それぞれの戦いへ
「王子、どや? 強いやつおるんか?」
周囲に意識を集中して、俯いている王子に蛸がせっつく。階段を降りた先は、驚くほど太い幹の木が生えた森だった。
これは気配探知も難しいばい。俺には無理。
「もう! 王子が探知してる最中っしょ! 静かに!」
蛸よりも大きな声でバタ子が注意する。
「お前かてうるさいわ」
「なによ?」
「なんや?」
「大体蛸が『探知紙』を忘れるから、王子や浪人頼りになっちゃったんじゃない」
「それは謝ったやろっ! 俺かてショックや。東京に行く直前にした荷物チェックで入れ忘れるなんて──」
蛸が、俺が持っていくといった『探知紙』を忘れた事に気づいたのは、1日目の探索を終えて、魔物よけのテントを張った時だった。すでに地下10階まで来ていたから、ギルドに戻ってレンタルする時間ももったいないとなって、結局30階層を過ぎてからは、王子と浪人の気配探知と空間把握に頼ってきていた。浪人は王子に次いで気配探知レベルは高いが空間把握が3、二人以外は気配探知4、空間把握2で狭い範囲でしか魔物の強さが分からない。
「あはは、遠足前の小学生みたいですよね」
浪人が無邪気に言うと、蛸が茹で蛸のように赤くなり、バタ子がにんまり笑った。
「二人とも王子の邪魔はいかんぜよ」
鰹が年長者らしく注意しても、二人はギャーギャー言い合って止まらない。
「鮭さん、どうしましょう?」
火に油を注いだ張本人の浪人が、アワアワしながら俺の腕を引っ張った。ここはひとつ、俺たち『ファースト』のリーダーとしてビシッと……。
「お前らいい加減に──」
俺が言いかけた時、王子が驚いたように突然叫んだ。
「下!!」
地面から伸びてきた、槍のような黄色いそれを全員がとっさに躱し、鰹が黒色の大きな斧で叩き切る。地面が盛り上がり、土の中から巨大な黄色の毛虫が現れた。
「あいつは『ガランカ』です! 攻撃パターンは伸縮自在の出血毒を持った毒針毛! 体を丸めたあと矢のように毒針を飛ばします! 気をつけてください! 弱点は六つの眼への物理攻撃または火、雷魔法!」
そう叫びながら浪人が銀色の弓を引き、バチバチと爆ぜるサンダーアローを二本同時に放った。
ギャボッ!
黄色の巨大な毛虫の、縦に三つ、二列に並んだ六つの気持ち悪い黒眼のひとつに雷が突き刺さる。
「ナイス浪人!」
浪人の横を駿足で通り抜け、王子が高々と跳ぶ。俺もほぼ同時に跳び上がった。残っている五つの黒眼のうちふたつにそれぞれミスリルの剣を突き立て、その反動で回転しながらガランカの横に着地する。
ギャ──
突かれた眼に黄色い毛が庇うように集ると、
「喰らえ! ファイヤーランスや!」
蛸が手のひらを向け炎の槍を放った。黒眼に炎が突き刺さる。たまらないとばかりにガランカが体を丸めた。
「毒針がきます!」
「土壁!」
浪人の言葉と同時に鰹が地面に手を当て、高さ2メートル厚さ1メートルはある壁を出現させる。
ギャボッ
その直後、土壁の陰に隠れていた俺たちの耳に、無数の毒針が土に突き刺さる音が聞こえきた。天辺の土壁が削れ、その上を毒針が通り過ぎて行く。
「不味いぜよ」
「任せて。『ミスト』」
バタ子が土壁に手を当てると、そこからじわじわと土の色が変わり、湿っぽくなっていくのが分かった。土壁に突き刺さる毒針の音が鈍く変化する。
「水を含ませたの。ほんとは目くらましの魔法なんだけど、衝撃を和らげるわ」
「おお、やるやないかバタ子」
蛸がニヤッと笑うと、バタ子も、にっと笑い返した。
「蛸もね。まあ私が欲しかった火魔法を使うんだから、あれくらいは当たり前かな」
どうやら魔法のオーブセットの時のジャンケンを、未だに根に持っているらしい。俺も火魔法か雷魔法が欲しかったばい……。
「音が止んだ。なんだ? やけに静かだ」
王子が土壁の陰から覗くと、
「ガランカが消えた……土に潜ったか? 地中と空中は俺の探知レベルじゃ捉えられない。厄介だな」
辺りを探知しながら、王子が呟く。
「王子君! あそこ!」
浪人が屋久杉よりも大きい一本の木を指さす。太い枝に黄色の塊が貼り付いているのが見えた。
「なんじゃありゃ? サナギに見えるぜよ」
鰹が斧を構えながら近づいていく。
「鰹さんの言う通りです。こいつはさっきのガランカです」
鰹の後をついていきながら、浪人がミスリルの弓に矢をつがえ、弦を引いた。
カッ
矢が弾かれ、地面に突き刺さる。
「ファイヤーランス!」
今度は蛸が炎の槍を近距離で放った。ボボッと、火が一瞬表面に広がったがすぐにかき消えた。サナギにダメージは見当たらない。
「なんやねん……ミスリルの矢は通らへんし、炎の槍もあかん」
蛸がマジか……と呟いた。毒針毛が密集し、強固な鎧となっているようだった。
「完全変態。ガランカは変態する魔物のようです。羽化するまで30分くらいみたいですね」
鑑定3持ちとなった浪人が、地面に刺さったミスリルの矢を引き抜き、水魔法で洗い流すと矢筒にしまった。
「サナギ状態で攻撃が通じないなら、羽化した直後を狙ったほうが良さそう。それか放っておいて先に進む?」
バタ子がどうする?とみんなに聞いてくる。
「成虫て、さっきより強くなっちゅうが? 腕が鳴るぜよ」
「そうね、しかもたくさんの経験値が獲得できるチャンスかも」
「僕もそう思います」
「30分ここで待つんか?」
「待ちながらおやつでも食べてればいいよ」
「鮭さん、どうします?」
浪人の言葉に、みんなが一斉に俺を見る。……えー? 逃げる選択肢が出てない……。
「そうやな、リーダーの鮭が決めるのが一番や」
蛸が言うと、みんなが頷いた。
「……ここで倒しておくばい」
俺は顔が引きつっていないことを願いつつ頷いた。
同日同時刻、品川ダンジョン地下100階
(……Pちゃん、あいつめちゃくちゃ強そうだけど、俺、大丈夫だよな……?)
岩場の陰から覗き、さっと身を隠す。マシロも抱きかかえ、隠密全開中だ。最下層の『ダンジョン主』と強さは互角とPちゃんに言われてから、頑張ってまた少しレベルを上げてきた。さあPちゃん、大丈夫だと言ってくれ。
(ピ、今の航平なら互角に戦えるはずですピ)
(……え? まだ互角?)
読んでくれてありがとうm(_ _)m 次回、みんな頑張れー!




