高知ダンジョン
「ギリギリセーフ……」
「ピ、航平が起こさないからですピ」
「キュ?」
「嫌だよ、それでエネルギー砲なんて撃たれたらシャレにならない」
今朝はPちゃんが寝坊し、8時集合のはずが今は9時10分前。美津さんのギルマス室に入ったことがない俺たちは、いつものトイレ内に転移し明るいロビーに出た。すでに受付には前田さんや、ほか数人の顔馴染みのスタッフが掲示板や探索者専用のパソコンをチェックしている。一瞬俺の方を見てから笑顔で頭を下げてきて、俺が頭を下げ返すとまた自分たちの仕事に戻っていった。
「おはようございます、前田さん」
「おはよう、来たね? ダンジョンの主討伐で暗躍してるのは聞いてるよ。先生」
近づいた俺を見上げ、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべる。
「暗躍って。そこはせめて支援で。それとその先生呼び、止めてくださいって言ってるじゃないですか」
「いいだろ別に。俺たちの先生ってのは本当のことだし。それか『賢者』とか?」
「なんで急に賢者になるんですか……俺が無職なの、前田さん知ってるでしょ」
「確かに」
あははと笑いながら前田さんがカウンターの跳ね板を持ち上げ、手招きをしてきた。
「さあ入って。ギルマスが待ってる」
ため息混じりにお礼を言って、上がった跳ね板を通り抜けギルドマスター室に向かう。
「田所先生」
後ろから前田さんに呼び止められた。
「だからその呼び方は───」
振り向いた俺に、
「どうかご無事で。美津さんをよろしく頼みます」
と、深々と頭を下げてきた。
「……えっと、頑張ります。あ、その代わり高知ギルドカフェのコッコーの新作、まだ食べてないんで帰ったら一杯おごってください」
頭を下げたままだった前田さんがぱっと顔を上げる。
「うちのカフェの新作『コッコーの親子丼』ふわとろじゅわっで、激ウマぜよ?」
「ぐっ……三杯お願いします」
笑顔を浮かべた前田さんに手を振り、ギルドマスター室に入った。
「おはよう、航平くん! Pちゃん、マシロちゃんも待ってたよー! 朝ご飯は食べてるだろうから、別腹用のケーキ用意しといたんだよ」
「おはようございます美津さん。遅くなってすみません」
原色の赤いソファーから立ち上がった美津さんが、目の前の黄色のテーブルの上に乗ったケーキを指差した。美津さんのギルマス部屋はポップカラーで溢れた、まるでアメコミのような配色の部屋だった。置かれた普通のチョコケーキがおもちゃみたいに見える。
「美津、おはようですピ! さすがですピ!」
「キュイ!」
バッグの丸窓を開け、Pちゃんとマシロが嬉しそうに顔を出した。
「ほら時間押してるし、空間庫に入れておくから後でいただこうな」
美津さんに礼をいいチョコケーキ三つを空間庫にしまう。
「航平はさすがじゃないですピ」
「キュ」
はいはい。
「遅刻して言うのもなんですが、美津さんが良ければもう行きます?」
「うん、こっちは準備万端だよ。やっぱり航平くんは驚かないかぁ」
フード付き迷彩服の上下に同柄のブーツとウエストバッグ、ベリーショートの頭にゴツいゴーグルをつけた美津さんがにっと笑う。
「いや、十分驚いてます。フル迷彩装備に」
かわいい顔とひとみさんよりもデカい胸とあいまって似合いすぎる……。胸のデカさはゆんが一番だけど、この大きさもまたスゴい……いやいや落ち着け俺、大事な確認をしないと。
「美津さんの武器はミスリルダガーでしたっけ?」
「うん、刃長30センチ、グリップも迷彩柄の布が巻いてあって、定爺さんとゆんの合作。すんごく気に入ってんの」
右腰に付けた迷彩柄の鞘からシュッとダガーを抜き取った。一瞬の早業だ。銀色の美しい両刃に、窓から射し込む光が反射する。眼調整がなかったら突然手元にナイフが現れたと思うだろう。これで笑顔を絶やさないんだから、相手が人間なら恐怖しかないな……。
「あと投擲用魔鉄ナイフ5本。それにしてもやっぱりフル迷彩に見えるのはさすがだね。たぶん眼調整5以下の人には私の首から上、両手しか見えてないよ?」
イミテーションバットの服:イミテーションバットLv73のドロップ品、皮膜(レア)で作られた服。
皮膜の手触りは木綿に似ているが伸縮性に富み、物理攻撃10%軽減。
皮膜の色彩が変化し、周囲に同化する。眼調整スキルの高い者には迷彩柄として認識。
製作者:テイラーLv60 カシマツグミ
「ああ、品川でドロップした布ですね」
2メートルくらいの迷彩柄コウモリで、ミノムシのように木の枝にぶら下がり、俺の嫌いな衝撃波を撃ってきたやつだ。ドロップ品が布地っぽかったので、つぐみさんにあげたのを思い出す。
「やっぱり素材の出どころは航平くんか。すっごく気に入ってるんだ、これ。目出し帽フード被って、袖に付いてる手袋着けたら私透明人間よ?」
「透明人間……良いですね、それ」
俺も一着作ってもらおうかな……。
「あ、航平くん今やらしい事考えたね?」
ズイッと美津さんが寄って来た。慌てて手を振る。
「べ、べつになにも、純粋に興味が……じゃあそろそろ行きますか。高知ダンジョンは最下層50階。俺は40階まで行ってるから、そこまでは転移でいけますよ」
「うん、よろしくね」
特に話題を引っ張ることもなく、美津さんがにっと笑う。良かった……。
「マシロ、高知ダンジョン地下40階に頼む」
「キュイ!」
「おやつはチョコケーキですピ」
「はいはい。あ、確か美津さんが相性悪いって言ってた魔物は──」
ふと思い出した瞬間目の前が歪み、俺たちは高知ダンジョン40階に転移した。
辺りは冬の曇り日ように寒く、やや薄暗い。だからパチパチと薪が爆ぜる音と、暖かい炎が心地良い。かまどの上に乗せたデカいフライパンの中で、ハムと玉子が焼ける良い音がするから尚更だ。隣の網の上には厚めの食パンが6枚。手早くひっくり返すと、多少焦げはあるものの全体的にはこんがりきつね色だ。
「上出来じゃない。紅茶も入ったよー」
後ろからバタ子が覗き込み、満足そうに笑う。岩場の比較的平らな岩盤の上に設営された3つのうち2つの魔除けテントから、品川浪人、八王子王子、福岡鮭、大阪蛸がゾロゾロと出てきた。
紙皿の上に焼けたパンを置き、その上にハムエッグを乗せていく。全部で6皿だ。
「おはようございます、鰹さん! バタ子さん! 良い匂いがしますね!」
「おはよ……。浪人、朝から声がでかい」
「おはよう。朝飯もう出来とると?」
「……あかん、俺交代してから3時間も寝てないねん……」
それぞれボサボサの頭で近寄ってくる。
「出来とるぜよ。カツオ特製ハムエッグトーストじゃ」
食パンの上にハムエッグ、マヨネーズが乗った皿を座ったそれぞれに渡した。
「こっちは甘い紅茶。コーヒーが良い人はお湯はあるから、個別でどうぞ」
俺と一緒に見張り番だったバタ子が紅茶入りの紙コップを配る。
「やったー! 僕の好きなものばかりです! 今日中に最下層の50階まで行けそうな気がしてきました!」
浪人が幸せそうにハムエッグトーストにかぶりつく。
「あほぉ、昨日『魔力丸』使って35階から始めて、ようやく41階に到着したんやで? どんな計算したら50階まで行けるっちゅうねん……うまっ! これうまっ」
ため息混じりにトーストを食べ始めた蛸が目を見開き、俺に何度も頷いてきた。
「魔力丸をまたもらうためにも、一個は残しておかないとね」
甘い紅茶を美味そうにすすりながら王子が言うと、
「そうね、初めてもらった時使わずに、宝箱探しながら帰って正解だったわ。昨日使って残りは5個。あの光のかまくらに住んでいるテレポがまたくれるか確認しなきゃだし、賢者が言っていたように、もし強制転移された時の命綱として、ひとつは持っておかないと」
バタ子が言葉を続けてから、トーストを食べ始めた。
一昨日、八王子のダンジョン主が討伐された日の夜、王子から連絡が来た。
明日もしかしたら大阪、高知、福岡いずれかのダンジョン主が討伐されるかもしれない。最下層に一番近いダンジョンにみんなで潜らないか。もしかしたらダンジョン主を誰が討伐しているのか、どうやって倒しているのか見られるかもしれない。
俺がソロで到達していたのは35階。大阪ダンジョンの蛸が32階、福岡ダンジョンの鮭は36階。高知ダンジョンが一番最下層に近かった。
「昨日このダンジョンの宝箱が開放されなかったということは、ダンジョン主は討伐されていないか、他の大阪か福岡のダンジョンが攻略されたということですよね?」
ムグムグと手で口を押さえ、浪人がみんなを見渡す。
「そうだな。……もし俺の勘が外れて、このまま高知ダンジョン主と俺たちが戦うことになったらどうする?」
王子が両手で紙コップを挟んで呟いた。
「そうなった時はそうなった時ばい。俺たちファーストも強うなったっちゃろ?」
慎重派の鮭が珍しく前向きな事を言う。
「ああ、魔力丸まで使ってここまで来たき、やっちゃろうが」
俺が拳を前に突き出すと、
「ちょっと鰹、恥ずかしいわ、これ」
バタ子がそっと拳を突き出す。
「鰹はほんとにアツいね」
「あほやからな」
「これが鰹の良い所ばい」
「鰹さん! やってやりましょう!」
それぞれが拳を突き出して来た。
「で、どうするんや? こっから」
俺はおもむろに突き出した拳を空に向けた。
「エイエイオー?」
みんなが無言でトーストをまた食べ始める。……冷めないうちに食べてくれ。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
同ダンジョンに騒がしパーティー……嫌な予感しかしない




