ラスベガス3日目 田所家
「Hey! Kōhei、Nagiko、Minami!」
ラスベガス3日目の朝、約束の時間にホテルの駐車場に降りると、イーサンとアレンが車の前に立ち、手を振るのが見えた。
「……赤い髪と金色の髪のイケメンが、Tシャツとジーンズで手を振ってるのって、なんだかミュージカル映画みたいだね」
美波がぼんやりと誰に言うでもなく呟くと、母さんがふふっと笑い、
「ヒーローに変身する映画でもいけるわ」
と、よく分からない返事をした。
『今日はよろしく頼む。これからむかうのは西に30分いった『レッドロックキャニオン』。レッドロックは観光客も来る国立保護区だ。混同しないよう俺たちは『ベガスダンジョン』と呼んでいる』
車が走り出し、イーサンが行き先とダンジョンの特色を説明してくれる。
『今わかっているのは、1階層辺りの広さは約2キロメートル四方、地下1.2階は平原、3階から現在調査中の4階までは岩場ばかりの階層になる。その先は不明、一体地下何階まであるのか……』
(航平のダンジョンと広さ的には同じですピ。深さは行ってみないとなんとも言えませんピ)
Pちゃんが訳してくれながら、俺の疑問にも答えくれる。良くできたナビゲーターだ。
『日本のダンジョンには80階層以上のところもありますよ』
『そうか……。まだまだ先は長いな。そうだ! 向こうで昼は"ホットバード"のフライドチキンを出してやるよ。なあ? アレン』
イーサンが機嫌良く運転中のアレンに声をかける。
『コウヘイたちは良いが、お前は止めておけよ?』
『なんでだ?』
『食べられると分かってから、毎日食べてるだろ……。コウヘイ、平原階層には"ホットバード"という七面鳥に似た魔物がいるんだ。そいつを倒すとたまに食用肉がドロップするんだが……。イーサンが他の探索者より強いのは、このホットバードを倒しまくってるおかげと言っても過言じゃない』
運転中のアレンがため息混じりに言う。
『良いだろ、別に。旨いんだから』
「日本にも"ブギーピッグ"というお肉をドロップする魔物がいますよ。カフェでの定番メニューです。美味しいですよね」
Pちゃんの訳を母さんたちに話すと、母さんが微笑んだ。その事を二人に伝えると、イーサンの緑色の目が輝いた。
『いつか必ず日本に行こう。日本の飯が旨いというのはトムから聞いているからな』
『トム?』
美波が首を傾げる。
『コウヘイが乗ったヘリを操縦していたのがトム。ムキムキな奴がバリー。二人ともパーティーメンバーで、今日も一緒に潜らせてもらうよ。トムは日本食好きで、何回か"うどん"を食べに日本へ行ってるんだ』
(うどんとはまた良いチョイスだな……)
(私とマシロはうどんもラーメンも好きですピ)
(君たちは生野菜以外何でも好きだろ)
他のメンバーのことを母さんたちに伝えると、
「ラーメンじゃなく、うどんなんだ? それだけで和食全般イケそうな雰囲気だよね」
「ほんとね」
二人がふふっと笑う。
「見てお母さん、こう兄。もう街を出て周りが石ころだらけ!」
車の外を流れる景色が、華やかな街から一転して砂漠地帯になっていた。
『これがホントのベガスだ。ようこそ砂漠の都市、ラスベガスへ』
イーサンがにやりと笑った。
俺たちが乗った車が、道なき荒野をひた走ること20分。2階建ての、俺のマンションより少し大きいくらいの白い建物が突如として現れ、その隣に簡易的なフェンスに囲まれたシェルターがポツリと建っていた。
建物の前で車を停め、プーッとアレンがクラクションを鳴らす。建物のドアが開いて二人の男が出てきた。一人は見覚えのある茶色い髪のムキムキ、バリーだ。もう一人は背がバリーよりも高い、俺と同じ年か年下に見える、ふわふわした金髪にソバカスの青年だった。うどん好きのトムに違いない。
『やあいらっしゃい! 待ってたよ! コウヘイ、イーサンとアレンを救ってくれてありがとう!!』
車から降りた俺に、2メートル近くあるヒョロ長いトムが駆け寄ってきて、両手を握りブンブンと振る。
『二人は俺の兄貴みたいなもんで、ホント……家族を助けてくれて……本当に、ありがとう』
トムのソバカスがクシャッと寄り、腕で顔を覆った。
『俺からも礼を言わせてくれ。信じていいか分からねえなんて言ってすまなかったな。見事にやり遂げてくれて、感謝しかねえ』
バリーまでムキムキした腕を伸ばし、握手をしてくる。
『運が良かっただけです。二人のね。俺がこの国にいた事を感謝してください』
おお……バリーとトムが見たことのあるようなキラッキラした目で、俺を見つめた。
たまたま運が良かっただけから気にしないでと、言ったはずなんだけど……なんかおかしい。
「こう兄、この人たちがイーサンとアレンの仲間?」
母さんと美波も、車から出てくる。涙を拭っていたトムが美波たちを見て、オウッと声を上げた。
『玉乗りっ娘! と、そのお母さん!?』
美波と母さんを指さす。
「え?」
『俺昨日サーカス公演観に行ったんだ。昨日玉乗りしてただろ!? 最後は3人で……』
トムが並んだ田所家をはたと見つめた。
『そうか! コウヘイは、中国雑技団メンバーだったんだね!』
『え? 日本人じゃねえのか?』
『探索者って聞いたぞ? 雑技団?』
『中国雑技団探索者?』
ちがーう! 典型的な日本人です!
中国雑技団員という誤解はとけ、建物の中に入ると、そこは空調がよく効いたファミリーレストランのような室内だった。
『今常駐者は俺たちしかいない。ここは食事をとるスペース。アレンの料理は美味いぞ? 2階は居住スペースだ』
イーサンが説明しながら、俺の半袖Tシャツとチノパンという格好を上から下まで見る。
『その格好で潜るのか? まあコウヘイなら問題ないか』
『俺はこのままで。母さんと美波は着替えるので場所を貸してください』
こっちだよと、トムが2階に案内してくれた。広い廊下を挟んで6枚の扉がついている。トムが手前のドアを開け、母さんたちを手招きした。中は明るく、ソファー、テレビ、ベッド、簡易キッチンも備えている20畳はありそうな広い部屋だった。
『今は誰も使ってないんだ。ここで着替えて良いよ。着替え終わったら下に降りてきて』
トムがニコッと笑って、下に戻っていく。
「着替えたら下に来てだって。じゃあ母さん、これ。美波はこれな」
空間庫から母さんと美波の探索者装備と、それぞれの武器を取り出しソファーの上に置くと、部屋の外に出た。
「ありがとう、航」
「ありがと! じゃあ後でね」
二人がにっこり笑いドアを閉めた。
『お、来たね。……二人ともなんて素敵なんだ』
階段を降りてきた母さんと美波を見て、アレンが両手を広げて大げさに褒める。いや、これは大げさでもないか。家族びいき抜きで見ても良く似合っているからね。
母さんは耐刃製の銀ラメアンダーシャツの上に黒い胸当て、腰から太ももまでの、長方形の黒鉄板が動きを邪魔しないよう縫い付けられたスカート状の腰当て、その下にストレッチパンツ、革の黒ブーツを履いている。ベルトには、ミスリルの細剣が収まっている黒革の鞘が差し込まれていた。
母さんがダンジョンに潜る時の標準装備だ。魔鉄製の黒い胸当てには、銀色の三日月が浮き彫りのように小さくついている。「凪の海をイメージした」つぐみさん特製で、儚い感じの母さんにピッタリだ。
美波は同じく耐刃製の黒いアンダーシャツ、胴体部、両腕、スパッツを履いた両足にも白く光沢のあるプロテクター。白く輝く鎧といったところだ。素材は前に俺の部屋のダンジョンでドロップした、鉄剣でも傷つかないデビルフィッシュの鱗。胴体部には金色の小さな星が水しぶきのように散らばっている。「強い波と穏やかな波をイメージした」つぐみさん特製だ。足元は素早さの上がるスカイランナーのブーツ。
白薔薇の鞭が、腰につけられた留金に巻かれた状態で収まっている。これが美波の探索者装備だ。
『見たことのない素材だ。ドロップ品か?』
イーサンがジッと見つめる。
『それもあるし、日本には優秀な鍛冶師、テイラーがいますから』
『それは羨ましい』
『……凄いなぁ。俺たちも日本に行こうよ。ついでにうどんも食べよう』
トムが頷きながらイーサンを見る。
……メインは、うどんだな。
『じゃあパーティーを組もうか』
イーサンがついっと首を出す。
「オッケー」
『ナギコは……手首かい? ミナミはタグもない』
イーサンが母さんの手首とオレの首のタグを触れる。
『日本は手首なんです。文化の違いです。美波は特別枠です』
『特別枠? よく分からんが、そうなんだな』
10秒ほどそのままでいると、パーティー追加のスクリーンが出た。
『お、俺たちのタグスクリーンも開いたよ!』
『どれどれ、コウヘイたちは……』
『なんだこれは……バグか?』
『ナンバーワンとは聞いていたが、これは……』
4人が他からは見えないタグスクリーンをそれぞれに見つめる。
『レベル高すぎだろ!?』
4人が一斉に俺たちを振り返った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m まだ潜ってないという……。




