大阪ダンジョン攻略(後)
「裏ワザ?」
「はい」
ニヤけ顔をなんとか抑え、ひとみさんに頷き返した。Pちゃんが言っていた『このダンジョンから消えていなくなる』という条件にこれなら当てはまる!
「航平、どうするつもりですピ?」
Pちゃんが俺を覗き込むように体を傾けた。
「ふっふっふ、聞いて驚けPちゃん! こいつをアパートのダンジョンに転移するんだ」
要はこのダンジョンからいなくなればいい。俺のアパートのダンジョンには地底湖がある。地下5階の地底湖はこの光亀には少し狭い。地下14階、幻鯨のゲンちゃんがいる地底湖なら広く水深もあるから、光亀にはもってこいだ。もしかしたらゲンちゃんと仲良くなれるかもしれない。
「却下ですピ」
体を傾けたままPちゃんが羽でバッテンをだした。
「え? なんで!?」
「幻鯨は今もダンジョン主ですピ。同じダンジョンに主は一匹のみ、それはダンジョンの理ですピ」
「えぇ?……あ、でもこのダンジョンを離れたら光亀はダンジョン主じゃなくなるだろ?」
「幻鯨は今現在レベル127、同じ階層に光亀のような自分より高レベルの魔物がいた場合、『主』は戦いますピ。それもまた避けられないダンジョンの──」
「理……か。ゲンちゃんとこいつが戦うのは嫌だな」
穏やかそうな二匹の壮絶な水棲魔物戦なんて見たくはない。
「そうだ、八王子ダンジョンに『主』はいないし、探索者が苦戦してるっていう24階の地底湖は?」
「探索者がますます苦戦しますピ。それにレベル、強さから考えてもそうした場合八王子ダンジョン主に光亀がなる可能性が高いので、どの道人間との戦いは避けられませんピ」
確かに……。
「うーん、良い考えだと思ったんだけど。じゃあ結局、宝箱のために倒さないといけないのか」
すぴーすぴーと、鼻が少し詰まったような寝息をたてている光亀を見上げる。鼻の中にヒカリダケなんて生やしてるからだぞ? こうして見てると縁側で気持ち良さそうに寝ている爺様みたいだ。
……例えば俺の魔力回復ポーションを飲ませて、琵琶湖や山中湖とかに転移したら──駄目だ、間違いなく『ネッシー』騒ぎになる。調査や捕獲しに来る人が現れるかもしれない。そんなことされたらこの爺様エネルギー砲撃つかも……。光魔法のレベルは7。ゲンちゃんの水魔法8に次いで、今までの魔物の中でもレベルが高い。
もしここが失われた世界なら、ゲンちゃんと同じように光亀も崇められる存在なのかもしれないのにな──あっ。
「なあPちゃん、賢者の家、とか?」
賢者の家25になり、1100k㎥の空間が拓けている。平野はもちろん、丘、山、森、川、湖、海──塩辛いし波があったからたぶん海だと思うけど、塩湖ということも……まあそれはおいといて、端を確認しきれないほど広い。
ちなみに俺の家は周りが草原……果樹園になりつつあるけど、その草原をさらに深い森が囲んでいる正六面体底面のど真ん中に位置している。あの家を中心に世界は広がり続けているのだ。光亀を連れて行くなら森の中にある、Pちゃんたちとピクニックに行く泉だろう。
「ピ、それは良い考えですピ。賢者の家ではダンジョンの魔力濃度1/6はあるので、光亀が弱ることもないですピ」
Pちゃんの両羽がバッテンからマルを作り出す。
「しかも航平が賢者の家を離れた後の、強制退去までの時間が分かりますピ」
「うん、そうだな」
俺がひとりで出た後、Pちゃんたちがどれくらいで出てくるか『賢者の家20』になったときにやってみたことがあった。
Pチャンネルも賢者の家とこの世界では繋がらないから、念のため賢者の家に大量のご飯を用意し、まんじりともせず待つこと5時間。俺の部屋に開いたままにしていた出入り口からPちゃんたちが飛び出てきた。向こうには25時間いたことになる。
Pちゃんに試せと言われていた解除も怖くてできないし、心配していた分出てきたふたりに頬ずりしたら、デザートのリンゴを食べ損なったとPちゃんに突かれたっけ……。
その後はもう一度検証を行ったが、Pちゃんたちを何日も賢者の家に置いておくこともできず『賢者の家21』からは検証をしていない。分かったことは強制退去までの時間がかなり延びていたこと、そしてもうひとつ、強制退去前に俺が賢者の家に戻れば、そこからまた延長になるということだ。
「ねえちょっと、航平クン。さっきからなにを話してるの? 他のダンジョンに転移できないなら、日本のどこかにこの光亀を隠すんでしょ? その賢者の家って避暑地? それとも東京のマンションの近くにあるの?」
困惑顔をしていたひとみさんが痺れを切らしたようにズイッと近寄ってきた。
「いや、俺の近くです」
フォンッ
高さ2メートル幅1メートルの、少しだけ白く濁った膜が目の前に現れる。
「これです」
「ふぁ!? なにこれ!?」
驚いたひとみさんがちょっと後ずさった。
「えっと、俺のスキルなんですけど、中に空間があって入れるんですよ。この中にこいつを連れて行こうかと思って」
寝ている光亀の口先をぺちぺちと叩く。目を閉じたままで起きやしない。
「……ちょっと待って。色々聞きたいことはあるけど、まずこの膜みたいなのにこの亀入らないわよ?」
「そうなんです。俺もこの膜面積以上のものを入れたことはないけど……まあやってみます。おーい、ダンジョン主」
小型トルネードで浮き上がり、光亀の顔正面から声をかける。薄く目を開け、また閉じてしまった。
「なあダンジョン……光亀の爺様。ここから離れて、誰にも邪魔されず眠れる場所に行きませんか?」
今度は閉じていた目を8割くらい開け、ぼんやりと俺を見てきた。
「ゲフン」
爺様がゲップのように答える。なんだ? 良いのか悪いのか、どっちだ?
「キュィ」
「『いいよ』だそうですピ」
Pちゃんとマシロがそれぞれ片手片羽を上げる。かるっ! 返事かるっ!
「じゃ、じゃあ行こうか。俺が触ってないと駄目だから、背中に乗るぞ?」
「ゲフ」
光亀の爺様がゆっくりと4本の太い足を甲羅から出すと起き上がった。ちょっとした小山が動いた感じだな。トルネードを消して一度地表に戻る。
「じゃあ行きましょう!」
ひとみさんがキラキラと目を輝かせ、俺の腕を組んできた。
「いや、ひとみさんはここにいて下さい」
「ええ? なんで?」
「うまく通れるか分からないし、何よりダンジョンの声を確認する人がいないと駄目でしょう」
そんなぁ……と呟いているひとみさんを残し、爺様の背中に跳び乗る。甲羅を覆っているヒカリゴケは微かに金色味を帯びた緑で、ふかふかしていた。
「あ、そうだ。光亀の爺様! これちょっともらっていい?」
「ゲフン」
「『いいよ』だそうですピ」
「ありがとなー。よし、風刃」
魔法で両腕ひと抱えくらいのヒカリゴケを削ぎ落とした。苔がなくなった甲羅の一部が眩しく光る。
これが光甲羅ね……眼調整のレベルが低かったらこれ目が潰れるな……。
「ひとみさん、ヒカリゴケ渡しておきますね」
下の方にいたひとみさんにヒカリゴケを落とす。その苔の塊を上手いことキャッチした。
「わ……こんなにたくさん」
「じゃあ行ってきます。すぐ戻りますから」
頭を低くした光亀の口先が出入り口の膜に触れ、そのまま引っ張られるように頭を入れていく。
「なるほどね、こうなるのか」
出入り口の膜は大きく広がることもなく、光亀の頭、首、足と巨体を吸い込んでいく。背中に乗った俺たちもそのまま一緒に吸い込まれた。
「消えちゃった……」
航平クンたちが消えた空中に片手を泳がせても何も触れない。航平クンは『賢者の家』と言っていた。あの向こうにその家があるのだろうか。
放心状態で佇んでいると、辺りが点滅し始めたのに気づいた。
『70階層のダンジョン主が消失しました。ダンジョン主の一部を得た者に報奨を与えます。報奨を選んでください』
聞いたことのない声が頭に響く。
え? 私が選ぶの?
戸惑っている間にも声が2つの選択肢を告げてきた。
「……もちろん、宝箱でお願いします」
『70階層のダンジョン主が消失しました。報奨としてこのダンジョンに限り、各階層に宝箱が出現します』
航平クンたちがいない中、その声だけが頭の中に響き渡った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
強敵だった……え?
 




