バリー
「Pちゃん、マシロ、今日は品川ダンジョンの最下層まで行こうと思うんだけど」
24才と1日目を迎えた俺は高校とギルド、それぞれ出かけていった美波と母さんを見送ったあとで、ふたりに相談してみた。
「ピ、それは良いですピ」
「キュッ」
品川ダンジョンが地下100階まであると俺が分かったのは、80階に到達してからだ。空間把握にあるはずのない地下に続く階段が見えた時、Pちゃんがなにを今更と体を傾けた。
「品川ダンジョンは80階以上と言いましたピ。詳しく言えば地下100階までありますピ」
……いつもの後出しだった。
「最下層のダンジョン『主』と、今の航平なら互角に渡り合えるかもしれませんピ」
Pちゃんが両羽を高々と上げる。
「互角か……やっぱりもうちょっとレベルを上げてから……」
「キュッ」
マシロがガラステーブルに置いていた、着信で震えたスマートフォンをハシッと掴む。
「相変わらずの早業だな、マシロ」
よしよしと頭をなでてから、電話を受け取った。
「もしもし? ええ、昨日はどうも。オヤジさんがかけてくるなんて珍しい……え?」
スマートフォンに耳を当てながら、首筋の星印を触る。
「……はい……はい。いや、行くよ」
千駄木オヤジからの電話を切ってすぐに、黒いウエストバッグを装着した。
「品川ダンジョンに転移しますピ?」
「キュイ?」
Pちゃんとマシロが尋ねながらバックの中に潜り込む。
「いや、100階はまた今度だ。イーサンたちが予定日を過ぎてもベガスダンジョンから上がってこないらしい」
目つきの鋭い赤毛のイーサン、金髪で優しい目をしたアレン、茶色い短髪のムキムキバリー、ふわふわ頭のソバカス、うどん好きのトムの顔が浮かんだ。
「魔物にやられましたピ?」
玄関先で白いスニーカーを突っかけるように履く。
「タグスクリーンには俺の名前しかなかった。『dead』表示がされてないなら、まだ生きてる。なにか事故か……マシロ! ベガスダンジョンに飛んでくれっ」
「キュイッ! キュキュキューキッキュッ」
すぐにマシロが反応し、バッグの丸窓が一瞬光る。いっこうに慣れない浮遊感に襲われ、俺たちはラスベガスへ転移した。
浮遊感が消え去り、スニーカーの裏に柔らかい地面の感覚が伝わってくる。目を開けると、前には青々と茂る草の平原が広がり、遠くに見覚えのある象くらいデカい茶色い牛が、草を喰んでいた。
「ミルカウの群れか。5階の牧草地だな……マシロ、ありがとう」
「キュイッ」
開いた丸窓に指を入れ、首下をなでてからマシロにチョコクッキーを渡す。もちろんPちゃんにもだ。
「イーサンたちを見つけたらゆっくり食べさせてやるから、ちょっとだけ我慢してな」
マシロのレベルも随分上がり、数回の転移ではさほどエネルギーを必要としなくっていた。でもやっぱり腹は減るらしい。
「キュイ!」
「ピ! 早く行くですピ」
Pちゃんは……通常営業だ。
「瞬間移動で探していくから、窓は開けるなよ?」
ふたりに注意しながら空間把握と気配探知、捜索を放つ。
「……あれから6ヶ月。イーサンたちもレベルが上がって下層にアタックしているはずだ。とばしてくよ」
金色の反応がないことを確認して、森の奥の階段に瞬間移動し階段を降りていく。
「6階……いない。次だ」
7階、8階、9階、10階……イーサンたちの気配はない。
(ピ、航平、このダンジョンの最下層は50階ですピ)
(50階か……とにかく見逃さないよう行こう)
空間把握、気配探知、捜索をし、瞬間移動を繰り返す。時々瞬間移動後に魔物に出くわしたが、雷光の一撃でまだ倒せるレベルだった。
「次が20階……」
(航平、生命力は大丈夫ですピ?)
(ん? ああ、瞬間移動8になって、今は1秒で5ポイントくらいだよ)
(……強くなりましたピ)
(まあ鼻血は出さなくなったな……ん?)
地下21階に続く階段の近くに、金色の気配……。
「いたっ」
4つの塊がじっと動かずそこにあった。ただ鬱蒼と生い茂った木々に邪魔され、瞬間移動の距離が短く刻まれてしまう。
「氷板」
水魔法1の水弾を水操作で平らに凍らせ、空中に留めた。
「よっと」
高さのある氷板を飛び石のように踏みしめ、金色の気配へ近づいていく。一段跳ぶごとに足元の氷板が砕け、下に落ちていった。
「見えたっ」
イーサンとアレン、トムが、大木に寄りかかったバリーを背に、囲むように座り込んでいる。
「おーい!! イーサン! アレン! バリー! トム!」
「……what's?」
「How……」
氷板から降り、4人の前に降り立った。
「……Kōhei!?」
イーサンがガバッと立ち上がる。
「イエス! マイネームイズコウヘイ」
(ピ……航平、通訳しますピ)
(へ? 合ってると思ったけど)
『どうしてここに?』
『コウヘイだ!』
アレンに続いてトムが立ち上がり抱きついてきた。俺もぎこちなく抱き返す。
『皆がベガスダンジョンから戻らないと連絡を受けてきました。無事で良かったです』
「……バリー?……その足」
バリーの右足は膝上から、焼け焦げたようになくなっていた。
『ああ、やっちまった。ここまでイーサンたちが交代で運んでくれたんだ』
顔を上げたバリーがにっと笑う。
『バリーは俺をかばって……コウヘイ! 回復する魔法は使えないか!?』
イーサンが苦しそうな表情で俺の両肩を掴んできた。
『欠損回復は光魔法10です。まだ俺には使えません。欠損回復ポーションはこのように焼き切れた部位の回復はできません』
『そんな……』
『いいんだ、イーサン。これも神のご意思さ。ほんとなら出血死してもおかしくなかったんだ。コウヘイが置いていってくれた造血剤と生命力回復ポーションで生き長らえた。ありがたい話さ』
(……Pちゃん、伝えて)
『……俺は足を治すことができる薬を持っています』
空間庫からゴールドスライムの原液が入った小瓶を取り出す。5mlで欠損は回復する。手元にはあと50mlあった。
『おお……頼むコウヘイ! いくらでも払う! どうかバリーに』
イーサンに掴まれた両肩に力がこもった。
(航平、ゴールドスライムの原液は貴重ですピ)
(まあバリーには娘さんがいるし、まだ探索者としてやっていって欲しいしさ)
『いや、いらない。それにそんな貴重な薬をホイホイ使うもんじゃねえ。俺みたいな奴に』
『おい! バリーなに言ってるんだ!?』
『そうだよバリー! コウヘイがくれると言ってるんだから貰えばいいじゃないか』
イーサンとトムが慌ててしゃがみ込む。
『……バリー、なぜだ?』
アレンがバリーの真意を確かめるように聞いた。
『俺は……怖くなっちまった。娘はまだ8歳だ。残してなんて死ねねえ。負傷兵として退役して、普通に暮らすさ』
バリーそう言って肩をすくめる。
『だからイーサンも気にするな。それどころか俺の願いを叶えてくれたようなもんさ』
『バリー……』
『すまねえな、みんな』
黙り込んだ3人に、バリーがにっと笑いかけた。
『分かりました。とにかくダンジョンを出ましょう』
(ピ、マシロ、みんなをあのプリンを食べたダイニングに転移させてくださいピ)
『これから移動の魔法を唱えます。秘密の魔法なので、誰にも言わないでください』
一瞬驚きの表情を浮かべた4人がコクリと頷く。バッグの中でマシロが小さく鳴き、丸窓に灯った一瞬の光と共に、俺たちはベガスダンジョンを脱出した。
『コウヘイ、今上層部に連絡した。すぐにヘリが来てバリーは軍病院へ運ばれることになる。コウヘイは見つからないうちに出たほうがいい。助けてもらっておいて……すまない』
アレンが電話を切ると、申し訳なさそうに謝ってきた。
『いえ、通行書も持っていませんし、それが正解です』
イーサンとトム、アレンがそれぞれ別のソファーに座る。
(……なんか気まずいな)
(航平、バリーに聞きたいことがありますピ)
(ん?)
『バリー、日本に来ませんか?』
『はん?』
ソファーに横たわっていたバリーが体を起こした。
『バリーの職業は拳闘師です。剣とは違い、魔物に対して残念ながら殺傷能力は高くないです。きっとバリー自身がそれを強く感じていたのではないですか?』
『……ああ』
バリーが頷くのを見て、イーサンたちがガタッと立ち上がった。
『なに言ってるんだバリー! お前は強い! 連撃に何度助けられたと思ってるんだ?』
『この先、自分は足手まといになると?』
『ああ……そうだ。それもあるし、娘を残して死ねないというのも本心だ』
『俺が知っている世界でも、連撃スキルを持った者がいました。ただ連撃は攻撃だけに特化したものではありません。鍛冶職人の重要スキルとして、重宝されてもいました。バリー、この国には俺の国にいるような、特殊素材の武器を作る鍛冶職人がいません。その職人に、バリーがなれば良いです』
『俺が……武器を作る?』
バリーが困惑したように俺を見つめる。
『はい。片足でも問題ありません』
『……武器を作ったら……俺の武器と一緒に魔物と戦ってくれるか? イーサン』
バリーが不安そうに、立ち上がっているイーサンを仰ぎ見た。
『……当たり前だ。よっぽどなまくらじゃなきゃな』
『俺はもっと長くて、もう少し細身の剣が欲しいんだ。ナギコが使っていたような』
アレンがバリーに詰め寄る。
『はいはい! 俺は矢じりがもっと幅があるのが欲しい!』
トムが勢いよく手を上げた。
『……コウヘイ、よろしく頼む』
バリーがなぜか深々と頭を下げた。ん? 日本においでっといったのはわかったけど……。
(ピ、航平、バリーがゆんのところで修行して、鍛冶職人になりたいそうですピ)
(……え?)
なんで?
読んでくれてありがとうm(_ _)m 片足バリー、職業:拳闘師(高)→鍛冶師見習いへ




