北海道ダンジョン攻略
グウフ……
俺たちに気づいているはずの砂竜が、ピクリとも動かずゲップのような息を吐いた。俺たちのことを寄ってきたコバエくらいにしか思ってないらしい。
「紅音さん、先に行きますよ」
「いえ、私が行かせていただきます」
砂丘を駆け下りる紅音さんのスピードが増した。砂丘を下り切り、今度は砂を巻き上げもせず、動かない砂竜の尾の横を回り込むように登っていく。砂竜が長く太い尾で煩そうに横払いしてくるのを躱し、左手を上空にかざした。
「『水籠』」
砂竜の体の周りに揺らぎが生じ、大量の水が出現するのと同時に、まるで水が意思を持っているかのように凝集し、一瞬にして砂竜を覆う。ボゴボゴと水中で息を吐き出し、砂竜がその巨体をくねらせた。間髪入れず紅音さんが手にしていたミスリルの槍に魔力を流す。
「ハッ!」
高く跳んだ紅音さんが落下の勢いのまま、真っ逆さまに水の中で暴れる砂竜の首に向かっていく。銀色の穂先に風が集まり、刃先が水に到達する直前に渦が生まれ、その中心に落ちながら砂竜の弱点である首に槍を突き立てた。一際巨大な空気の泡が砂竜の口から上がる。
「おおぅ……スゴい」
槍を抜き、跳んで水籠から離脱しようとした瞬間、水が一瞬にして土に変わった。紅音さんがその土の中に閉じ込められ、消えた。
「紅音さん!!」
「ピ! 土魔法ですピ!」
泥状化した土が雪崩のように砂丘を下ってくる。とっさに足底に竜巻を出し上空に上がると、丘の下に泥にまみれ横たわる紅音さんが見えた。
「紅音さんっ!」
下に降り、ぐったりしている紅音さんを抱き上げてその場を離脱する。
「光魔法で防御していなければ、水が土に飲まれたとき押し潰されています、気を失っているだけですピ」
Pちゃんの言葉と同時に紅音さんの状態を確認すると、生命力が1456/2800になっていた。すぐさま大回復2回と魔力回復を唱える。怒りと警戒で動かない砂竜から離れ、紅音さんをそっと砂地に寝かせたとき、紅音さんの目が薄く開いた。
「……航平さん。すみません……私……」
「あいつが土魔法を使ったんです。生命力と魔力は回復しときましたが、紅音さんはここでちょっと休んでいてください」
紅音さんを覆うように光のテントを出した。
「……いえ、大丈夫です」
そう言って立ち上がると、泥で貼り付いた自分の巫女服を水魔法で洗い流し始めた。体の線が露わになって、なんとなく目を背ける。
「今度はもっと、上手くやります」
水操作で髪と服の水分を足元に落としながら、テントを出ていこうとするのを慌てて止める。
「紅音さん、言いにくいけど紅音さんよりあいつは強いです。危ないから俺が──」
俺が引き止めると、紅音さんがピタリと足を止め、前を向いたまま言った。
「わかっています。でも今ここで行かないと、今後もずっと心のどこかで、あなたを頼ってしまうと思うんです」
返答に困っている俺に向き直り、
「航平さんは、強すぎです。全てを任せてしまいそうになるほどに」
と、小さく笑った。思わずどきりとしてしまう。
「では」
そう言っていつもの表情に戻り一礼すると、駆け出していった。いつも無表情な人の笑顔って、破壊力あるよな……。
「航平、どうしますピ?」
「キュイ?」
Pちゃんとマシロがバッグの丸窓から顔を覗かせる。
「どうするって……紅音さんは自分で倒したいみたいだし」
頼ってくれても、俺は構わないのになぁ。
「あの砂竜は今の紅音では倒せませんピ。でもふたりなら可能ですピ」
ふたりなら……か。そうだよ。紅音さんが戦いやすいよう、俺は場を整えれば良いんだ。
「そうだな。俺は縁の下になるって先輩と約束したしね。後で紅音さんには怒られよう。Pちゃん、マシロ行くぞ」
すでに砂竜の首、腹を狙いながら槍を振るっている紅音さんの反対側に向かう。
「雷樹」
砂丘に両手を置き、砂の中から砂竜の4本足に雷の根を絡ませる。
ゲウッ
砂竜が動かない足の代わりに尾をうねらせ、紅音さんと俺を払おうとしてくるのを、
「炎鎌」
高さ5メートル以上の火炎柱が反り返り、燃える大鎌のようにその尾を焼き切った。
ギャフッ!
砂竜の叫びと同時に周りの砂が沸き立ち、間欠泉のように吹き上がった。勢いよく吹き上がる砂に紅音さんの槍も通らない。少しでも触れば指は削れてなくなるだろう。足底に出した竜巻で空中移動しながら、片腕で顔を覆っていた紅音さんに手を伸ばす。
「紅音さん! 掴まって!」
紅音さんが一瞬ためらうような素振りをし、俺の手をがっちり掴んできた。
「上から首に降ります! 紅音さんは最大魔力と水魔法でとどめを!」
抱き合うような格好のまま砂の舞い上がる頂点に到達すると、砂に潜ろうと頭を砂地に突っ込んでいる砂竜の姿が見えた。
「いきますっ」
俺の腕から離れ、そのまま降下しながら、
「『水帯』」
槍の先から水が伸び、まるで新体操のリボン競技のように螺旋を描き砂竜の首に巻き付いた。締め付けてくる水の帯を取ろうと、砂竜が何度も頭を大きく振る。ロデオのように砂竜の背中に乗った紅音さんが更に魔力を込めた。
「くっ……魔力が……このままじゃ……」
紅音さんの白い首筋に汗が流れ落ちる。
「紅音さん! 協力プレイです!」
俺はその水の帯に、8割紅音さんの魔力の形に寄せた自分の魔力を流した。
ギュルンッ
水の帯に厚さと勢いが増し砂竜の首を締める。そのまま収縮し続け、最後の咆哮も上げさせず砂竜の首が飛んだ。
「ピ! お見事ですピ!」
「キュ!」
光の粒になり消えていく砂竜の前で、両膝をついた紅音さんが俺たちを見上げる。
「……結局、航平さんに」
「良いんじゃないですかね。俺は皆よりスタートダッシュが速かっただけで、ラッキーだっただけなんです。そのうち皆に抜かれると思うし、今のうち協力させてくださいよ」
魔力回復の魔法をかけ、紅音さんへと手を伸ばした。俺と違って皆頑張ってるもんなぁ。
「……ええ、抜かせていただきます。いつか、航平さんが私を頼りにするくらい」
「え? もう十分頼ってましたけど」
俺の手を握り立ち上がった紅音さんが、ふふっと笑った。
「あ、紅音さん、報奨の選択がアナウンスされましたよね? 2番で良いですか?」
頭の中でいつものアナウンスが流れ、紅音さんに確認する。
「ええ、ここのダンジョン主になりたくはないので。でも選択1番のダンジョン主になったらどうなってしまうのかしら?」
「このダンジョンに集まる魔力の何割かがダンジョン主に移譲されるんですピ。更に強くなれますピ」
「……もう人外ですね。それは」
紅音さんの整った眉にしわが寄った。
『70階層のダンジョン主が討伐されました。報奨としてこのダンジョンに限り、各階層に宝箱が出現します』
品川ダンジョンで聞いた文言と同じアナウンスが脳内に流れる。
「探索者たちが喜びますね。ありがとうございます。航平さん」
「いえいえ、いつも雷光のメンテをしてもらってたんです。恩返しできて良かった」
もう雷光はいないけど……。
「航平さん、さっきの砂竜の経験値を得て『修復』スキルが上がりました。もしかしたら雷光を直せるかもしれません」
「ええ!? マジで!?」
「はい。マジです」
紅音さんが無表情のまま頷く。
「すぐ戻りましょう! マシロ! 転移頼む!」
俺が手を握ると、紅音さんの白い頬にちょっと赤味がさしたような気がしたが、まあ気のせいだろう。
読んでくれてありがとうm(_ _)m え? お前は誰だって? ……えっと生きてます。麦作です(キリッ)




