叡智の理解を超える
ギャボボオ……
……まるで蛾の幼虫だな。
観光バス並にデカい体には、逆立った黄色い毛がびっしり生えている。赤い頭にはサイコロの6の目のような黒眼が並び、曲がった牙がついた口から、ヨダレのように粘液を垂らしていた。
肉食系:ガランカ Lv87
攻撃パターン:毒針毛による出血毒で弱らせ、捕食
一体が有している伸縮自在の毒針毛は2000本以上
体を丸め、もとに戻した勢いで切り離し可能の毒針毛もある
弱点:光魔法、火魔法、眼への物理攻撃
レベルは母さんの2倍、美波よりも上だ。
「そこの方! その魔物の毛は10メートル以上伸びます! かすっただけでも血が止まらなくなるんです! 気をつけてください!」
魔力酔いが治った若いガイド探索者が叫んだ。その声が合図だったかのように、ガランカが黄色い毒針毛を伸ばして来る。
スパーンッ
いくつもの光の刃を付けた鞭が、伸びてきた毒針毛を刈る。刈られた毒針毛がキラキラとぬかるんだ地面に落ちる中、美波が瞬時にガランカへ近寄り二振り目を繰り出した。
「はあぁっ!」
ガキンッ!
鞭が当たる場所に毒針毛が密集し、鞭先を跳ね返す。
「やあぁぁ!」
跳ね返されたままに、美波が体を回転させ、更に鞭を打ち込んでいく。ワインレッドのメイド服をひるがえし、まるで新体操のリボンを操っているかのように、軽々と円を描きながらガランカに攻撃を与えていた。
おいおい……いつの間にそんな強くなったんだよ、美波。
ガキンッ!
防御されながらも、毒針毛を刈り取れる頻度があがってきた時、ふわっと密集防御していた毛が解け、槍を突くように毒針毛が美波に襲いかかった。
「美波!」
ヒュヒュンッ ガツッ!
Pちゃんとマシロを片腕に抱いた母さんが、片手でミスリルの細剣を振るい、それを斬り飛ばす。
母さんまで!?
「さすがです凪子さん! 僕だって!」
イチタと呼ばれた探索者が弓を構える。矢筒にはもう矢はない。
「サンダーアロー!」
弦にバチバチと放電する光が集まり、ガランカに向け放たれた。雷の矢が6つの眼のひとつに突き刺さる。
ギャボオォ!
ガランカが黄色い毒針毛で眼を覆う。その隙間から黒い煙に似た魔力が微かに漏れ出ていた。攻撃の手を緩めず、美波が更に鞭を振るう。反対側から母さんがPちゃんたちを抱いたまま、ミスリルの細剣を突き立てる。毒針毛の密集防御が解かれたスキをついて、イチタが2射目のサンダーアローを放った。
……俺、もしかしていらなくない?
3人の闘いぶりを呆然と見ていると、ガランカが眼を覆ったまま、ゆっくりと体を丸めていった。
弱ってきた? いや、あれは……。
「マズい! 3人とも寄れ!」
瞬時に反応し近寄った3人に、シールドをかける。3人と2匹が光のテントにすっぽり入った瞬間、ガランカが丸めた体を戻した。と同時に、無数の毒針毛が黄色い雨のようにテントへ降り注ぎ、光の膜に弾かれていく。
「嫌! こう兄!」
「航! 早く入って!」
「お兄さん!」
「ピィ!」
「キュ!」
シールドの内側でみんなが叫ぶのが聞こえた。
「大丈夫!」
俺の絶対防御8は、こんな針で傷つくことはない。降り注ぐ毒針毛を払いもせず、曲剣『雷光』を取り出し魔力を流す。
バチバチバチッ
雷光の放電に当たっては、毒針毛がシュッと消滅していく。
「雷光、久々にあれやるか」
魔力を流し続け雷光の刀身よりはるかに長い、雷の刃を作り上げる。
「座標はガランカの……眼!!」
近距離で瞬間移動し、目の前に現れたマンホール大の黒眼に刃を当て、力任せに雷光を振り抜く。
「おうりゃっ!」
ギャ……ボッ………
真っ二つになったガランカが、淡く光って消滅した。
「よしっ、と」
雷光への魔力を止めて空間庫に収納すると、みんなが入っている光のシールドを解除した。
「おーい、終わったぞ。しかしみんな強いな。どんだけダンジョンに潜ってるんだ……」
佇んでいる3人のうち、イチタはレベルが一気に上がったのか、体が痛い……と涙目になっていた。母さんも少し痛そうに顔を歪めている。
「こう兄に言われたくない! もう! あの毒針の中行っちゃうなんて……」
体は痛くなさそうな美波が、怒っているのか泣きそうなのか、分からない表情をする。
「航……今度あんなことしたら、母さん、怒るわよ?」
母さんが悲しげに微笑みながら脅してきた。
「……お兄さん! あの、握手してもらっていいですか!?」
痛みは引いた様子のイチタが、黒いツナギで両手を拭き、手を差し出してきた。
……イチタ君、そのツナギ泥まみれだから、拭いても同じだよ? ここで握手ってのもどうなの?
どうやら変わった感性の持ち主のようだ。一応そっと手を握るとがっちり握り返され、ブンブンと振られた。
「ピ! 航平! 『人間は時に無駄なことをする』はこのことも含まれるんですピ」
Pちゃんが母さんの腕の中で、片羽を上げる。
「ん? どういうこと?」
「航平の服がズタボロなのは、自分にシールドもかけず、無駄に毒針の中を歩いたからですピ」
Pちゃんの言葉に、はっと着ていた服を見る。肩、両袖はすでになくなり、白い布地が腹巻きのように残っているだけだった。
「……俺の『にてんどー』Tシャツが……」
「航平のやりたい事は、やっぱり分かりませんピ」
Pちゃんが母さんの腕の中で、体を傾けた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 次回、探索者スレ祭り?
校正さん! いつもありがとう!




