がっかりだ
眠れない夜もありますよね。
玄関から持ってきた靴を履いてから、そろそろと急な階段を降りていく。
最初はガラスの鎧を抱え込むように屈んで一歩ずつ降りたが、すぐ立って降りられるほどになった。どんだけ深いんだ。
「…いきなりスライムが落ちてくるとかやめてくれよ?」
はっ! 違うぞ!? フラグじゃないぞ!
俺が誰かに心でツッコミを入れていると、下り階段は終わり、平坦な土の道から石畳のような通路に変わった。スマホの光源だけでは暗くてよく見えない。天井にライトを向けると4,5mほどの高さがあるようだった。
「どこまで続いてるんだこれ? 天井崩れたらヤバいな…ん?」
石畳に一歩足を踏み入れた時、スマホのライトより明るい小さな光が近寄ってきた。
「おわっ」
思わずスマホを突き出すと、それはスマホにぶつかり消えた。
ついでにライトも消え、辺りが真っ暗になる。ブブッとスマホのバイブだけが手に伝わった。
「なんだ!?」
画面があると思われる空間に白い文字が浮かび上がる。
この世界で初めてのダンジョン介入を確認
介入称号「始まりを知る者」
介入特典「探索者セットA」
介入報奨「ランダムスキル1回無料」
を進呈します
この世界で初めてのダンジョンモンスター討伐を確認
討伐称号「立ち向かいし者」
討伐特典「戦闘者セットA」
討伐報奨「ランダムスキル1回無料」
を進呈します
この世界で初めてのユニークモンスター「ゴールドスライム(はぐれ)」討伐を確認
討伐称号「幸運の尻尾を掴む者」
討伐特典「賢者セットA」
討伐報奨「選択スキル1回無料」
ゴールドスライム(はぐれ)ドロップ 賢者の家
を進呈します
「なんのこっちゃ…うっ」
文字を読み終えた時、目の奥がチクリと痛み、すぐ消えた。
「なんだ…痛っ!!」
今度はズンと頭全体が締め付けられる。手足、内臓が感電したように一瞬硬直した。
堪らず両膝をつく。反動でメガネが落ちる。
死ぬの? 俺…。
やがて痛みが嘘のように消え去った。スマホの時刻は1分も経っていない。ライトは消えたままだ。
「はぁ…帰ろ…」
俺は立ち上がると両膝についた土を払った。そして気付いた。
手足も、石畳も、何なら石畳の隙間に生えている苔も見えることに。顔を上げると、さっきまでスマホのライトでさえ見えなかった通路の先が、右に曲がっていることも見える。
「あれ? 電気ついた? 白じゃなくて、ほら、暖色系ってやつ…?」
天井を見上げても蛍光灯はない。スマホをスエットのポケットにしまう。
やけに体が軽く感じる。ガラスの鎧を装着しているのに、だ。ガラステーブルの足がかかった肩を、両手で掴みながらジャンプしてみる。
「あたっ」
天井のブロックに強か頭をぶつけた。
「…跳びすぎだろ」
再度天井を見上げる。3メートルは跳んだことになる。
頭をさすっていると、先の右に曲がっている通路から、一匹のアリが現れた。
「…へえ、もしかしてここアリの巣?」
俺はぼんやり思う。2本の触角をせわしなく動かし、黒光りする鎌のような牙をギチギチ鳴らしながら近づいてくる。
大きさは大型犬くらいか。…イヤイヤおかしいから! でかっ、あのアリでかっ!
アリとの距離はもう5メートルぐらい。4メートル、3メートル…
俺は足元に置いていた包丁を素早く拾うと
2メートル…1メートル
1歩前へ踏み込み、眼と眼の間に包丁を突き立てた。なんとなく弱点と思われた場所だ。足にはメガネを踏み潰した感覚を残して。
「キュッキッ…」
アリの触角が止まり、うなだれると、黒光りする体が淡い光に包まれ消滅した。消えたあとには、黒曜石のような小指の先程の石が、チラチラ光って転がっている。
「ふむ…って俺、何か冷静じゃないですか?…あんなの逃げるだろう普通…どうした? 俺!?」
レベルが上がりました
生命力40ポイント 魔力20ポイント 身体能力各4ポイント向上
突然頭の中に自分の声が響く。自分の意思ではないところで。
「うお…なんだよ、怖いよ…」
俺の中にもう一人の俺がいるのか?…だから冷静に対処できた?
「もしかして…ステータスオープンとか?」
その瞬間、頭の中のスクリーンに、ステータスが浮かび上がる。
Lv2 田所航平(タドコロコウヘイ)23才
種族:人間
職業:サラリーマン(低)
生命力: 200/240
魔力: 100/120
体力: 24
筋力: 22
防御力: 22
素早さ: 22
幸運: 200
魔法(全適性):まだ覚えていません
スキル:絶対防御1 気配探知1 鑑定10 異常耐性10 魔法耐性10 眼調整10 空間庫10 生命力回復10
魔力回復10
個別スキル:賢者の家(未)
称号:「始まりを知る者」「立ち向かいし者」「幸運の尻尾を掴む者」
ランダムスキル2回無料
選択スキル1回無料
「…職業サラリーマン(低)…なに? 給料? 底辺? あ、ひどい」
称号ってさっきここに入った時受信したのあったな。進呈しますとかって。
称号と褒賞の詳細を提示します
「始まりを知る者」 経験吸収2倍
「探索者セットA」 眼調整10(上限)鑑定10(上限)空間庫10(上限)
「ランダムスキル1回無料」 ランダムでスキル獲得
「立ち向かいし者」 基礎能力2倍
「戦闘者セットA」 異常耐性10(上限)生命力回復10(上限)絶対防御(レベルに依存)
「ランダムスキル1回無料」 ランダムでスキル獲得
「幸運の尻尾を掴む者」 幸運値200(上限)
「賢者セットA」 魔法耐性10(上限)魔力回復10(上限)全適性魔法(レベルに依存)
「選択スキル1回無料」 選択しスキル獲得
ユニークドロップスキル ゴールドスライム(はぐれ)賢者の家(レベルに依存)獲得
「おお…コレはすごいんじゃないか? 成長率のことだよな、2倍って。基礎能力って体力とか素早さ? 2倍でこれだけ?」
がっかりだ。いや、確かに俺は学校の体育祭の花形、リレー選手に選ばれたことはない。
部活も地域歴史部略して地歴部。楽だった…。
つまり基礎はないに等しい。
「まあさっきのアリはよく倒せた。ビビらなかったのは、異常耐性のおかげか…? 恐怖とかも入ってたり? って魔法?! 魔法使えんの?! おお…ファイアボールっ!」
通路の奥へ手のひらを向け叫ぶ。何も起こらない。
「なんちゃって…」
あぁ…恥ずかしさのあまり胸をかきむしりたいが、ガラスの鎧が邪魔をする。
「一度戻るか」
さっき倒したアリが残した黒石を拾うと、俺はとぼとぼと部屋へと戻った。
もうひとつ、宜しくお願いします。