大阪ダンジョン
ギルドのロビーは静まり返っていた。新品同様の白いスニーカーが、音も立てず板床のフロアを踏みしめる。
「あれえ!? 航平君?」
その静まり返ったロビーにすっとんきょな声が響き渡った。見るとカフェと武器屋がある方の通路から小柄な女性が近寄ってくる。
「あれ? 早くないですか?」
「やっぱりや。暗い中誰かと思って鑑定したら名前すら全部文字化け。こんなん航平君だけやしな」
大阪ギルドの武器屋で働いている水田さんだった。まだ日も登っていない朝5時だというのに……Pちゃんなんて早めの朝飯はしっかり食べて、今はバッグの中で二度寝中。マシロも大阪ギルドのトイレに転移してくれた後、バッグの中で小さなあくびをしている。
「鑑定しないでくださいよ……水田さん」
「水田さんなんてこそばゆいわ。麻里でいいっていつも言ってるやろ?」
髪を頭のてっぺんで団子にした水田さんが、華奢な腰に両手を当てぷっと膨れる。
「すみません。水田麻里さんはもう仕事で?」
「フルネームで呼ばんとってぇ……」
はぁっとため息をつくと、
「最近次々にダンジョン主が討伐されたやろ? 一昨日あたりからメンテナンスの依頼や武器の新調、防具のカスタマイズがえらいことになってんねん。大地くんもおるで。ところで航平君はなんでいるん? てか要塞なみの防犯なんやで? ここ」
と、興味津々といった感じで俺を見上げてきた。
「ひとみさんに用があって。ギルマス室で待ちあわせなんです」
「え? ひとみさんもういてはるの!?」
水田さんが頬に手を当て急にそわそわしだす。
「ああ、そっか、ひとみさんに開けてもらったん……。でもおかしない? 仲良さそうに話してるのは知ってたけどこんな早くに? もしかして……付き合っとる?」
そわそわしだしたと思ったら、今度は盛大に勘違いをしてきた。
「まさか。まあ友だちみたいなもんで」
「まあ、そうやろな」
両手で頬を挟んだまま真剣に頷かれるのも複雑だ。
「あ! ほな後で部屋にコーヒー持ってくわ」
嬉しそうな恥ずかしそうな顔をして、ぽんっと手のひらを合わせた。
「いや、すぐひとみさんと出ちゃうからいませんよ」
「え、そうなん? はぁ……残念や」
団子髪が落ちそうなほどうなだれる。
分かりやすいなこの人。そんなにひとみさんにコーヒー持って行きたかったのか……。そうだ!
「もし時間があれば3時くらいにチョコパフェ6人分、ギルマス室に持って来てくれると助かります。あとで料金払うんで」
なんせ今日早く来たのは、目指せダンジョン早退出! 15時にはギルドに戻ってくるつもりだ。Pちゃんとマシロも帰ってすぐチョコパフェが食べられると知ったらモチベーションも上がるだろう。
「ギルマス室に? もちろんお安い御用や! ほな3時に!」
小走りにロビーを横切り、女子トイレに入っていった。
……そわそわしてたの、そっち?
コンコンッ
「入ってきてー」
ギルドマスター室の向こうから声が聞こえ、失礼しますとドアを開けた。
「おはよう航平クン。食べる?」
黒いロングパーカーを着たひとみさんが、もぐもぐとソファーでコンビニおにぎりを食べながら、シーチキンおにぎりを差し出してくる。
「大丈夫です。もう食べました。あ、その皿の上のクッキーもらっていいですか?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます。マシロ、ほらクッキー食べるか?」
丸窓を軽くノックすると、窓をカチッと開けマシロが顔を覗かせ俺を見上げる。
「キュッ」
「しぃー。Pちゃんまだ寝てるから。転移ありがとな。また少したら地下60階に頼むよ」
「キュイ」
窓から出た頭を軽く撫でてから、高級そうなバタークッキーをマシロに渡すと、バッグの中からカリカリと音が聞こえ出した。カチリ……。もう片方の窓が開き、水色の羽がスッと伸びてくる。
「……はいはい。寝ぼけながら食べてエネルギー砲撃つなよ?」
「……ピ、失礼な……」
「Pちゃんもマシロちゃんも今日はよろしくね。地下60階までは転移して、そこから最下層まで降りるのね?」
最後のおにぎりの一欠片を口に放り込み、ペットボトルのお茶を一気飲みする。
「はい。大阪ダンジョンは北海道ダンジョンと同じく地下70階が最下層です。ひとみさんの準備が出来次第行きましょう」
「分かったわ。私の準備は終わってる。いつでも行けるわよ」
そう言ってにっこり笑うとすくっと立ち上がった。
「じゃ~ん、見てこの装備。格好良くない?」
黒いパーカー……かと思ったらヒザ下まであるローブだった。その下はブラックダイヤスネークの革で作られた、ひとみさんのナイスバディを際立たせる上下、編み上げの黒ブーツ。
亜麻色のウエーブがかかったロングヘアと色白の綺麗な顔以外全て黒い。
「どう? つぐみさんが仕立ててくれたの。ローブは宝箱」
『漆黒のローブ』には物理攻撃耐性2と魔法耐性2、ブラックダイヤスネークの上下は素早さ+50、防御力+80と基礎能力加算がついている。硬いし動きが早かったのでこの加算は納得だったが、あの革を加工するとこんなにエロく……いや妖艶な感じになるのか。つぐみさん……やっぱ凄いよあんた。しかもサイが10頭まとめて突っ込んでもひとみさんは青タンひとつ出来ない。
「武器はゆんちゃん作のミスリルのスモールソード。軽いから斬るよりは、切り裂くのと突くのが得意よ」
母さんのミスリルの細剣よりも更に細い剣を鞘から抜いてみせ、また鞘に戻してから腰に巻いた黒ベルトに差し込んだ。
「……ひとみさんて、職業なんでしたっけ?」
「なにいってんの、錬金術師なの知ってるでしょ?」
妖艶な黒魔術師似の錬金術師がふふっと笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
チビ助の本名が分かりました。




