ラスベガス2日目 観光だ!
「おはよ、こう兄。『賢者の家』に行ってたの? 呼びに行ったらいなかったから」
うーんと伸びをしながらリビングに入ると、美波と母さんがコーヒーを飲んでいた。ルームサービスを頼んだらしい。俺が躊躇していたサービスをあっさり使いこなしている。
「ああ、Pちゃんたちはあっちでまだ寝てる。でもあと30分もすれば、強制退去されてくるよ」
今日帰ってきたのは7時過ぎ。今は9時前だから、8時間近く眠れた。賢者の家さまさまだ。
賢者の家のネックのひとつ、『自分が出ると他の者は強制退去させられる』がなくなっている事に気づいたのは偶然だった。
果樹園で収納小屋を作っていた時、Pちゃんたちが森の泉に行ってなかなか帰って来なかった。Pチャンネルで呼んでも反応なし。木のうろにでも入って寝てるんだろうと思い、探しに行くのが面倒で賢者の家から出たのだ。
でもふたりが賢者の家から弾き出されてこない。1分経過しても出て来ず、心配になり探しに行こうとした矢先に、寝ぼけ眼のふたりが出てきた。いつの間にか3分間も、俺がいなくても中に滞在できるようになっていたのだ。
『賢者の家レベル』がそれからひとつ上がった今は、滞在時間が30分に延びている。こっちで30分なら、向こうでは2時間半だ。まあ入る時はやっぱり俺と一緒じゃなきゃ駄目だけどね。
「あら、強引な目覚ましね。じゃあ30分は出てこないわね」
母さんがふふっと笑うと、大理石のテーブルに並べられた、クリームのたっぷりかかったパンケーキやスクランブルエッグ、スープなどにラップをかける。
日本から持ってきたのか。さすがだ母さん。
フレッシュオレンジジュースを飲みながら、ソーセージをつまむ。少し冷めてもパリッと皮が弾け、肉汁が溢れた。
「美味いな。アメリカって言っちゃあなんだけど大味かと思ってたよ」
「ほんとだねえ。でも量も多いから、食べすぎてあっという間に太りそう。こう兄たちみたいに運動しなきゃ」
ふんっと美波が力こぶを作る。運動か……今なら言えるか?
「あのさ、今日は市街観光だろ? 明日はレッドロックキャニオンに行かない? ここから車で30分らしいよ。イーサンとアレンが一緒に運動したいってさ」
「イーサンとアレン? 航、いつの間に連絡を取ったの?」
「運動ってゴルフとかテニス? 私できないよ?」
母さんと美波が首を傾げる。
「昨日母さんたちがプールに行っている間にちょっとね。運動って言ってもなんだ……そのおダンジョン?」
「ああダンジョンね、分かったわ」
俺が躊躇いがちに言うと、母さんが拍子抜けするほどあっさり頷いた。
「アメリカのダンジョンってどんな感じかな? 大きなワニとか蛇とか、サメとかいそうじゃない?」
諸々の洋画に引っ張られてるな……。
「二人とも、せっかくの旅行なのにダンジョンに潜っていいんだ?」
「あら、逆に興味あるわ。イーサンとアレンが探索者なのは分かっていたし。ただ向こうが言わないのに、こちらから言うのもおかしいでしょ?」
母さんが笑うと、
「あんなに強そうなんだもん。分かるよ。でも良さそうな人たちだったし、面白そうだもんね」
美波も大きく頷く。
「ピ……母さん、美波、おはようございますピ」
「キュイ!」
Pちゃんとマシロがトテトテとリビングルームに入って来た。
「おはよう!」
「おはようふたりとも。さあ朝ご飯ですよ。いっぱい頼んだから、いっぱい食べてね」
母さんがラップを剥がすと、キッチンカウンターからも次々に追加のパンケーキや、フルーツが盛られた皿を運んで来た。
「美味しそうですピ!」
「キュキュイ!」
テーブルに乗った二人が両手を上げる。これ一皿何ドルなんだ?……やっぱり千駄木オヤジに甘えておこうかな。
遅い朝食を食べ終え、Pちゃんたちも連れて市街観光に出かける。街全体がアトラクションのようだとガイドブックに載っていたが、まさにその通りだ。道を行き交う人はどこか陽気で、音楽がふと流れてくると突然踊り出したりする。その度に俺はビクッとして、その場を離れた。
俺には向かない街というものがあるんだな……。
そうなるともう、母さんと美波がキャッキャしている後を半笑いでついていくだけだった。ダンジョンに潜ったほうがよっぽど楽だ……。
(航平、あの店は航平が好むワゴンセールより安く服が買えますピ)
沢山の手描きボードを掲げた小さなショップを見ると、Tシャツ10枚15ドルのショッキングピンクの文字が目に入る。……なにい!? 1枚150円!?
中はごちゃっと沢山のTシャツが壁のポールに掛かっていて、明らかな印字ズレやシミを除いた10枚を選ぶ。なんだここは、天国か!? 全部半袖のためか母さんたちは購入せず、有名だというアウトレットモールに行き買い物をしていたが、俺は店ごとワゴンセールのようなこの店が大変気に入った。
そして夜、千駄木オヤジがチケットを取ってくれていたサーカスの公演を観に行った。これは凄かった。出演者が探索者になったら、どんなスキルを取得するだろうとつい考えてしまう。
投擲、罠解除、魅了の踊り?
途中美波が客席からの参加者に選ばれ、ピエロがからかうように美波の背丈はありそうな大玉に乗ってみろというジェスチャーをすると、美波が満面の笑みでコクコクと頷き、玉に飛び乗り見事なバランスを見せた。
ピエロが大げさに驚いているのに気を良くしたのか、美波が玉の上で宙返りをする。会場は口笛と拍手が巻き起こった。美波が手を振りながら客席に帰ろうとすると、ピエロが引き止め、もう一度と人差し指を出す。
美波が困ったように母さんを手招きし、なぜか母さんに引っ張られ、俺も舞台に上がった。歓声が大きくなる。なにかしないと収拾がつかなそうだ。
俺が初めにジャンプで玉に乗り、母さんを見る。母さんは頷いて、軽やかに俺の肩の上に立つと、美波が俺たちをスルスルっと登っていき、母さんの肩の上に立った。
それはもう大喝采だった。美波が歓声に応えるように手を振り、宙返りで母さんの肩から降りる。母さんも宙返りで俺の肩から降りると、もう会場は最高潮。俺はよいしょと普通に降りたが、後で美波にダメ出しされた。なぜだ……。
そんなこんなで二日目が終わり、いよいよみんなでダンジョンに潜る朝が来た。
読んでくれてありがとうm(_ _)m
昨日? 寝落ちして投稿できなかったよ(。-ω-)zzz. . . (。゜ω゜) ハッ!
今日また夜にお会いしましょう……




