ラスベガス1日目 こっそりと
「三好の夕ご飯はボリューム満点でしたピ。ですからここでアイスクリームをマシロと食べていますピ」
12時30分、昼ご飯を下のレストランで食べようとなった時、夕飯をすでに日本で済ませていたPちゃんがアイスクリームをはぐはぐ食べながら、片羽を上げた。マシロはエネルギー補充のためか、もう3つ目を両手のカギ爪で器用にすくって食べている。一応クッキーも置いておこう。
それにしてもPちゃんがご飯いらないなんて、どれくらいの量を三好さんは作ってくれたんだろうか。
「じゃあご飯食べたら買い物行こうよ。こう兄の服を買いに」
「なんで? 寒くないぞ?」
ラスベガスの10月終わり、砂漠地帯でも短い秋の今は気温は23℃、長袖のTシャツ一枚で俺は丁度いい。
「さすがにそれは……ねえお母さん」
美波が言いにくそうに母さんに助けを求める。
「そうねえ……お母さんが買おっか。いつもギルドを助けてもらってるお礼」
「いや、もったいないからいい。これ良いだろ? いつも行く洋品店で、ワゴンセール最後の一枚だ。馬が良い味出してるんだよ。まあ白だから飯食う時気を使うけど」
『Nitendo』Tシャツを失って、新たに買い求めた一枚だ。
「……こう兄、それは『偽物』だよ。よく見て。Lの下が短くて、上がちょっと横に伸びてる。そして何より『本物』の馬は、うんちをしてないよ……」
「うんちってお前、これミスプリントだろ? だからワゴンセールなんだよ」
左胸のマークを引っ張り、人が乗っている馬の足元の、盛り上がったシミのような物を確認する。布が白だから少し目立つ気もするが、大した問題じゃない。
「まあ馬もカッコいいし、サイズもピッタリだし、お気に入りの一枚だ」
「でも『POTO』って……お母さーん」
「んー、そうね。航が良いなら、いいんじゃないかしら? さあご飯に行きましょ」
「いってらっしゃいピ。お土産はケーキが良いですピ」
「キュイ!」
はあ……とため息をつく美波に、Pちゃんとマシロが手を振った。
夜、Pちゃんとマシロがレストランのテイクアウト料理を食べたあと、イチゴのホールケーキを堪能している時に電話が鳴った。
なんだろう……Pちゃんたちの飯もケーキも全部、部屋に勝手につけられたけど、やっぱり払えとか?
少しドキドキしながら電話に出る。
『田所様、千駄木様よりお電話が入っております』
丁寧な口調の女性の声がした。これくらいならPちゃんに頼まなくても分かる。少し間をおいて、聞き慣れた声が聞こえてきた。
[オヤジさん、航平です]
[おう航平くん、どうだ? ラスベガスは?]
[なんか全てが豪華で驚いてるよ]
[そうか、自由に使ってくれ。Pちゃんたちをレストランに連れていくのが大変なら、ルームサービスを頼むといい。何時でも届けてくれる。味もレストランの一流シェフが作るから、満足してくれるはずだ。料金は部屋につけてくれるから気にするな。俺持ちだ]
マジか……ルームサービスの値段が載っていなかったから利用する気もなかったが、これはありがたい。今後いつもテイクアウトもどうかと思っていたところだ。でも……。
[さすがにそれは悪いよ。ちゃんと後で払う。母さんは美波とプールに行ってて、そろそろ戻ってくると思うけど、何か伝えとく?]
[いや。航平くん、いくらでも部屋につけてもらって構わない。その代わりと言ってはなんだが、ひとつ頼みがある]
……この感じ、いつもながら嫌な予感がする。
[……なんですか?]
[今日二人の探索者に会っただろう?]
[ああ、イーサンとアレン]
[その二人が消息を断った]
[え? だって今日別れたばかり……]
およそ軍人らしくない、少し長めのクセのある赤い髪を無造作に流し、切れ長の緑色の目をした不機嫌そうなイーサンと、金髪の短い髪に青い優しそうな目をした、笑い上戸のアレンの姿が脳裏に浮かぶ。
[航平くんたちを送り届けたあとの話だ。2週間前、3人の探索者が魔物にやられた。2名が死亡、1名は意識不明だったが今日意識を取り戻して、二人が聴き取りに向かったそうだ。その後に消息を断っている]
[……どこで?]
[サンフランシスコ市トレジャーアイランド、通称『トレジャーダンジョン』]
……どこ!?
「こう兄! ただいま! プールすっごく楽しかったよー! でもこう兄が来てたら鼻血出まくりで大変だったかも……あれ? おーい、こう兄?」
広い部屋にこう兄の姿がなかった。ピヨちゃんもマシロちゃんもいない。
「お母さん、こう兄たちいないよ」
「あら? テイクアウト分じゃ足りなくて、また食べに行ったのかしら?」
「ありえるね……ん?」
大理石のテーブルの上に、ホテルの金色のマークが入った紙が置かれていた。そこに見覚えのあるカクカクした文字が書いてある。
「お母さん、こう兄がピヨちゃんたちと運動してくるってー! 遅くなるから先寝ててってメモがあったよ」
広い洗面台で、洗濯物を手洗いし始めたお母さんに叫ぶ。
「それは良いわね、ピッチャンたちもずっと部屋だと飽きちゃうものね」
「えー私も行きたかったなぁ。あ、お母さん、手洗いしなくてもここに洗濯物入れておくと、クリーニングしてくれるみたいだよ?」
ランドリーボックス、クリーニングと金文字で表記された、オシャレな布製の入れ物を洗面台の下から引っ張り出す。
「あら、でもせっかく広いバルコニーがあるんだし、手間をかけてもらうほどじゃないからいいわ」
「それもそうだね。別料金かもしれないし」
一緒に手洗いをして、温室のようなバルコニーに出ると、すぐ近くで大きな噴水がライトアップされてキラキラと輝いているのが見えた。他にも金色や赤、オレンジ、黄色、青ときらびやかなネオンが眼下に広がる。どこからか聞こえてくるヘリコプターの音も混ざって、音も色もすべてが賑やかだ。
「ラスベガスって感じだねえ、お母さん」
「ほんとねえ」
持ってきた紐と洗濯バサミで洗濯物を干し終わると、部屋からジュースを持ってきてバルコニーにある椅子に座る。
「旅行って最高!」
「うふっ、同感」
チンッ
お母さんと合わせたグラスから綺麗な音がした。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 進むぞー?




