ティラノサウルス?
グオオォォ……
ギャッギャッ
さほど遠くない場所から腹に響くような唸り声と、頭上からはデカそうな鳥の鳴き声が聞こえてくる。熱帯雨林を思わせる気温、湿度、見たことのない植物が生い茂った森の上空は黄砂が巻き上がったように濁っていた。
「ジュラ紀って感じだな……」
ジュラ紀知らないけど。
70階でメロウの実を拾いまくり、途中休憩を挟んで6時間。ようやく最下層の80階に到達したら、そこは恐竜が闊歩していそうなジャングルだった。
「ピ、ジュラ紀とは現在より約2億年前」
バッグの丸窓を開け、Pちゃんが顔を覗かせる。
「二酸化炭素濃度の影響で気温が高く、巨大な裸子植物が群生し恐竜の時代とも──」
「うん、Pちゃんもう大丈夫。ありがとう」
「本当に恐竜でも出そうですね。ダンジョンではなく、その時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えますよ」
遠野さんが口元を覆っていた黒い布をずり下げ、辺りをうかがう。俺もその言葉に頷きながら、空間把握と気配探知を放った。
「エミ、きょうりゅうずかんもってます。ティラノザウルスさんにあってみたいですよ」
エミーナが両手を大きく上げ、にぱっと笑う。
会っちゃダメなやつね、それ……。ダンジョン主をさっさと倒して早くここを出よう。こんなジュラ紀の森に子羊を置いておけない。
気配探知と空間把握にダンジョン主と思われるデカい気配が引っかかった。
「いた」
「……2キロ先でしょうか?」
下げていた黒布を引き上げ、再び口を覆いながら遠野さんが呟いた。
「そうですね。レベルは……ん? 50? 思っていたより低いな……。20メートル以上ありそうな気配なのに」
思わず独り言のようにいうと、
「私には数値まで分かりませんが、レベルがさほど高くないダンジョン主で良かったです」
遠野さんが苦笑いをしながら肩をすくめる。
「うーん。……そうですね。とりあえず行きましょうか」
「あ、すみません。光のバリアが切れそうなので魔石の交換を──」
そう言って遠野さんがエミーナのおもちゃ時計の裏蓋を開け、BB弾程に小さくなった魔石を取り出した。
「遠野さん、ちょっと待って。一応ダンジョン主相手だから」
光魔法3のオーラよりも厚く頑丈な、光魔法6の光のローブを遠野さんとエミーナにかける。
「冬馬のバリアより持続時間が長くて丈夫です」
あ、これ言ったら冬馬拗ねるな。
「ありがとうございます」
「ありがとうですよ、コウにいちゃん」
「じゃあエミちゃんの駿足も上がったことだし、一気に行きましょう」
頷く遠野親子の前に出て、2キロ先にいるダンジョン主に向かって走り出した。
「あれは……」
木の陰から覗いていた遠野さんがゴクリと喉を鳴らす。俺たちが見つめる先には、体高15メートル、体長が尻尾まで入れれば25メートルはある魔物が辺りを警戒するようにうかがっていた。
「わぁ、ティラノさんですよ」
キラキラと目を輝かせ、エミーナが俺たちを見上げる。確かに姿はティラノサウルスそっくりの凶暴そうな魔物だ。でもあれは……うん、気持ち悪いっ!
肉食系:軍隊トカゲ Lv163
Lv58×122
攻撃パターン:噛みつき、集中砲火、光魔法3、火魔法4
集合体となって大型魔物の姿をとる。魔法耐性4
攻撃に対し分離して回避、また集合体となり相手を攻撃する
弱点:雷魔法、闇魔法、物理攻撃
その巨大でゴツゴツしたティラノサウルスは、1体2メートルくらいのトカゲが団子のように寄り集まっているものだった。
うぅ、ボツボツやイボイボが嫌いなのにじっくり見ちゃったよ……。
「……数は多いですが個々のレベルは高くないようですし、地道に倒していけば私たちでもいけそうです」
「がんばりますよ」
遠野さんとエミーナが真剣な顔で見つめ返してくる。
「いやその中にやけにレベルの高い奴が一匹混ざっているんですよ。まだそいつを見つけられていないんです」
妙な攻撃パターンはないけど、念の為あの団子状のティラノサウルスもどきからそいつを見つけておきたい。
「それは軍隊トカゲの司令塔と思われますピ。魔力吸収の効率が良い個体が出現すると、その個体を指揮官として軍隊トカゲは動きますピ」
Pちゃんがそう言いながら丸窓から顔を出した。
「にしてもレベルの差がありすぎだろぉ」
要するに表に見えているのはその他大勢ってことだな。ちょっとあの足裏とかのトカゲに同情しちゃうぞ……。
「集合体を成すのは生存率を上げるひとつの方法ですピ」
「行きましょう田所さん、こちらも生存がかかってます」
「かかってますよ」
「分かりました。先手は俺に行かせてください。Pちゃんたちは窓を開けるなよ?」
バッグを背中側にまわし、木の影から飛び出す。あいつの弱点に雷魔法があった。
ここは一撃必殺! 雷魔法8!
『落雷!』
黄色く濁った空が一瞬光り、上を見上げたティラノサウルスの頭上で光が爆ぜる。けたたましい音と共に稲妻が落ちた。集合体が一瞬膨らみ、淡い光を放ちながらボロボロと崩れ落ちていく。
「凄い! 一撃とは!」
「エミはびっくりしましたよ」
振り返ると遠野さんが黒い布を口元に下げ、エミーナはもこもこフードの上から両耳を押さえ、青い目をぱちくりさせている。
「はは、ごめんごめん。でも──」
「ピ! 航平まだです!」
「キュイッ」
背中側からPちゃんとマシロの声がした。
「うん、そうだよねえ」
ティラノサウルスの形は崩れていても、今の落雷で倒せたのは10匹にも満たない。
「そんな……あれだけの攻撃を受けたのに」
原形のないティラノサウルスから離れ、ワシャワシャと身体をくねらせながら50匹以上の軍隊トカゲがこっちに向かってくる。
「あいつら落雷の寸前に集合体を崩したんですよ。それだけじゃなく、光魔法で回復もしてる」
「エミーナ! 高台だ!」
「はいです!」
遠野さんの指示に元気よく頷いたエミーナが浮き上がる。1メートル、2メートル……5メートル浮き上がったところでピタリと止まると、ツナギのポケットから銀色に輝くパチンコを取り出した。
「エミちゃんっ、落ちるなよ!」
エミーナに声をかけつつ、10枚の雷刃を撃つ。爆ぜながら軍隊トカゲに向かっていく雷刃のすぐ後ろを、遠野さんがミスリルダガーを手に駆けていく。
「エミのパチンコは、すごいですよ?」
定爺とゆん、つぐみさん合作のミスリルパチンコのY字の持ち手を握り、砂蜘蛛の糸を編んだ弾力のある紐にミスリルのパチンコ玉をセットしたエミーナが、にぱっと笑った。
久々に読んでくれてありがとうm(_ _)m
……エタってないぞー(`;ω;´)すんません、航平たちにも申し訳なかった。
校正さん! 1月に指摘してくれてたのにごめんなさい! いつもありがとう!




