一番強いのは
(互角って……あれどう見ても、ドラゴンなんですけど?)
富士山のような形をした高さ30メートルほどの岩山の上で、黒色のドラゴンが頭をもたげ、辺りをうかがっていた。ファンタジーに登場する、イメージ通りのドラゴンの姿。今にも両翼を広げ、炎を吐き、全てを焼き尽くしそうだ。間違いなく今まで倒してきた魔物の中で一番強い、圧倒的強者の風格。
顎先から足元に汗がぽたりと落ちる。ジュッと、その汗が一瞬にして蒸発した。この階層は多分異常に温度が高い。近くに噴煙を上げる場所もいくつか見える。もし光魔法のシールドをかけていなければ、Tシャツもパンツもあっという間に燃えてしまうだろう。
(強さは航平と互角ですピ。それ以上でも以下でもありませんピ)
俺の緊張を読み取ったのか、Pちゃんが何でもないようにさらりと言う。確かにレベルは俺と同じだった。ただ攻撃パターンはあり過ぎて把握できないし、何より恐ろしいのは……。
(……Pちゃん、全魔法耐性に自動回復……弱点は物理攻撃のみって。その物理攻撃にしても、あいつ絶対防御持ってる。あんなの俺にどうこうできる魔物じゃないぞ……)
グゥッと、声か空気の振動か分からない音を出し、ブラックドラゴンが隠れて見えないはずの俺たちに顔を向けてきた。慌てて頭を引っ込める。
(危なっ! なんでこっち向いた!? 隠密効いてない?)
黒い眼窩に埋め込まれた、赤い宝石のような眼をしていた。
(すでにこの階層に入ったときから、あの魔物には航平が分かっていますピ)
(え? 探知もあるの?)
グルル……
岩山から今度ははっきりとした唸り声が聞こえ、またそっと覗いてみる。そこからドラゴンが消えていた。
「な!?」
次の瞬間、ドラゴンが俺たちの前に現れ、巨体を捻らせ長い尾を振ってきた。とっさにジャンプで躱す。
ドガンッ!!
身を隠していた大岩が粉砕され、跳んだ俺たちに大小入り混じった岩つぶてが弾丸のように飛んできた。岩つぶてが、ガツッカツンッとシールドにぶつかり跳ね返る。
なんだよあの動き! 瞬間移動か!?
思ってもみなかった素早い動きに戸惑っていると、
「ピ!」
「キュ!」
バッグからPちゃんとマシロの声がした。
「ふたりとも出てきちゃ駄目だからな!」
空中で空間庫から右手に雷光を取り出し、着地と同時にブラックドラゴンの足元に瞬間移動する。
「このっ!!」
黒光りする極太の鉤爪をかいくぐり、鱗で覆われた太い脚に雷光を渾身の力で振り抜く。
ガギンッ!!
火花が派手に散り、雷光が跳ね返された。
「くうっ! カッてぇー!」
煩わしいハエを払うかのように、太い尻尾を振り回し攻撃してくるのを避けながら、二度三度と立て続けに斬りつけた。少しずつ黒い鱗が削れていく。
これは、いけるかっ?
そう思った途端、傷ついた鱗が再生されていくのが見えた。
マジかよ……。
思わず動きが止まる。
「ピ! 航平!」
ひっ!?
ドラゴンの尻尾が目の前に迫っていた。とっさに片手でバッグをかばい、雷光を握った片手で防ぐ。とてつもない圧が腕にかかり、そのまま吹き飛ばされた。
死んだ、これ死んだ……。
大岩を背中で砕きながら、何個目かで体が止まる。
「航平! 生きてますピ?」
「キュイキュイ!」
バッグのふたりは無事なようだ。ホッとしたら全身が痛い……。
「うう……もう駄目かも。……ライフ」
Lv189 生命力:8450/10200 魔力:8100/8650
……案外平気でした。
ガラガラッと、砕けた岩を払い退け起き上がると、雷光を再び構えた。
「あっ……あぁぁぁ!?」
両手で握った柄の先に、刀身が……ない。足元を見ると岩の隙間に曲がった刃が落ちていた。
「雷光が……」
呆然と雷光の無残な姿を見つめていた俺の頭に、Pちゃんの声がこだまする。
(ピ、航平……航平──)
「航平!」
はっと我に返る。
コオォォ……
ブラックドラゴンが息を吸い込むのが聞こえた。これは……。
ゴオオオォォ──
ファイヤーブレス!?
「光のドーム!!」
光魔法9を唱えると同時に、炎がドームの壁、天井にぶつかり逸れていく。まるで溶岩の中を泳いでいるような錯覚に陥る。でもそんなことより……。
「雷光が……俺の相棒が」
「あのミミクリーを倒して、雷光の仇を取れば良いですピ」
「キュイ」
「でもあいつには攻撃魔法も効かない。空間庫にはキラーアントの牙と、オノカブトの手斧、カイカマキリの鎌、ブラックベアーの爪くらいしかない……。攻撃手段がないよ」
こんなことになるなら、せめてミスリルの剣をもらっておけばよかった……。今まで欠けたことはあっても、雷光が折れるなんて思いもしなかった。これはさすがの紅音さんでも直せないだろう。
「キュイ」
マシロが丸窓を開け、俺を見上げた。
「マシロが出たがっていますピ」
隣の丸窓からPちゃんも顔を覗かせる。
「なんだ? どうしたマシロ」
バッグを開けるとマシロがひょっこり顔を出し、俺の肩に駆け上がってきた。ファイヤーブレスが止み、光のドームも消える。
「マシロ、なにが気になるかわからないけど、危ないから中に入ってなさい」
肩に佇むマシロを掴もうとした時、
「キュイッ」
マシロが肩から飛び降り、ドラゴンに向かって走り出した。
「ちょっ!? マシロ! そっちは駄目だ!」
駿足で追いかけた時にはすでに、マシロがドラゴンの振り回す尻尾を躱しながら脚から腹、背中へと駆け上っていた。
「おい! マシ──」
コオォォ……
ドラゴンが再び口を開き、息を吸い込む。その瞬間、顔まで駆け上がっていたマシロがその口の中に吸い込まれ、消えた。
「え……嘘だろ?」
目に映ったことが信じられず、思わず呟く。
「……うわぁ! マシロ! マシロ!」
「ピ! 航平いけません! 炎がきますピ!」
「関係ない!」
眼を狙って全魔法10を撃ち込んでやる!! 早くマシロを──!
グアアァァ!!
その時ドラゴンが咆哮し、体から無数の太い棘が生えた。
変身!?……あれ?
体から棘を生やしたドラゴンが動きを止めると、淡く光りだした。
……あれ?
その様子を眺めているうちに、巨大なドラゴンが光の粒になってかき消えた。
ええ……!?
「キュイッ」
呆然と立ち尽くす俺の肩に、マシロが飛び乗ってきた。
「……もしかして、マシロが?……いでっ!」
レベルが上がりました
レベルが上がりました
レベルが上がりました──
脳内に久々の連続レベルアップの声が響く。
「……いてて……どういうこと?」
「あの魔物は『ミミクリー』、複製魔物ですピ」
Pちゃんもバッグから出てきて、俺の肩に止まる。
「複製魔物?」
「あの魔物は階層で一番強い魔物に姿を変えますピ。この階層に到達した時点で、航平が一番強かったですピ。同じ魔力量を持ち、スキルも同じ。姿はオリジナルが自分より強いと無意識に思っているモノに変わりますピ。要するにあのドラゴンは、航平が自分より強いと思うモノの姿をした自分自身。航平は自分と戦っていたということですピ」
「……だから、互角か。って、俺は魔物じゃないぞ」
いや、待てよ?
「マシロ、もしかしてわざとあいつの中に入ったの?」
「キュイ!」
マシロが肩の上で飛び跳ねる。
「……土魔法9の、なにか使った? あいつの中で?」
「キュイキュイ!」
褒めて褒めてというように、マシロが頭を擦り寄せてくる。
「……俺の複製を一発で……俺より、強くない?」
「ピ、戦い方によってレベルやスキルが下でも、勝てるという良い例ですピ」
「……ははは。凄いなあ、口から入り込んで中で魔法を使うなんて。俺なんにもできなかったけど……」
なんとなく片方の手で口を塞ぐ。
『100階層のダンジョン主が討伐されました。報奨を選択してください』
突如として頭の中にアナウンスが流れた。初めてダンジョンに入った時に聞いた、あの声だ。
「……なるほど。じゃあ『各階層に宝箱』でお願いします」
頭の声に選択肢の2番をお願いする。
「ピ、航平、いいんですピ?」
「うん? ああ、だって宝箱設置の仕事から解放されるんだぞ? 俺も本物の宝箱見てみたいし」
ちょっとワクワクするよな、やっぱり。俺が知ってるのは動く宝箱とミミック、氷菌糸まみれのやつだけだったし。
『100階層のダンジョン主が討伐されました。報奨としてこのダンジョンに限り、各階層に宝箱が出現します』
頭の中のアナウンスを聞きながら、折れた雷光の刃を拾い空間庫にしまう。
「……今までありがとうな。雷光」
「ピ、航平、ミミクリーのドロップ品も拾ってくださいピ」
「ああ、そうだった」
俺たちはブラックドラゴンが消えた場所に、キラキラと光っているモノに向かって駆け出した。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 雷光が……え? そんな思い入れない? ……雷光があぁ(泣)




