
「どちらさんで?」
蛸さんが首をかしげた。同じように鮭さん、王子君、バタ子さんもきょとんとしている。
「どちらって、こちらのイノウエサトルさん。高知ダンジョン初登録者の」
顔だけさんがあははと笑いながら、気絶している鰹さんにゴーグルを向けた。
「……そういえば、そんな名前だった気がするばい」
「もう鰹でしかない」
「そうね」
「あほの鰹や」
みんなが小声で話し合っている横を抜け、賢者が今度は横たわっている鰹さんに手を当てる。
「治ったぞー。後は放っといても気がつくよ」
両肩が外れ伸びていた腕が元の位置に戻っていた。今は気持ち良さそうに寝息をたてている。
「さてと、ゾワゾワの元は片付けてくれたし、もう行く? 賢者殿」
「賢者殿って……。まあ離れないと昼飯もチョコケーキ食べられないから、エネルギー砲撃たれちゃいますよ」
顔だけさんの問いかけに、賢者が頷く。何の話をしているんだろう?
「すみません、ひとつ聞いてもいいですか?」
黙って聞いていた王子君がついっと前に出た。
「なあに? 八王子ダンジョン初登録者さん」
「……北海道、八王子攻略はギルマスと賢者による攻略、品川は賢者ひとりによるものという認識でいいんでしょうか?」
思い切った事を王子君が聞いたのでちょっとびっくりしてしまった。
「そうだよ。ちなみに昨日、大阪ダンジョンも攻略されてるよ」
顔だけさんがあっさり答えると、にっと笑った。
「大阪攻略されたんか!? ほな宝箱は!?」
「え? ちょ、ちょっと──」
「なんや? えらいやわらか」
顔だけさんに詰め寄った蛸さんが、前に出した両手を不思議そうに見つめて、もう一度顔だけさんに手を伸ばそうとした。ボスッとクッションを叩いたような小さな音と共に、蛸さんの片頬が不自然に歪む。そのまま横によろめいた。
「もうなにやってんのよ、蛸は。じゃあ今日はこの高知ダンジョンの攻略なんですね?」
頬をさすりながら困惑顔をしている蛸さんを横目に、バタ子さんが発光賢者に頷いてみせる。
「うんまあね。でもよくギルマスたちが攻略したって知ってるね」
賢者が僕たちを見渡す。
「それは──探索者の情報共有は大事ですからね。各ダンジョンの探索者でネットワークもあります」
「なるほど。……そういえば前に探索者掲示板みたいのがあったんだけど、今もある?」
「ありますね」
「ちなみにそこで『賢者』とかって書かれてたりする? 顔写真とか」
賢者が少し不安そうな声で聞いてきた。
「画像はないですね。『賢者』というワードもたまに出てくるくらいで、今はギルマスの偉業とそれぞれの探索話ばかりですよ」
王子君が平然と嘘をつく。塩顔のイケメンということはバレているし、画像はないけどギルドカフェのご飯を食べているのも見られているのに……。
「そっか、それならまあ大丈夫かな。あ、俺のことは話さないでね? 賢者じゃないし。じゃあみんなも気をつけて。あんまり無理するなよ?」
安心したのか発光賢者は顔だけさんに頷くと、僕たちに手を振り階段を降りていった。
「王子君があんな嘘をつくなんて思わなかったです」
ふたりがいなくなった階段をみんなで見つめながら、思わず言ってしまった。
「嘘はついてないよ。みんな自重してるから画像はないし、賢者ワードもたまにしか出てこない。掲示板でも言ってただろ? もしバレていることが分かったら日本から出てしまうかもって」
「そうね。……あの謎センスの服を着なきゃバレないと思うけど」
「そこは賢者も譲れないんでしょうか?」
「バレたくない割にはちょっと抜けとおばい……蛸?」
鮭さんがさっきから黙ったままの蛸さんに声をかける。
「……あれは、おっぱいや」
両手をニギニギしながら、蛸さんが真剣な顔で僕たちを見つめた。
「……さて、鰹起こして俺たちもいくばい」
鮭さんが聞かなかったように寝ている鰹さんに近づいていく。
「賢者が先に最下層に到達するだろうけど、俺たちもいけるところまで行こう」
王子君も蛸さんをすり抜け、鰹さんの体を起こす。
「なんてこと呟いてるのよ」
バタ子さんは冷ややかな目で腕を組んでいる。……怖いです。
「ほんまやで! あの顔だけオバケは顔だけやない、おっぱいもあんねん」
「んん……あれ、どうなっちゅう……?」
蛸さんの叫びに応えるように鰹さんが目を覚ました。
「鰹さん! 良かったです! 魔物に操られてたんですけど、賢者と顔だけさんに助けてもらったんです!」
「……賢者? 顔だけさん? よおわからんが俺は……自分の意志じゃないにせよみんなに攻撃を……。すまん。俺はもう仲間のままじゃ──」
あぐらをかいて座ったまま、鰹さんが小さく呟く。
「だから顔だけやない、おっぱいもあんねん」
蛸さんの説明に鰹さんが、
「おんしゃあさっきからおっぱいおっぱいって。俺が気絶してる間になにしちゅうが」
と顔を上げた。
「魔物にあっさり操られとったあほに言われとーないわっ」
「好きで操られとったわけじゃないちやっ」
「じゃあ行きましょうか」
「そうだな」
「いくばい」
「はい!」
つかみ合っている二人を残して、僕たちも階段を降りていった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
……投稿が週一になってるじゃないかっ(ノ`Д´)ノ彡┻━┻|ω・`)ノ
そんな感じですが、ゴールが見えてきてるんで(遠くに)もう少しお付き合いしてくれると嬉しいッス




