新年
「母さん、おはよう。明けましておめでとう」
「ピ、凪子、明けましておめでとうございますピ」
「キュイ!」
朝、自室から隣のマンションに移動して、キッチンにいた母さんに声をかける。
「ふふ。ピッチャン、マシロちゃん、航平、明けましておめでとう」
「あれ? 美波はまだ寝てんの?」
時間は10時をとっくに回っている。
「ちょっと出かけているわ。もうそろそろ戻ってくるはずよ」
母さんがうふふっと笑う。ちょうどその時、
「ただいま戻りました」
玄関から美波の声が聞こえた。……ただいま、戻りました?
玄関に行ってみると、ドアを閉めた美波と目が合う。
「あら航平お兄様、明けましておめでとうございます」
淡いピンク地に金銀赤と可愛らしい花が咲き乱れ、金色の帯を締めた美波が両手を重ねてお淑やかに、まとめ髪の頭を下げた。
「……航平お兄様って……どうした? ダンジョンで拾い食いでもしたか?」
「お母さーん! こう兄が酷いこと言うんだよぉ」
少し上気した頬をぷっと膨らませ、キッチンから出てきた母さんに訴える。
「あらぁ、よく似合ってるわよ、美波。今まで着物なんて着せてあげられなかったから、美容院に予約を入れていたのよ。お母さんが見たくて」
「美波、王女のようですピ!」
「キュキュイ!」
「ほんとに? ありがとう!」
Pちゃんたちの言葉に満面の笑みを浮かべ、その場でちょこちょこと回ってみせる。
「どう? こう兄?」
「なるほど、七五三か。あの時は私服だったもんな」
「……だからこう兄は彼女ができないんだよ」
「そうね」
美波がはあっとため息をつき、母さんが頷いて同意する。なぜだ……?
考え込む俺を見て、美波が笑いながら玄関を上がってきた。
「お母さん、こう兄、後で初詣に行こうね。もちろんピヨちゃんもマシロちゃんも」
「もちろんよ」
「ああ、いいよ」
「ピ、初詣とは、年が明け初めて神社や寺院を参拝し、昨年の感謝と今年の平安を祈願する行事を言いますピ。私は大いなる方に創られしもの。この世界の大いなる方に参拝するということは、すなわち──」
「Pちゃん、食べ物の屋台がでてるよ」
「ピィ!? 今すぐ初詣に行きますピ!」
「ピッチャン、お雑煮も美味しいから、それを食べてからね」
「キュイ?」
こうして田所家はいつもよりも賑やかに、新たな年を迎えた。
2、3日と俺の部屋のダンジョンにみんなで潜り、幻鯨のゲンちゃんにダンボールごと買ったイチゴやみかんをお供えし、またミスリルをもらったり、賢者の家の果樹園を案内したりしながら過ごした。そして1月4日月曜日、正月休みだった各ギルドが再開し、母さんとアルバイトの美波は朝早くから出かけて行った。
「もう美波は働かなくても、魔石を売ったお金が十分あるはずですピ」
ガラステーブルの上で食後のオレンジジュースを飲みながら、Pちゃんが不思議そうに体を傾けた。
「カフェのバイトが好きなんだってさ。空き時間は高橋さんに料理も教わってるらしい」
「それは良いですピ! 美波の料理は良く言えば個性的、悪く言っても個性的ですピ」
「……それ、美波に絶対言うなよ? さて、俺はもうひと眠りだ。こういう時無職で良かったと──」
ピンポーン コンコンッ
大きく伸びをしたところで、呼び鈴とドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
ガチャリとドアを開けると、そこに桜色のニットに白いコートを羽織った先輩が立っていた。
「明けましておめでとう。航平君」
白い息が、少し赤くなった鼻先で消えていく。
「おめでとうございます……どうしたんですか、先輩」
「いや、なに……は、はつ、初詣はもう行ったかい?」
「え? ああ行きましたよ、元日に。美波たちと」
「なんだそうか……まあそうだな。クク……」
先輩が鼻を鳴らすことなく笑った。
「いや、なんでもないんだ。朝からすまなかったね」
先輩がくるりと向きを変え、ドアから離れた。澤井さんの車は見当たらない。
(航平! 薫は初詣に行きたいんですピ!)
肩に乗ってきたPちゃんが、わざわざPチャンネルを通して話しかけてきた。
「え? そうなの?」
(早く引き止めてくださいピ!)
「あ、ああ……おーい先輩! 初詣に行きますか?」
ピタリと歩みを止めた先輩が振り返る。
「行きます!」
……うん、髪を下ろしてるとやっぱり可愛い感じになるな。
「ほら先輩、寒いからとりあえず中入って」
俺がドアを押さえながら手招きすると、
「うん」
先輩が嬉しそうに笑って戻ってくる。
「今度は薫と一緒に味噌田楽を食べますピ」
Pちゃんが両羽を頬に当て、肩の上で体を傾けた。
……それが呼び止めた理由だね?
同日16時、ロシア北西部、バレンツ海
『駄目だ! 退避! 退避!』
『避難艇を出せ!』
『なぜこの時期にハリケーンが……』
『タンカーが沈むぞ! 早く!』
突如として現れたハリケーンの猛烈な風と、10メートルに達しようかという大波がタンカーを襲う。船員たちは小型艇に乗り込むと、タンカーから離脱した。
『くそっ! 気象衛星でもこの海域にハリケーンなんてなかったぞ!』
『とにかく生きて戻ろう』
『……生きて戻ったところで、今回の損失で俺たちはクビさ』
沈んでいく大型タンカーを見つめたまま、船員のひとりが呟いた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 少しずつ世界が変わっていく……




