帰還
「あ、そうだった」
土階段を上がり、シェルターの外に二人が出た後で、天井の一部を雷光で長方形型に切り取る。これで魔力が淀むこともない。目を見開いている二人にシェルターに換気システムがないことを説明すると、アレンが無言で扉近くのスイッチを押した。
ゴオー……
あったのね、換気スイッチ……。まあシェルターだもんな。あるよね。あ、ヤベ。斬っちゃったよ、俺。……弁償とか言わないよね?
『……なんでシェルターを斬れるんだ?……ともかくありがとう、コウヘイ。俺たちがこうして外に出られたのは、すべてお前のおかげだ』
イーサンとアレンが握手を求めてきた。
外国人て、こういうのをさらりとやるよな。
その手をちょっと恥ずかしくも握り返しながら、Pちゃんに翻訳を頼む。あの階層の一番強い魔物は倒したし、もう気にせずゆっくり休んでほしいもんだ。
『ええ、俺は探索者で一番強いから、あれくらいは朝飯前です。ですが俺よりも強いモンスターはいます。俺もまだまだといったところです。ダンジョンはそのまま放置すれば拡張し、やがて世界は終焉を迎えるでしょう。この世界が生き残るためには、ダンジョンアタックは必須なんです。だから二人は俺が上げたレベルを自分のものにして、強い探索者になってください。分かりますか?』
……英語にするとずいぶん長いな。きっとPちゃんが気の利いたことを追加してくれてるんだろう。あんだすたーん。
オゥ……ナンバーワン……そう呟き、イーサンとアレンがビシッと敬礼する。
「イエッサー!」
なぜか二人がキラキラした目で俺を見ている気がした。
建物の外に出ると監視塔を避け、隅のフェンスが少し外れているところから外に出る。
『このトレジャーダンジョンは橋を通るか空からしか近づけません。だからダンジョンの監視は緩めです。コウヘイは正規の手続きを踏んでないからちょっと面倒なんで、抜け道です』
フェンスから離れた空き地の隅に、一台の車が停められていた。空港で乗せてもらった車だ。
『入るのは難しいが、出るのは簡単。ただ検問所があるからそこだけだな、問題は』
アレンが運転席のドアを開け、イーサンが助手席に乗り込みながらにっこり笑う。笑うと鋭い緑の目がずいぶん柔らかくなる。
『さあコウヘイ殿、帰りましょう。乗ってください』
アレンがハンドルを握ったまま、運転席から顔を出した。
(航平、転移で帰るより車で帰った方が今は良いですピ)
(そうだな。車だとどれくらい?)
(5時間25分ですピ。今が1時30分ですから、母さんや美波が起きるまでには間にあいますピ)
『ありがとう。でもコウヘイ殿はやめてください。いつも通りコウヘイで良いです。それと、俺はいない者として振る舞ってくれて大丈夫です』
そう言って後部座席に乗り込む。車はすぐに走り出し、寝静まった住宅街を通り抜け、橋の入り口で車を停めた。軍服を着た男が簡易的な小屋から出て来て、訝しげに車の中をライトで照らす。
『捜査依頼を受けていた探索者のイーサンヘイズとアレンホフマンだ。後ろはヘリで来た特別顧問の方だ』
ライトを照らしていた男が手元のカードのような物を確認し、慌てたように敬礼をした。
『失礼しました。昨日一緒に入られた他のお二人は、もうすでにお出になってます。あの……後ろには誰も乗っておりませんが、特別顧問とは?』
男が首をひねり車の後部座席にライトを向けた。
『……いや、ちょっとした勘違いだ。疲れてるのかもね。ご苦労さま』
アレンがにっこり笑うと、男も曖昧な笑みを浮べて車を離れ、バリケードをずらすとライトで合図を送ってきた。車は再び動き出し、ライトを振る男の横を通り過ぎ、橋を渡っていった。
『俺は気配を消せるスキルを持っています』
後部座席から二人に話しかける。
『うん、もう驚きませんよ』
アレンがミラー越しに苦笑いをしているのが見えた。イーサンがどこかに電話をかける。すぐに電話が繋がり、相手が大声を出しているようで、イーサンが耳を少し離した。
『ああ、みんな無事だよ。……そうか。まあアメリカの探索者の中で俺たちのパーティーが一番なんだ。消息を断っても、そのあとを他の探索者に行かせるなんてこと、あの爺様はしないだろう。ヘリの案は爺様なんだろう? うん……そうだと思った。ありがとな、コウヘイを連れてきてくれて。じゃあまた、ラスベガスで』
イーサンが電話を切り、アレンに一言二言話すと、後部座席の俺に話しかけてきた。
『なあコウヘイ、もしダンジョンが拡張して世界が終焉を迎えるとしたら、それはどれくらい先の話なんだろうか?』
え? なんだって?
(航平、私のあとに続いてくださいピ)
『半年後か10年後か、ずっとこないか、探索者にかかっています』
『……そうか。技術部がアクティブスキャンでダンジョン内部を探査しようにも、電流が通らない。探査機を入れても映像が飛ばない。ダンジョン内部は謎に包まれていたが、俺たちがクリアしていくしかないんだな。この世界をダンジョンなどに侵食させやしない。なあ、コウヘイ殿』
『日本のダンジョンはどうなんだい?』
今度はアレンが聞いてくる。Pちゃんがすぐに翻訳してくるから、何を言っているのかいまいちわからない。
『日本はギルドがよく機能しています。ダンジョンマップは俺が作っていたけど、今は上位ランカーたちが少しずつ情報を提供してくれるようになりました。あとはカフェのご飯が美味しいです。ちなみにそのギルドマスターが母さんです』
『おお、じゃあナギコも強いのか?』
ん? なんで母さんが出てきた?
『ええ、前に言った通り、母さんも美波も強いです』
『そうか。なあコウヘイ、帰る前に俺たちのホーム『ラスベガスダンジョン』に一緒に来てもらえないか? 色々教わりたい』
『良いでしょう。分かりました。これもダンジョン拡張を防止するためです』
「Yes!」
助手席のイーサンと運転中のアレンが、いきなり嬉しそうな声を上げた。
(……Pちゃん? 俺はなにを話してる?)
(帰る前にラスベガスのダンジョンに、潜ることになりましたピ。母さんと美波も一緒ですピ)
Pちゃんがなぜか自慢げに言う。
(え? なんでそうなった!?)
(ピ……流れ?)
どんな流れだよ!?
読んでくれてありがとうm(_ _)m いやあ、アメリカ長い? スレ住人たちが懐かしいッス




