Pブートキャンプの真意
俺の前を美波と母さんが大きな岩を飛び越えながら進んでいく。黒と白のくノ一親子。
(あ、そういえば……。Pちゃん訳して)
(ピ? 了解ピ)
『そういえばみんなは魔法ないけど、ホットバードから火魔法のオーブ、ドロップしなかった?』
4階層の岩場を走りながら、少し遅れてついてくるイーサンに声をかける。
『ハアハアハア……ハア……なんだって?』
『ハアハア……魔法のオーブって……ハアハア、もしかして、ホットバードが稀にドロップする、あの赤い玉?……ハアハア』
その後ろを走るアレンが息を切らしながら答えた。更に後方にバリー、トムが続く。
『そうそう。やっぱり鑑定持ちがいると知ってるよね。あれ? ならみんな適性なしってこと?』
『……ハアハア。おいトム! 来てくれ!』
イーサンが一番後ろにいたトムを呼ぶ。Ohno……と呟くのが聞こえたあと、長い両腕を大きく振り、バリーを抜いて近寄ってきた。
『ハア、トム、ホットバードがドロップした、赤い玉はどこだ?』
イーサンが岩を飛び越えながらトムを振り返る。
『ゼエゼエ……赤い玉? ハアア……俺の部屋にあるよ。ハアハア、鑑定しても"食用肉"と違って文字化けするから、いつかレベルが上がったらみてやろうと思って……ハアハア、なんで? ゴホッ』
『ハァ……あれは"魔法のオーブ"らしい』
アレンが軽く肩をすくめると、
『ハアハア……え?……ハア……オェッ』
トムがえずいた。
地下5階へ続く石の階段が見え、足を止める。後ろを振り向くと、必死の形相の4人がなんとか追いついてきた。
『5階への階段があったよ』
その言葉にイーサン、アレン、バリーが座り込み、トムがパタリと倒れ込んだ。
「グッジョブ!」
「頑張ったわねえ」
そんな彼らに美波が親指を突き出し、母さんが微笑む。
(1階から4階まで約8キロ、魔物を避けながらだから倍以上だ。しかも足場の悪い中ダッシュで走り続けたんだから、Pちゃん、褒めてあげてよ?)
(分かってますピ)
『1分休憩したら、5階に降ります。5階ではひとり10匹、4人なので40匹は魔物を倒してください。駿足スキルが取れたからといって、慢心しては駄目です。幸運を』
うん、グットラックは良いね。応援してるよーって感じがする。トムも起き上がったし、みんなに伝わったんだろう。
『……なんかキャラ変わってないか?』
『鬼軍曹だね……』
『シゴキがブートキャンプの比じゃねえ……』
『日本人はみんな優しいと思ってたよ……』
ヒソヒソとなにか話したあと、みんなが俺をちらっと見る。よく頑張ったと、気持ちを込めて笑いかけた。
『見ろ、あの引きつった笑顔……細い目の奥の狂気を。……ヤラれる、ウダウダ言っていたら確実にヤラれる。みんな! まだモンスターの方がマシだ! 気合入れていくぞ!』
イーサンがみんなに熱く何かを語りかけると、他の3人がオオッと頷いた。
(やる気満々ですピ)
(ホントだ、もっと休んでもいいのに)
(これが探索者の心意気ですピ。航平も見習うと良いですピ)
(うっ……)
『じゃあ行きましょう。5階へ』
「イエス、サーッ!」
4人がビシッと敬礼をした。
ベガスダンジョン地下5階、そこは青空の下、緩やかな丘が連なり遠くに森が見える、のどかと言っていいほどの場所だった。
「なんだか北海道みたいだわ。素敵ねえ」
『……まるでケンタッキー州の牧草地だな』
母さんやイーサンの呟きが聞こえる中、気配探知と空間把握を放つ。階段の青い気配が森の向こうにあった。ただこの階にも宝箱の気配はない。あとは魔物の赤い気配……。
(Pちゃん、1.5キロ先に魔物の群れがいるけど、手前で曲がれば次の階に行けるよ? 6階にも行く?)
(ピ! それはイーサンたちの経験にもなりますピ。倒したほうが良いですピ)
(うーん、まあ確かに倒さないとレベル上がんないし……。分かった)
「母さん、美波。この先に魔物の群れがいる。イーサンたちの経験にもなるから、向かうよ?」
「了解! なにかあれば援護するね」
「分かったわ」
二人が頷くと、今度はイーサンたちの方を向く。
『この先に魔物の群れがいます。さっき言ったように、ひとり10匹を目標に倒してください』
「イエッサー!」
イーサン、アレンが剣鉈を握り直し、バリーは革手袋に鉄のナックルをはめ直すと、拳を握りしめた。トムは肩にかけていた弓を手に持つ。
『行きましょう! 魔物は1マイル先です!』
俺に続いて美波、母さんが走り出す。
「……イエス、サー」
後ろからイーサンたちの声が小さく聞こえた。
「こう兄、あれは角のない『ビッグホーン』かな?」
美波が低い姿勢で、100メートル先の魔物の群れを指さした。
「なんだかテレビで観たヌーの群れみたいな迫力ね」
角のない、茶色い巨大な牛が40頭以上集まって草を喰んでいる。
草食系:ミルカウ Lv19×26
ミルカウ Lv18×9
ミルカウ Lv17×8
攻撃パターン:後ろ蹴り、踏みつぶし
全魔法耐性2
弱点:首、心臓部への物理攻撃
『こんなに沢山……大丈夫なのかな?』
トムがゴクリとつばを飲む。今のは通訳がなくても分かった。
『魔法は効きにくいので、首と心臓への物理攻撃が有効です。ひたすら攻撃してください』
Pちゃんの言葉を伝えると、みんなが緊張した面持ちで頷く。俺は息を吸い、掛け声を上げた。
「よし! みんな、レッツハンティング!」
「ピ! 航平! あそこにもあります! あっちにも! 早く回収をしてくださいピ!」
Pちゃんが興奮して叫ぶ。俺は言われるがまま、白い風船のようなミルカウのドロップ品を空間庫にしまっていく。遠くでイーサン、アレン、バリーが草の上に座り込み、トムはうつ伏せで倒れ込んでいるため、Pちゃんが話しても、白い風船が消えていっても気づく様子はない。
まあみんな、頑張ったからね……。
「航、このドロップ品すごいわ」
「こう兄! これもしまって」
母さんや美波までニコニコしながら、ミルカウのドロップ品を俺に渡してくる。
ミルカウドロップ品:ミルカウ乳(極上)
魔膜で覆われたミルカウの極上乳。膜を割くには魔鉄以上のナイフを使用
「このダンジョンに入った時、地下5階にいることは分かっていましたピ!」
「キュイ?」
Pちゃんが嬉しそうに丸窓から顔を出す。それにつられ、ずっと寝ていたマシロも顔を出してきた。喉が渇いていそうだった。
バスケットボール大の魔膜に覆われたミルカウ乳を、雷光でプスリと刺す。チョロチョロと白い液体が流れ出すと、鼻をヒクヒクさせていたマシロが両手で風船を抱え、チュッチュと吸い出した。
やだかわいい……。
「マシロも大好きなはずですピ。ミルカウ乳はビッグホーンの肉同様、失われた世界でも高級品ですピ」
Pちゃんが自慢げに片方の羽をあげる。
「……Pちゃん、もしかして」
「航平、イーサンたちのために決まっていますピ。レベルもスキルも上がって、魔法の取得法も分かって良かったですピ。そのお礼はミルカウ乳で十分ですピ。これを三好にアイスクリームや生クリーム、バターを作ってケーキやクッキーも……ピ」
うっとりと両羽で頬を押さえ、体を傾けた。
ミルカウ乳目当て確定。
読んでくれてありがとうm(_ _)m もう日本に帰りまーす!




