討伐
「そろそろです」
浪人が肩にかけていたミスリルの弓を手にする。
「あの高さじゃ物理攻撃は威力半減ばい。まず魔法で落として、王子、鰹、俺がその後斬り込むけん」
俺の言葉にみんなが頷く。巨木の幹は周囲を手繋ぎで測れば大人が20人以上必要となりそうなほど太い。そのビルの3階ほどの高さについている、黄色かったサナギが今はオレンジ色になっている。まるで果物が熟していくような変化に、羽化が近いとみんな感じていた。
「……見て、微かに動いてる」
バタ子が魔樹木の柄を握り直し、銀色に輝く両鎌槍の穂先を向ける。
「気色悪いのう」
そう言いながらも、鰹も魔鉄とミスリルの両刃からなるバトルアックスを油断なく構えていた。
「サナギにヒビが入ったら、動くよ」
「ええ、隙間に風の刃を叩き込んでやるわっ」
「くるでくるでー」
オレンジが更に濃く、暗い夕暮れのような緋色に変化するのを見つめながら、俺たちもミスリルの剣を構えた。
ピシッ……
緋色の殻に縦線が入り、そこから赤色のモヤのようなものが立ち昇る。あれは……ヤバいっちゃ!
「行くな! 下がれ!!」
一歩先に出ていた王子と蛸が即座に反応し、それぞれがバックステップで散った。立ち昇る赤いモヤに触れた木の葉が、急速に枯れ始めハラハラと散っていく。そのモヤがまるで意思があるかのように俺たちへ向かってきた。
「毒だ!! 王子! バタ子!」
「強風!」
「突風!」
王子とバタ子が同時に風魔法を放つ。モヤが後ろ、上空へと流れ、サナギの殻が大きく割れた。
「来ます!」
サナギから現れたのは、禍々しい赤黒い羽を持った巨大なガ。頭部についた六つの眼の内、四つはガランカの時に潰したままだった。
「あれは『ガラン』……レベル、攻撃パターン共に文字化けです!」
浪人がサンダーアローを2本同時に放つ。雷の矢が強風に乗って頭頂部側に残った二つ眼に届く間際に、ガランがよれた羽をぐにゃりと曲げ頭部を覆った。雷が羽に当たり、赤黒い表面をバチバチと小さく爆ぜながら枝分かれし消滅していく。
「ファイヤーランス特大や!」
蛸が両手を合わせ、炎の槍を撃つ。雷の矢が当たった場所に今度は太い炎がぶつかり、小さな爆発が起こった。
「どや!? やったか!?」
炎が羽に拡がり消えていく。煙から現れたのは、穴も焦げもない羽。
「おりゃあっ!」
幹にへばりつき、ピクリとも動かないガランに向かい、鰹が足元に土の階段を出現させながら駆け上がって行く。そして渾身の力でバトルアックスを振った。
ガキンッ!
到底羽に当たったとは思えない音を響かせ、バトルアックスが弾かれる。階段が崩れ、バランスを失いながらも着地をした鰹が大声で叫んだ。
「硬すぎぜよ!」
ミスリルが効かない? これはヤバい……。
全身がそう毛立つのがわかった。
「羽は鎧です! 大抵の魔物は腹、心臓、喉への攻撃が有効なはずです!」
「せやかて腹側は木にピッタリくっついとる! どうすんねん!」
「俺がやる。鰹!」
「おう!」
俺たちが警戒している間に王子と鰹が木の真裏に回った。
「みんな離れろ!」
向こう側から王子の声が聞こえ、次の瞬間ガランがへばりついていた幹に、横一線の亀裂が入った。
「倒れるばい!」
メリ……メリメリッ! ズシーンッ
ガランの止まったていた部分の幹が、巨木から切り離される。切られた幹の向こうに、鰹の作り出した土壁の上で剣を手にした王子が見えた。
「なんやねん王子、こんなんも斬れるんかい……」
さっきの赤いモヤで枯れ落ちた葉と倒れた木の横で、足場を失ったガランが地面に伏せ、飛ぼうとも動こうともしない。動きが鈍いし飛ばない。……いや、飛べない? そういえばチョウは羽化後しばらく飛べないと聞いたことがある。
「あいつはまだ飛ばん! 今がチャンスばい! 鰹! 魔力は?」
王子と共に戻ってきた鰹に声をかける。
「まだいけるぜよ!」
「あいつの下の土を盛り上げてひっくり返すと!」
「おう!」
鰹が呼吸を整え、地面に両手をついた。
「土魔法4、土波」
地面が揺れ、長く曲線を描いた大波のような土壁が出現する。土の波がガランを傾けさせ、その巨体をひっくり返した。六本の足を上に向け、丸々としたオレンジ色の腹部が露わになる。
「今だ!」
全員がガランの腹に飛び乗り、俺と王子が剣を突き立て、鰹がバトルアックスを叩き込む。それぞれ散った浪人、蛸、バタ子がガランの腹に手を当て魔法を唱えた。
「雷魔法4! サンダースパイダー!」
「火魔法4! ファイヤートレイン!」
「水魔法4! 侵食!」
ギギギッ!
ガランが起き上がろうと体をうねらせる。起き上がられたら不味い! オレンジ色の腹が徐々に濃くなっていくにつれ、その体も硬くなってきていた。このままだとミスリルが通らなくなる!
「くっ! 鮭! このままだと……」
王子が叫ぶと同時に乗っていた腹が大きく傾く。一瞬全員がバランスを崩した。このままいたら下敷きになってしまう。
「ああ! 眼! 眼ですよ!」
浪人が傾いた腹の上を駆け出した。……そうたい!
「眼だ! みんな眼を狙え!」
一斉に浪人の後に続き駆け出す。頭に先にたどり着いた浪人がサンダーアローを放つ。
ギギッ!
ガランの前足が、サンダーアローを放った浪人を横へ跳ね飛ばした。
「きゃあ! 浪人!!」
つんざくようなバタ子の悲鳴が響く。
「みんな! 眼を攻撃!」
俺はとっさに腹から飛び降り、地面に倒れている浪人に駆け寄った。
「おい! しっかりしろ! 壱太!」
ぐったりして意識がない。光魔法4の中ヒールを唱える。ぽわっと浪人が微かに光った。
「……あれ? 鮭さん…」
意識が戻った浪人が、抱き起こしていた俺をぼんやりと見上げる。
ギギギ……
背後からガランの気配が消えた。王子たちが倒してくれたようだ。それと同時に大量の経験値が流れ込んでくるのが分かった。レベルも4つ上がる。俺は何もしてない……攻撃だって剣で少ししただけだ。
「……ゴメンな。眼が弱点、先に気づけんで……。俺も強い攻撃魔法があれば……違う、俺は降りようとしたばい。リーダーの資格なし──」
「いやあ、鮭さんの光魔法凄いですね! 僕も人を癒せる魔法が欲しかったです! もうあの足にやられた瞬間、生命力45/1400まで減って、死ぬって思いました……助けてくれてありがとうございます!」
浪人がムクリと起き上がる。
「浪人! 大丈夫!?」
「なんや、ピンピンしとるやないか」
「こっちも生命力がやばかったぜよ……」
「ガランは生命力を吸うんじゃないかな? 攻撃も受けてないのに生命力が減っていったから」
バタ子、蛸、鰹、王子が駆け寄ってきた。一人ひとりに中ヒールをかける。みんなが満面の笑みで礼を言ってきた。
「ありがとう! あーあ、私も光魔法欲しい……あらやだ? 鮭、自分にもかけなさいよ、回復魔法」
「他の人間優先ばっかしてアホちゃうか。お人好し兄ちゃん気質やな、ほんまに」
「おんしゃあ助けてもらっててアホ言うな。アホちゅうやつがアホなんじゃ」
「早くかけなよ。何かあったらどうする」
みんなに急かされ、ポケットに入れていた中級の生命力回復ポーションを飲んだ。残った魔力では回復魔法を使えなかった。
「……ほんま、アホやわ」
蛸が呆れたように言った時、視界が一瞬暗くなり、すぐに明るくなった。そしてまた暗くなり、すぐさま明るくなる。ダンジョンの、この階層の明るさ自体が点滅していた。
「なん……」
「……ダンジョンが、点滅?」
辺りをキョロキョロ見回す。
『100階層のダンジョン主が討伐されました。報奨としてこのダンジョンに限り、各階層に宝箱が出現します』
頭の中に、レベルアップ時の自分の声とは違う、聞いたことのない声が流れた。思わずみんなの顔を見る。
「僕にも、聞こえました……」
「俺も」
「私もよ」
みんながゴクリとツバを飲むのが分かった。
「俺たちが倒したやつか? ここって、地下100階なん?」
蛸が困惑したように首をひねる。
「ここは、43階ばい」
「じゃあ誰が……」
43階層の明かりの点滅が終わっても、俺たちはぼんやりと天井を見上げていた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m うーん、年内年内……(ブツブツ)
校正さん! 誤字報告してくれてたのにごめんよ……(`;ω;´)




