公安と探索者と
「川田さん、それ取ってください」
「渡辺、いつも言ってるが、割合というものがあってだな……」
俺の忠告など聞き飽きたとばかりに、渡辺がガシガシと手を動かす。あっという間に牛丼の上にピンクの紅生姜が溢れた。
「特盛牛丼なのか特盛紅生姜丼なのかわからんじゃないか」
「これがいいんです。牛丼くらい好きに食べさせてくださいよ。ただでさえ仕事でストレスばかりなんですから。で、主任なんて言ってたんすか?」
朝7時、米2肉2紅生姜6の割合を口に流し込みながら、渡辺がムグムグして聞いてきた。品川ギルド近くの店は、スーツ姿のサラリーマンや若者がまばらに座り、朝定食を食べている。店内は流行りの歌が流れ、良い具合に会話をかき消してくれた。
「このまま『付き』は継続。昨日の情報は更に上に持っていくらしい」
「いくら俺たちが『2』だからって連日はキツイですよ」
去年一度だけダンジョンに入り、レベル2になった俺たちは身体能力がやや向上した。それは他のダンジョンに入った連中も同じだった。そのせいかは不明だが、俺の腰痛もすっかり治っている。
「まだ昨日の今日じゃないか」
「それですよ。去年から今までずっと静観だったじゃないですか。なんで急に『聴き』なんて」
「知らん。上からはただ『品川』につけとしか言われてないからな。『品川』と娘が住んでいるマンションは防音、その息子が住んでいる離れは壁が薄く『聴き』やすい。あわよくば母親の情報でも話してくれればと思っていたが、まさか総裁が対象外の息子と電話とは……」
最後はつい独り言のように呟く。後ろのテーブルにいたサラリーマンが席を立ち、店を出て行くのを横目に牛丼をかき込んだ。入れ替わるように若者の集団が自動ドアから入ってくる。
「らっしゃいませー」
「奥のボックス良いですか? 6人なんですけど」
さっと店内を見渡し、俺たちの後ろのテーブルを指さした。どこかで聞き覚えがあるような……。
「川田さん……あの青年」
渡辺がこそっと目配せし、俯いた。
「ああ」
店員が俺たちの後ろのテーブルを急いで拭くと、テーブルを寄せ6人掛けにしてから、どうぞーと手で示す。
「ありがとうございます! 特盛牛丼定食六つください!」
「朝から牛丼もよかばい」
「そうね。腹持ちもいいし」
「食い溜めはムリぜよ」
「誰もそんなスキル持っておらへん」
「喰い溜めスキル。いいなそれ」
確かイチタとかいう高校生探索者だ。一緒にいるのは友人だろうか。年齢がバラバラだ。
「じゃあ『疾風六人衆』で良いぜよ」
着席早々、日に焼けた一番年上だろう男が頷くと、ロッカー風に髪をツンツンに立てた男が首を振った。
「なんやねん、じゃあって。鰹のネーミングセンスはあかん『ミラクルオクトパス』で決まりや」
「『奇跡のタコ』って……しかも私たち6人なんだから、8本足のタコとなにひとつ絡まないじゃない。却下」
娘くらいの、ポニーテールが似合う綺麗な女の子がふっと笑う。
「『まんじゅう』がいいな」
「好きな食べもん聞いてるわけじゃなか」
色男が爽やか微笑むと、すぐに気の良さそうな男が言葉を発した。どうやら各県から集まっているようだ。
「やっぱり『神秘ーズ』が良いと思います!」
「却下」
全員の声が揃ったところで特盛牛丼定食がテーブルに並び、皆無言で食べだした。
「……川田さん、どうします?」
渡辺が声をひそめ聞いてくる。
「なにか聞けるかもしれない……とりあえずゆっくり食いながら──」
「あれ? 公安さん! おはようございます!」
突然俺たちのテーブルの横に現れたイチタが、無邪気に挨拶をしてきた。渡辺が飲んでいた味噌汁を吹き出す。
いつ後ろの席を立った? いつ、俺たちの横に来た……?
「ちょ、ちょっとイチタ君、でっかい声出さないでくれよ」
渡辺がテーブルにかかった味噌汁をナプキンで拭き取る。
「あは、すみません。これからお仕事ですか?」
「あ、ああ」
俺が頷くと、目をキラキラさせ、
「ご苦労さまです! 僕、ギルマスの凪子さんから聞いてます。公安さんは日本を守るために日夜働いてくれてるって。だからギルドも見守ってくれているんですよね? 僕たちも同じです!」
と、渡辺の手を握り、ブンブン激しい握手をしてきた。
「腕が抜けるうー!」
「あ、すみません! つい嬉しくて」
涙目の渡辺に謝ると、今度はそっと俺の手を握り握手をする。
「どうぞこれからも、ギルドや職員さん、探索者の皆を見守ってください」
去年に比べ、随分と大人っぽくなったような気がするな……。
「……確か去年予備校に行ってると言ってたが、どうだったんだ?」
握手の手がピタリと止まる。
「公安さん、それは言うたらあきまへん」
後ろのテーブルからツンツン頭が大きく手をクロスさせた。
「……駄目でした。今年も僕、浪人です」
「いいじゃん。もう『危険物取扱者丁種D級』の有資格なんだからさ」
爽やか男がもぐもぐと特盛を頬張りながら言う。
「浪人、どこに行きたかったんだっけ?」
「……薬科大学です」
「おんしゃあ探索者で食ってくのがええ思う」
「……いえ、もう予備校代自分で支払ってるんです。では公安さん、お食事中失礼しました」
ペコリとイチタが頭を下げ、テーブルを離れる。浪人の話ではなく、田所凪子の話を聞きたいところだ。
「おい」
思わず背中に声をかけた。イチタが振り返る。
「なんだ、その……頑張れ。受験も、探索も。ただし無茶はするなよ? いっときの感情で引き際を見誤るな。皆もだ。命あっての物種だからな」
目の前の渡辺が驚いたように俺を見た。イチタも後ろのテーブルに座った5人も、神妙な顔で頷く。
「出るぞ、渡辺」
「あ、はい」
店から出ると渡辺がニヤニヤしながら隣に並んできた。
「川田さん、どうしちゃったんですか?」
「なにが? 年長者が無責任な言葉を言っただけだろ」
「てっきりあの子たちに盗聴器でも仕掛けるのかと思いましたよ」
「……いや無理だろう。渡辺、あの子の動き見えたか?」
「いえ、まったく」
渡辺が両肩をすくめる。
「俺もだ。……俺たちは田所凪子に、レベル2にしてもらったんだ。あの気持ち悪い魔物と戦うこともなく。でもあの子たちは戦って力を手に入れている」
「……日本を守るためにとか言ってましたね。どういう事でしょうか」
「わからん。新エネルギーの確保だけじゃないのかもしれん。そもそもダンジョンというものはどうしてできた? 魔物はなぜ生まれた? 魔物がダンジョンから出てこないとなぜ上は知っている?……9ヶ月以上経って、警察も自衛隊もなぜ動かない? いや実は動いているのか? 俺たちが知らないだけで」
「……川田さん。知りたいですか?」
渡辺が不意に立ち止まる。スーツ姿の通行人が邪魔そうに舌打ちをし、通り過ぎていった。
「お前なにして──」
渡辺が左手にしていた腕時計を外す。
「川田さん俺、レベル2じゃないんです」
腕時計で隠れていた左手首内側を、俺に向ける。
「レベル13です」
そこには見覚えのある、五芒星のマークが刻まれていた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m ラストまであと1/3くらいかな……。目指せ年内完結! どうぞお付き合いください∠(`・ω・´)




