ミスターPと田所航平
[そうか、バリーエイデン伍長が負傷し退役、日本に来るか]
バリーがヘリコプターに収容されたのを陰で見届け、自室に戻ってきてから、報告のため千駄木オヤジに電話をかけた。スピーカー設定にし、ベッドの上に置く。
[スピーカーか? どの部屋からかけている?]
[どのって、自分の部屋だよ。バリーの件はPちゃんがそうしたほうがいいってさ。武器作りを学んで自国で店でもやるのかもね。でもわざわざ日本に来なくても、アメリカとかなら独自に武器を開発してそうだけど]
マシロとPちゃんに空間庫からオレンジジュース、カフェカレー(福岡版ハンバーグカレー)を皿に取り出し、ガラステーブルの上に置いた。少し遅めの昼飯だ。ふんわり立ち昇る湯気の向こうで、ふたりが両手を合わせ、いただきますをしている。うん、いい子たちだ。
[そうか、ミスターPが勧めたか……。航平くんの武器は、魔物からのドロップ品だったか?]
[そうだけど……ミスターPって──]
[今探索者が使っている武器を知っているか?]
吹き出しそうになった俺を無視して、千駄木オヤジが話を続ける。
[剣鉈だろ? 鋼に魔鉄を組み合わせた]
[それは数ヶ月前までだ。今は鋼を使っていない純魔鉄製の剣、日本刀、弓、斧、ナイフ。ミスリルと魔鉄を組み合わせた剣、日本刀、槍、薙刀、弓。本数は少ないが純ミスリル製の剣、日本刀、弓を武器装備部が作っている]
[へえ、みんな頑張ってるなあ。最近報告会に参加してなかったから知らなかったよ。でもそんなに採掘されてるっけ?]
[いや、だから輸出しているのは鋼と魔鉄のモノだけだ。日本の探索者も増えて、トップランカーたちは40階層に挑んでいる。武器レベルを全体的に底上げしなくてはならんからな。しかも魔鉄はすでにアメリカでも発見された。極秘事項だから言うなよ?]
[おお。どこで?]
[トレジャーアイランドの断崖の地層にあったらしい。幸運にもそこに階段があってな。人工的なものだったらしいが、その階段がなければ発見できなかったとタヌキが言っていた]
イーサンとアレンが取り残された、あのダンジョンか。そういえば階段作って脱出したっけ。しかしタヌキって誰だ?
[アメリカは鋼と魔鉄で剣を作ろうとして失敗しているらしい。材料あっても打ち方が分からないのでは宝の持ち腐れだな」
鋼と魔鉄を抱き合わせるには『魔鉄喰いの糞』が必要だ。そんなのわからないよな。他のやり方もあるんだろうか?
[だがバリーが自国に技術を持ち帰るとなると、話は変わってくる。いずれ他国でも魔鉄が発見されれば、アメリカが先導者となるだろう。あの国はそういうことが上手いからな。日本がイニシアチブを取るためには、それよりも早くダンジョンを世界に公表して、日本がダンジョン解明及び攻略において進んでいることをアピールして、電気事業の利害抜きでの抜本的な改革も進めていかねばなるまい。魔石での電力供給は世界でも研究され、実施されつつあるからな。日本が世界に利用法を教えたと宣伝する機会を逃す]
「でも魔石利用特許はギルドが──」
[探索者の武器にしても、日本はレベルに応じて純魔鉄、純ミスリルの武器が主流になりつつあるが、まだ世界では日本から輸出した鋼と魔鉄の武器を使っている。ダイヤモンドやタングステン、まあ劣化ウランは止めとけと言っておいた。超硬合金の武器も作っているらしいが──]
また話の途中で千駄木オヤジに遮られたが、今度はそのオヤジがPちゃんによって話を遮られた。
「ムグムグ……。高レベルの魔物、つまり魔力が多い魔物には、武器にも魔力が宿っていないと、どんなに強固であっても切ることはできませんムグ……」
最後のハンバーグを口に頬張ったせいで、くぐもった声になる。
「聞こえた?」
[……ああ、ミスターPの情報はいつも重要だ。ただ下手に触るとエネルギー砲で攻撃されるんだろ?]
[はは、エネルギーがどんどん蓄積されてるから、触ったら富士山が欠けるかも]
これだけ飯を喰ってエネルギーも溜まっているらしいが、循環させるから暴発はないとPちゃんが言っていた。今なら1ヶ月はエネルギーを補充しなくても大丈夫らしい。じゃあなんで食べるのかと聞くと、美味しいからの一言が返ってきた。
[ふむ、触らぬ神に祟りなしだな]
[まあそうだね。あ、神がエネルギーをご所望だ。切るね]
[ああ、ではまた]
千駄木オヤジとの電話を切ると、Pちゃんとマシロの空になった皿に、今度は高知版のカツカレーを取り出した。
「……川田さん、あの部屋に田所航平以外誰か……神がいるんでしょうか」
運転席でイヤフォンを外し、渡辺が青ざめた顔で助手席の俺に聞いてきた。
「馬鹿、神なんているわけないだろう。千駄木一が『ミスターP』と呼んでいた。あの丁寧な口調、くぐもった声から察するに、ダンジョンに関してなんかしらの情報を持つ30代から60代男性、体型は小太り」
「凄いですね、盗聴でそこまで読むとは……踏み込みますか?」
「聞いてなかったのか? 下手に触れば、エネルギー砲を撃たれる……富士が破壊されるほどの威力だ。そんなのを撃たれてみろ……俺たちの責任問題になるぞ」
俺の言葉にボタンをひとつ開けたワイシャツから見える、渡辺の喉元が上下に動く。
「とにかく『ミスターP』が出てくるのを待とう。俺は今録音したものを上司に聞かせてくる。アメリカが魔鉄とやらを手に入れたらしいしな……壁につけた盗聴器は回収しとけ。バレたら不味い。ただし夜、寝静まってからだ」
「……はい」
俺は緊張した面持ちの渡辺を残し、車外に出た。
6時間後、俺が車に戻ると、渡辺が眠りこけていた。頭をはたき起こす。
「んあっ……ああ川田さん、すみません」
「どうだ、中の動きは?」
「それが……あれから部屋の中からペットの鳴き声が聞こえたくらいで、誰も出てきませんでした」
「そうか。このまま張り込むぞ」
結局夜中まで張ったが、誰も出てこなかった。気づかれたのだろうか。十分ありえる。なぜなら田所航平は、人の心を読む、あの田所凪子の息子なのだから。
読んでくれてありがとうm(_ _)m




