地下41階
「どう蛸? 『探知紙』の反応は?」
朝飯を終え、探知紙を取り出した蛸を後ろからバタ子が覗き込む。
「ちょいまちぃや……1キロ以内に赤が1匹、オレンジが6匹、黄色はまあぼちぼちやな」
顔を上げ、辺りを見渡しながら蛸が小声で数を告げた。
蛸より強いのが1匹、同程度が6匹……結構いるちや。
蛸は俺よりレベル的に3コ上だから、オレンジの中には俺より強い魔物もいるはずだ。
「とにかく今まで通り、赤は避けて、オレンジには総攻撃でいくばい」
鮭の言葉に全員が頷いた。
「王子、階段の位置はわかると?」
「いや。でも探知紙に載ってる1キロ圏内にはないよ。東の方が気になるから、そっちへ移動すればいずれ空間把握にも引っかかると思う」
王子が覗き込んだ探知紙から東の方角に目をやる。
未だに俺が一番レベルが低いき、足を引っ張らんようにせんと……。
ここ41階は岩と平らな岩盤からなる階層だから、踏ん張りは効く。湿地帯や氷結階より斧も振るい易い。手早く片付けを終え、容量が見た目の5倍はあるリュックにそれぞれが荷物を詰め込んだ。
「浪人、今何時や?」
「8時を回ったところです! 1階層1時間30分くらいとして、最下層到達まで13時間30分、着くのは夜の10時前になりますね!」
リュックを背負った浪人が、腕時計を確認しながら元気良く答える。
「あほかっ、駿足5のお前を基準にすな! どんだけ走り込めばそんな足はよぅなんねん!」
「えっと、常に走っていたらなりました!」
「蛸、ムダよ。浪人は純粋真っ直ぐ君ってあなたが言ったんじゃない」
バタ子がため息をついたところで、
「じゃあいくばい」
鮭が苦笑いしながら歩き出した。
同ダンジョン40階層、9時
「美津さん、駿足7で走り抜けますよ?」
転移直後、屈伸運動をしている美津さんに空間把握と気配探知を放ちながら声をかける。湿地帯のこの階層でも駿足7だったら40分もかからず走り抜けられる。
「うんいいよ。41階のあいつにはちょっと時間掛かりそうだし、進めるとこは進んじゃお」
美津さんがうしっとゴーグルをはめた。
「相性が合わないっていう魔物ですね?」
「うん、ゾワゾワしちゃって駄目なんだよねー」
自分の両腕を抱きながら擦っているところを見ると、よっぽど苦手らしい。どんなやつなんだろ?
「とりあえず行きましょうか」
「オッケー」
親指を立て、美津さんがにっと笑った。
「鮭、あそこが次の42階への階段だ」
王子が崖の下にポッカリと空いた洞窟を指差した。
「ただあの中にデカい『M』もいる」
王子の気配探知と空間把握の組み合わせには、魔物はMと見えるらしい。俺は何かいるという気配しか分からない。
「探知紙は……。なんや? 赤になったりオレンジになったりしとるで」
「洞窟内だから外からじゃよく分からないんでしょうか?」
「とにかくあん中に階段があるけん、行くしかなか」
「その通りだわ……みんな、気をつけて行きましょう」
「ああ」
それぞれが武器を握り直す横で、俺もガラン戦斧の柄を両手で持つと先頭に出た。
「鰹?」
いつも先陣をきっていた王子が驚いたように俺を見る。
「ここは俺のホームダンジョンやき。それに防御力もわれらより一番高いちや」
そう言って洞窟内の気配に集中しながらゆっくり歩き出した。
……今のちっくと格好良うなかった?
「鰹さん! もし何かあっても──」
浪人が後ろから声をかけてくる。
「そう心配すんなや、浪人」
「大丈夫です! 鮭さんが回復してくれます!」
「……そうね」
俺はまっすぐ前を見据え、洞窟内に入って行った。
「見えましたよ美津さん」
ザザッと岩盤の上を少し滑ってから止まる。美津さんの言っていた通り、1キロ先の洞窟内に42階に繋がる階段があった。同じように止まった美津さんが、ゴーグルをおでこにずらして両手を膝についた。
「はあー、ごめんちょっと休ませて……駿足最大で2階層走り抜けるって結構しんどいよぉ」
「確かに。はい水」
冷たいペットボトルの水を渡すと、ありがとうと笑いゴクゴクと飲みだす。
「ピ、航平、私たちにはチョコケーキを──」
「まだおやつどころか昼飯にも早い」
即答した俺の耳に微かな叫び声が響く。
「あれ? 今なにか声が……」
「どうしたの? 航平くん?」
「ピ?」
「キュイ!」
丸窓からマシロが顔を出し、俺を見上げる。
『……きゃぁ……かつ……』
「美津さん! 洞窟に誰かいます!」
「え? だってあんな遠くだよ? 聞こえるなんて──」
「先に行ってます!」
あの声には聞き覚えがある。美津さんの返事も待たず、身体を傾け瞬間移動した。
「きゃああ! 鰹!」
バタ子さんの悲鳴が洞窟内に響き渡る。
「鰹! 下がれ! 下がってくれ!!」
鮭さんの叫び声がその悲鳴と重なった。
「……ウッ……ガッ」
鰹さんが苦しそうにガラン戦斧を振り上げた。あれは品川ダンジョンで手に入れた武器。鰹さんが嬉しそうに笑ってたのを思い出す。
ぼんやりそんな事を思い出していた時、後ろから誰かに肩を引っ張られた。その瞬間足元に斧が振り下ろされる。
「あほか! 鰹! なにほんまもんのあほになってんねん!」
僕の肩を掴みながら蛸さんが大声で怒鳴る。
「違う!」
ガキンッ
王子君が再び振り下ろされた戦斧を、ミスリルソードで受け止めた。
「鰹は操られているんだ!」
「……逃げ……逃げてくれ……」
鰹さんの苦しそうな、泣き声のような声が微かに聞こえてきた。
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