ファースト
「操られてるって何に!?」
戸惑いと恐怖が入り混じったバタ子さんの声が響く。
「分からない。でもなにかされてる。『M』の気配が消えてるのも不自然だ」
戦斧の刃をミスリルソードで受け止めたまま、王子君がいつもと変わらない口調で答えた。
「……攻撃なんて……」
言葉とは真逆に、ギリギリと鰹さんの戦斧が王子君のソードを押していく。
「頼む……逃げてくれ……」
「……さすが。力じゃ敵わないな」
シュリンッ
ミスリルソードが傾き、戦斧が滑り落ちる。その一瞬後には、王子君が鰹さんの魔鉄装備の隙間、みぞおちにソードの柄を打ち込んでいた。グハッと鰹さんが息を吐き出し、前のめりになる。間髪入れず、がら空きになった鰹さんの顎に王子君が膝蹴りを入れた。
「ごめん、鰹」
「ナイスや王子! 鰹! 気絶しとけ!」
がっくりと膝を着いた鰹さんを、蛸さんが横から抱きかかえようとする。
「まだばい! 蛸!」
鮭さんの声に反応し差し出した手を引っ込めた。うなだれている鰹さんがゆらりと立ち上がると、両手で持つガラン戦斧をうつむいたまま振り回し始めた。
「なんや!? 気ぃ失ってんのやろ!?」
攻撃を躱しながら蛸さんが困惑したように振り返った。
「浪人! 階段周囲の天井地面に矢ば撃ち込んでくれ!」
鮭さんの指示が飛ぶ。そうだ、ぼんやり眺めててどうするんだ。僕の気配探知には今何も引っかからない。探知能力が一番高い王子君も気配が消えたと言っていた。でもこれが魔物の仕業だとしたら、そいつを仕留めるしかない。
「はい!」
言われた場所にミスリルの矢を連続で放っていく。矢が岩盤に深々と刺さっても手応えはない。
「私だって! 風斬り!」
バタ子さんが3枚の風の刃を同時に放った。鰹さんの頭上、左右を通り抜け、刃は地面と天井に深い傷をつける。
「手応えがなにもないわ……物理的に操られてると思ったのに。魔法? 操心系? でも鰹の意識はあった」
バタ子さんの呟きと同時に、うなだれたままの鰹さんが戦斧を思い切り振り下ろした。岩盤の岩が砕け四方に飛び散る。力の加減なんて無視した一撃。ゴキゴキッと、鰹さんの肩関節が外れる嫌な音が聞こえた。
「きゃ!」
バタ子さんが左足を押さえて倒れた。
「鰹の、鰹の腕が」
鰹さんのだらりと下げられた両腕を見て、辛そうな顔で叫んだ。
「なんやねん……こんなん、どうせえちゅうねんっ」
肩の関節が外れているはずなのに、再び斧は掲げられ振り下ろされる。
「バタ子さん!」
バタ子さんが太ももを押さえて動けずにいる前に鮭さんが出る。王子君と同じようにミスリルソードでその一撃を受け止めた。ズンと鮭さんの両膝が一瞬沈む。
「くっ……馬鹿力ばい」
ミスリルソードに止められた戦斧が持ち上がり、今度はフルスイングで水平に刃が向かってくる。まだバタ子さんも鮭さんも動けていない。蛸さん、王子君が今度は同時にその間に入った。斧を受け止めた二人が弾き飛ばされ、他の二人にぶつかって倒れた。鰹さんが倒れた4人に近づいて行く。
「鰹さん! しっかりして下さい! みんな仲間です!」
思わず抱きついて止めに入ると、鰹さんの体がぴくり反応した。
気がついた?
期待して顔を上げると、鰹さんの日焼けした頬に涙が伝っているのが見えた。
「……浪人……どうにもならんき……殺して……」
その言葉と同時にお腹に衝撃を受ける。鰹さんの蹴りをまともに食らってしまった。なんとかその場にとどまり、倒れたみんなと斧を振り上げた鰹さんの間に割り込む。
きっと僕の力じゃガラン戦斧は受け止めきれない。でも僕の生命力は一番多いし、防御力だって鰹さんの次に高いんだ。
『いっときの感情で引き際を見誤るな』
牛丼屋で公安のおじさんに言われた言葉が脳裏をよぎる。確か『ファースト』の名が決まる前だ。各ダンジョン探索者登録第一、命第一、仲間第一のファースト。
……斬られても、鮭さんが回復してくれる。絶対に、みんなで生き残るんだ。
ブオンッ
風を切る斧の音と共に、
「ゆんの剣鉈は凄いけど、この斧は防げないぞ?」
ガキンッ!
戦斧の衝撃に備えていた僕の側で、飄々とした声がした。
「え?」
光々と洞窟内を照らす光の中、バチバチと雷を纏った曲剣がガラン戦斧の刃を受け止め、そして鰹さんごと弾き飛ばした。
「あなたは……」
顔は眩しく光って見えない。でも『ラスベガス』という赤文字カタカナが入った紺Tシャツ、ベージュのチノパン、白いスニーカー……このセンス。
「……賢者」
気付けばみんな起き上がり、膝をついたまま顔面が発光した人を見上げていた。
「賢者? いや違うけど? 前田さんといい、なんだ賢者って……あ、前に美波が言っていた奴か? イケメン賢者……って誰だよ。まあいいや、騒がしパー……えっと、みんな怪我はない?」
心の声が漏れている発光した賢者が僕たちを見渡した。
「バタ子さんが足を……それと鰹さんが」
弾かれ倒れていた鰹さんがムクリと起き上がる。
「あほやから何かに操られてるみたいで……。でも逃げろゆうたんや、俺たちに」
蛸さんが答えると、賢者が立ち上がった鰹さんに顔を向け、なるほどと頷いた。その直後には鰹さんの後ろに回り、首に手を当てていた。
「防御膜……光樹」
そう呟いた賢者の手が一瞬光り、鰹さんの後頚部に当てていた手をぐっと握ると、そのまま何かを引っ張った。
「この人を操ってたのはこいつだよ。おっと」
ガクッと力が抜けた鰹さんを片手で受け止めると、肩に担いで僕たちの方へ近寄ってくる。いつの間にか持っていたはずの曲剣が消えていた。
「虫系パペットスパイダー、相手に取り付いて、腹の糸壺から出した糸を相手の痛みを感じる神経や運動系の神経に絡ませて操るらしい」
賢者の手のひらの上で、お腹が丸々とした肌色の蜘蛛が、ジジジと硬直状態になっている。
うわっ……これが蜘蛛? 確かに8本の足があるけど目もついてない。
「光の膜を沿わせてその糸は全部抜き取ったから、もう大丈夫」
「ありがとうございます、助けていただいて……こいつの気配が消えたのは、鰹に取り付いていたからでしょうか?」
王子君が緊張したようにパペットスパイダーに視線を送る。
「気配は消えてないけど鰹さんを操ってたから、重なって見えにくかったんだ思うよ」
「あの! どうしてこのパペットスパイダー動かないんですか?」
逃げもしないし襲いもしないなんて。
「ん? あー、今は闇魔法で動かなくさせてる……まあパクリ技だけど」
そう言うと何かを唱えた。手のひらにいたパペットスパイダーの体が今度は光の球体に覆われる。
ギチチッ……
微かな歯ぎしりのような音を立て、パペットスパイダーが消滅した。賢者の手のひらに、黒飴のよう濃い魔石だけが残った。
「あ、あの、今のは光魔法ですか?」
鮭さんが呆然と賢者と手のひらの魔石を見比べる。
「うん、ライトの応用みたいなの。外じゃなく内にね。パペットスパイダーは光魔法が弱点だったからね」
「……そんな光魔法、できると?」
鮭さんが自分の手のひらを見ながら呟いた。
「できるできる」
魔石をチノパンのポケットにしまいながら、なんでもないように軽く賢者が頷く。
「できないよ」
そんな賢者の後ろから可愛らしい声が聞こえた。
「はあ、やっと追いついた」
「……あかん、オバケがおる。顔だけオバケや」
蛸さんが賢者の後ろを指差しながら、わなわな震えている。
「まあ、そうなるよね。でもとりあえず、みんなの治療が先でしょ」
ゴーグルをつけた顔だけオバケがにっと笑った。
……良かった、良いオバケみたいです。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
……投稿が遅いんじゃあ(╯°□°)╯︵ ┻━┻ |ω・`)ノ




