年末ギルド報告会
「みんな揃ったな。では今年最後のギルド報告会を行うとしよう」
千駄木オヤジが会議室に集まった各ギルドマスター、開発部、武器装備部、医療部、そしてコーヒーやジュースを配り終わった澤井さん、美波に座るよう促した。テーブル上には、美波が面白がって置いた小さな座布団の上に、Pちゃんとマシロがいる。
「まず各ギルドの報告からお願いします」
徹さんが右奥に座っている二葉さんに頷いた。
「はい。福岡ギルドの現在登録者数は335名、そのうち300名が『危険物取扱者丁種』の有資格者です。等級はG級170名、F級101名、E級29名。残り35人も資格取得条件のレベル3までガイドを受け、研修中です。いずれG級に加わりますので、丁種G級は205名となります。この4ヶ月で死亡者0、重傷者6名、軽傷者65名。重軽傷者共に、生命力、魔力回復ポーションを使い切っても、ダンジョンから上がってこなかったことが最大の要因です」
そこで二葉さんがにっこり笑い、
「重傷者は事後報告です。いずれもみんな探索者として問題なく復帰しています。田所さんのお陰です。ありがとう」
と、千駄木オヤジの隣に座らされている俺に頭を下げた。
「いやあれは別に……」
光魔法7欠損回復は、魔力を高級魔力回復ポーションと同じ500ポイント消費する。欠損回復魔法でポーションを作ると、オレンジ色のポーションができた。ポーションは販売ではなく、各ギルドがダンジョンに潜る探索者に1本渡し、使用したら支払う仕組みにしている。品川ダンジョンでの件以降、ギルドが探知紙と共にとった対応策のひとつだ。
使用したら1本5万円。高級魔力回復ポーションと同じ値段だ。千駄木オヤジがもっと高くていいと言ったが、もしもっと高くして、使わないで死なれても困ると答えると、ギルドがプラス5万払ってくれて俺には10万円も入ってくることになった。
ちなみに俺の魔力回復は10秒で1ポイントだったのが、今は10秒で100ポイント回復する。Pちゃん曰く、ダンジョンからの魔力取り込みがこなれてきたらしい。
でもえぐれた肉、内臓外傷、離れた手足をつけるくらいはできるが、魔物に食われたりして失った腕や足は戻らない。指くらいは生えるけど。今のところ手足を食われた探索者はいないのが救いだ。Pちゃんによれば魔法としては上位だけど、手足の欠損は万能薬かゴールドスライムの原液が必要とのことだった。
万能薬の原料のひとつとして、白薔薇魔樹木の花びらがいる。これはマシロの寝床だから、ひとみさんには渡していない。ゴールドスライムの原液は秘密にしてるし。だから10万も懐に入る上にお礼を言われると、少し居心地が悪くなる。
「謙遜するな、航平くん。欠損回復ポーションのお陰で、探索者が救われているのは事実だ」
千駄木オヤジの言葉に、
「そうだよ。高知でもそのポーションで助かった仲間が7人いるもん」
と、美津さんが頷く。
「北海道では10名います。人間の体には私の修復は効きません。改めてお礼を、田所さん」
美津さんに続いて、巫女姿の紅音さんが頭を下げた。
「大阪は13人よ。私は魔力回復ポーションだって低級しか作れない。でもいつか必ず高級や、欠損回復ポーションも作ってみせるわ。航平クンばかりに頼っていられないものね」
ひとみさんがふっと笑う。花びらを使う以外の万能薬の作り方があるか、今度Pちゃんに聞いてみよう……。
「八王子は19名です。田所さん、本当にありがとうございます」
「ありがとう、ですよ」
遠野さんが頭を下げると、エミーナが小さな手を振ってにぱっと笑う。オゥ……エンジェルスマイル。
「品川は24名よ。登録者数1221名で死者はひとりもいないし、怪我で辞めた人もいない。航、本当にありがとう」
母さんまで深々と頭を下げてきた。
「いや、ほんとにお礼なんて……」
「ピ、欠損回復ポーション作りのお陰で、航平の光魔法のレベルもまた上がって、基礎魔力量も増えましたピ。しかも収入も増えウハウハですピ」
Pちゃんが座布団の上で片羽を上げる。ウハウハって……そういえばそんなことをつい最近、俺がPちゃんに言ったな……。
「……そういうことなんで、次の報告に移ってください」
それぞれのギルドの報告が終わり、徹さんがひとつ息をついた。
「統計では現在の日本人登録者数3638名、その内訳はレベル1〜9のGランクが1924名、10〜19のFランク1432名、20〜29Eランク282名。世界の探索者登録数13705名、上位ランカーは日本人が占めていますが、登録者数はやや緩やかになってきました。国家資格となっても、『危険物取扱者甲乙丙種』以外に新たに作られた『丁種(未確認危険生物)』は馴染みがないですしね」
徹さんが千駄木オヤジを見ると、
「Pちゃん、どうかな?」
千駄木オヤジがPちゃんに意見を求めた。
「日本のダンジョン数からみて、このくらいの登録者数が一番管理しやすいとも言えますピ。探索者が揃ったら、あとは長く続くよう、サポートが大切になりますピ」
「そうだな。俺もそう思う。固有の国家資格を得たことによって、掛け持ちを辞め探索者一本に絞ってくる人間も増えるだろう。フルコミッション、完全出来高制だが、探索者には一攫千金の夢と、ダンジョン拡大を防ぐという大義名分もある。だが体が資本だ。もし怪我によってリタイヤを余儀なくされた者へのサポートも万全にする。ギルドの本質だからな」
ギルドマスターたちが笑顔で大きく頷いた。
「では武器装備部、報告を」
「はい、まずおじいちゃんは家でお酒飲みたいってことで欠席です。えっと、今魔鉄を使った剣鉈が主流だけど、丁種の資格をみんな得たから、もっと長い剣も作れるようになったよ。あと槍先や矢じりをミスリルにした物も作ってる。ダンジョン攻略が進むんじゃないかな? あとオーダーメイドも……はい、つぐみん」
ゆんが隣に座るつぐみさんにバトンを渡す。
「……各ギルドの武器屋が採寸を取り、パーツをその場で付け替えたりできるようにしてみた。ビッグスラグの接着剤とリムーバーを使用すれば1時間くらいでできるだろう……はい」
つぐみさんが隣の櫻井先生を見て、どうぞというように頷いた。
「もういいのかい? そうだな、医療統括として今開発部に頼んでいるものがあるんだ」
櫻井先生が眼鏡をクイッと上げる。
「ああ、探知紙に今は掛かりきりだから、なかなか着手できずに申し訳ない」
徹さんが苦笑いをして謝る。
「しょうがねーよ。もうちょい待ってて。ドクター」
冬馬が両手を頭の後ろで組んだ。
「何を頼んでいるのかな、先生? 兄さんたちに」
先輩が興味津々というように口を開いた。俺も気になるな。
「うん、魔力回復の敷物をね」
「え? 魔力回復はポーションか魔法しかできないのでは? その魔法も田所さん一家しかまだ使えないはず」
「つかえないはずですよ」
遠野さんとそれを真似るエミーナが繰り返す。
「うん、でもダンジョン内で少しでも自力回復出来たらいいと思って、冬馬くんに聞いてみたんだよ。そうしたらそんな魔法陣があるっていうもんだから、お願いしたんだよ」
「あるの!? 冬馬くん?」
「あ、ああ『魔力吸収』の魔法陣がある。その上に座れば空気中の魔力を体に取り込むことができるけど、10分に1ポイントだから。テントで寝る時に敷いて5時間寝たとしても30ポイントの回復しかないけどな。ダンジョン外ではもちろん取り込めない」
「スキルの魔力回復1と同じだね……すごい」
美波が驚いていると、冬馬が少し顔を赤らめながら、
「スキルなら移動可能だろ? これは描かれた魔法陣から動けないからな。まだまだ駄目だ」
と、顔をそらせた。
「エミのうさぎさんはうごけますよ。いつもいっしょですよ」
エミーナが自分のニットについているうさぎのアップリケを見せながら、にぱっと笑う。
「……事典には複雑な模様だから、図形同士がぶつかって潰れてしまうと書いてあるんだ。……でも小型化……できるか?」
エミーナのアップリケを見つめながら冬馬が呟くと、
「機器なら図形を読み込んで縮小、転記もできるね」
徹さんが頷く。
「転記できるのなら、装備品に転記してくれ。魔力回復装備ができる」
つぐみさんがつぶらな瞳を輝かせた。
「つぐみ君! その装備、ボクも欲しいな! もう魔力酔いは御免なんだよ。クククッフゴッ!」
先輩に微笑まれ、今度はつぐみさんが顔を赤らめながら、こくこくと頷いた。
「ふん、今年最後の報告会、良いものになった」
千駄木オヤジが満足そうに笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 言い訳はしない。ちょっと忙しいだけなんだ。あ、言い訳か……




