光る男
「ええっと……。おお! 宝石発見!」
ミミクリーが消えたあとに、あの赤い眼と同じ色をした拳大の石が落ちていた。本物は見たことがないが、まさしく『ルビー』だ。
ミミクリードロップ:複製玉(ハイレア)
願えば複製を創る。
「おお……ハイレア! 複製玉ってさっきみたいなドラゴンが出てくるのか?」
「ピ! 複製玉とはまた珍しいものを」
肩に止まったPちゃんが興奮したように両羽を上げる。
「航平が持っている願い玉はひとつの物質に変化しますが、これは願えばひとつの生物に変化しますピ。願い玉と同じくSS級宝玉ですピ。ダンジョン主討伐ドロップで、まず出てこない品ですピ」
生物……生き物?
「え? じゃあ……じゃあさ、ペガサスに乗りたいなーとか願ったら、これがペガサスになるとか? ……なーんてさすがにそれは──」
「なりますピ。持ち主の魔力以上のものはできませんが、創造主の言うことはよく聞くと言われていますピ」
「おお! マジで!?」
複製玉を持った手が震える。
どうしよう……何がいい? ペガサスも良いが、ドラゴンも捨てがたい。……でも部屋じゃさすがに飼えないか。ドラゴンに至っては、じゃれてこられたら命が危ない。
「……後でゆっくり考えよう」
複製玉の近くに落ちていた、今までで一番濃い色をしたソフトボール大の魔石も一緒に空間庫に収納する。
「そうだ、さっきアナウンスが各階層にって言っていた宝箱は……」
気配探知、空間把握、捜索を放つ。
……あった! うちのダンジョン以外で初めて見る白い気配、宝箱だ!
「Pちゃん、マシロ! 宝箱あったぞ! 行こう」
「ピ!」
「キュイ!」
噴煙を避けながら、俺たちは宝箱を目指し移動した。
「どう? 王子?」
「……うん、罠はないみたいだ」
じっと一点を見つめていた王子が、俺たちを振り返る。
「キタキター! 43階にもあるっちゅうことは、あのアナウンスほんまもんや!」
蛸が飛び上がらんばかりにガッツポーズをした。
「今までの宝箱と素材も形も違いますね! どっちかというと石の棺おけみたいです!」
ライトに照らされた石の箱を指さし、浪人が興奮したように言った。
「棺おけて……浪人、おまんなんちゅー恐ろしかことを」
鰹がぶるっと震えてみせる。森であのアナウンスを聞いた俺たちは、半信半疑で宝箱を探しつつ、森から岩がゴロゴロとした場所に抜けた。そして崖の側面にこの洞穴を見つけ、中に入ってみると最奥にあの石箱があったのだ。
今まで5階10階15階と、5階層ごとにしか宝箱がなかった。魔法のオーブセットから始まり、守りのネックレス、ブレスレット、イヤリング、指輪……どれも身につけると基礎能力値上昇、プラス魔法耐性が加算される凄い装飾品ばかりだったから、否応なしに期待が高まる。
「ねえ鮭、早く開けてみましょうよ」
「そうだよ、ここにいて後ろから魔物がきてもヤバい」
バタ子と王子が俺の背中を押してきた。
「うん」
宝箱に近づき、片足を着く。両手で石の蓋に手をかけ、みんなを見上げてから押し上げた。
「おおっ」
「これって」
「まっこと……」
「……なんや」
「斧ですか?」
石の宝箱を覗き込むと、赤く長い柄に漆黒の両刃がついた斧が置かれていた。まるで黒蝶が両羽を広げ休んでいるような姿をしている。
「なんや? 黒い刃、魔鉄か? 鰹は魔鉄とミスリルの両刃のバトルアックスはもってんねん」
蛸が残念そうに鰹が背負っているバトルアックスを見る。
「ちょい待って。鑑定」
覗き込んでいた王子が呟いた。そして、
「ガラン戦斧:ガランの殻、硬羽で作られた斧……だって。どれくらいの強さかは分からないな」
ふうっとひとつ息を吐いた。
「どっちにしてもこれは、鰹のものね」
「アクセサリーだけかと思っていたけど、武器も出るなんて凄いです! 弓とかもありそうですね!」
「なあ、帰るついでに上り階段の反対側も行ってみいひん? まだ宝箱あるんやないか?」
「確かに各階層にひとつとは限らんばい」
「俺、ローブが欲しい」
俺たちがそう話しながら出口に向かい歩き出すと、
「……なあ。俺が、もらっていいのか? 売って六等分してもいいぜよ?」
ガランの斧を手にした鰹が、申し訳なさそうにこっちを見ていた。
「もったいない!」
見事に声が揃い、鰹の案は却下される。
「どげん? 手にした感じは?」
俺が聞くと、鰹が満面の笑みで斧を振り上げた。
「最っ高ぜよ」
「このボケ鰹! 振り上げんな! 危ないわっ!」
蛸のツッコミとみんなの笑い声が洞穴に響いた。
「……なんや? あれ?」
岩場から来た方向へ戻り、上り階段を通り過ぎて森の外れまで来たとき、宝箱ではない、それを見つけた。
「……なにか建物でしょうか?」
「建物というより光のかまくらみたいね」
木の陰からみんなでその光のドームを覗く。なにかの棲み家だろうか?
「あれはバリア系のなにかみたいだ」
鑑定を終えた王子が小さく言う。
「それが魔法によるものか、アイテムなのかは分からない」
「とにかく少し様子を──」
言いかけた言葉を飲み込む。光のドームの前の空間が、歪んだ。
「なんやっ!?」
「しっ!」
歪みと共に現れたのは、人間だった。いや、突然現れたんだ、人間じゃないだろう。背を向けているため顔は見えないが、なんともいえない、しいて言えばくすんだエメラルドグリーンのTシャツに、ベージュのチノパン、真っ白な運動靴を履いて、歪みが消えたその場所に立っていた。
その得体のしれない何かが、一瞬動きを止めてから、そのまましゃがみ込んだ。
なんばしよっと?
木に隠れた全員が、じっと見守っているのが分かる。
「……ああ、ほらやっぱり足りない。ふたりとも食べ過ぎなんだよ。しょうがないな……半端じゃ可哀想だし……ん? 大丈夫、ライトを纏う」
なにかブツブツ言いながら、突然しゃがみ込んだ男が立ち上がると、
「なあ、そこにいる六人の人」
と、こっちを振り返った。
「ひっ」
バタ子が小さく悲鳴を上げる。俺も、みんなも思わず身構えた。なぜならそいつは顔が、発光していたから。眩しい……眼調整3でも眩しいって、どんだけ光ってるんだ? 宇宙人か?
「眩しいかな? ゴメンな」
済まなそうに言いながら、その発光男が近づいてきた。思ったより気さくに俺たちに声をかけてくる。
「……はあ」
俺の背中に隠れながら、みんながぞろぞろ木の陰から出た。
「あの、なにか……?」
目を細め、光っている顔から目を逸しながら聞いてみる。
「いやあ……急なお願いで悪いんだけど、三つほど甘いおやつみたいなもの持ってないかな?」
……甘党発光宇宙人?
「……俺、まんじゅう持ってます」
王子がガザゴソと、背負っていた黒いリュックからまんじゅうを三つ取り出した。
「お、収納袋じゃん。新作?」
「え?……はい。ギルドからレンタルしました。容量が今までの倍です」
王子が答えながらまんじゅうを光る男に手渡す。差し出された手は普通の人間と同じだった。
「ありがとう。そっかあ、冬馬とつぐみさん頑張ってんなぁ」
そう嬉しそうに言い、ついて来いというように手招きしてきた。
「敵意や威嚇、捕まえようとか大声も駄目だからね。心穏やかに、可愛いものを愛でるような気持ちでいないと、違う階層に飛ばされるから気をつけて」
なにか注意事を言いながら、光のドームの前で再びしゃがみ込んだ。その後ろから俺たちも顔を見合わせ、静かになにかを待った。
ドームの中の土が盛り上がった場所から、黒い仔猫がひょっこり顔を出した。それも一匹じゃない。つぶらな瞳、少し長い三角耳、耳の中は白いふわふわな毛。
これは……超絶カワイイ……。
俺の肩を掴んでいた誰かの指に力が入る。見ると王子がなんとも言えない、とろけそうな顔をしていた。
「はい、チョコバーはお終い。大丈夫、ほら、このまんじゅうも美味そうだよ」
近寄ってきた仔猫にまんじゅうを渡しながら、光る男が優しく語りかけている。まんじゅうを小さな両手で抱えた仔猫が、巣と思われる場所に帰っていく。
「……あの、今のは」
浪人が言いかけるのを光る男が手で制した。
「静かに。ちょっと待ってて」
やがて黒い仔猫たちがまた巣から顔を出し、両手になにかを持って、光る男に近づいてきた。
「ありがとう。ありがたくもらうよ」
男が礼を言うと、キュッと可愛らしく鳴いて9匹が巣穴に帰っていった。
「誰も飛ばされなくて良かった。まんじゅうをありがとう。これはそのお礼だ」
光る男は立ち上がると、俺の手のひらに黒くて丸い玉を六つ置いた。
「……正○丸?」
手のひらを覗き込んだ鰹が呟く。
「鑑定持ちがいるだろ? 口に入れて行きたい階層を明確にイメージするんだよ。行ったことのない階には行けないからね。あと飲んだやつの一部分に触っている事。置いていかれるから気をつけてな」
そう言って光る男が頷くと、その体が一瞬歪み、目の前からこつ然と消えた。呆然と立ち尽くしたままだった俺たちは顔を見合わせる。
「……今のって」
「ああ、絶対ぜよ」
「光ってて顔は見えなくても分かりますよね!」
「わかるやろ……」
「『BANZAI!BONSAI』と描かれたTシャツ、チノパンに中学生のような白い運動靴」
「『賢者』だ!」
お互いを指さしながら、俺たちは思わず叫んだ。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 未知との遭遇?




