幻のナンバー2
「じゃあ、1ヶ月?」
「そうだ。陸上自衛隊1150人を品川は400人、他各ギルドで150人ずつ。1班7人構成、21時から24時、5時から8時に分けてガイド探索者ひとりをつけ1ヶ月潜る。あくまでこれは国に対する特殊法人『探索者ギルド』の任意協力だ」
「実はね、ギルドを閉鎖して、自衛隊を潜らせろって上層部から言われたんだけど、父さんと公安が怒ったんだよ。慌てたような態度を外に晒すなってね」
千駄木オヤジの言葉に、徹さんがこっそり教えてくれた。
「実際諸外国の有力者に『探索者ギルド』のいう事を聞けって圧力かけられて、初めてなにが起こっているか知ったからね。焦るのも無理はないさ」
そうだった。徹さんはその焦った側所属だ。
「オヤジさんが怒るのは分かるけど、なんで公安が? 同じ国側でしょ?」
「公安は自衛隊に力を持ち過ぎて欲しくないんだよ。魔石による発電は世界の力関係を一気に覆しかねないし、クーデターを起こされても困るからね。今回一番初めに公安に話したのは、国家転覆など考えていない、国の利益を最優先に考えているとアピールするためだしね」
……世の中、色々な思惑があるもんだな。
「ピ、航平ぼんやりして、お腹が空いたんですピ?」
賢者の家の果樹園の手入れをしながら、この前の報告会を思い出していた俺の肩に、Pちゃんとマシロが飛び乗って来た。
「……さっき食べたばかりだろ? いや、今頃自衛隊とガイド探索者が頑張ってるかなってね」
「航平はガイドから落選しましたピ?」
「落選って……。俺はあまり知られない方がいいって、オヤジさんがいうし、俺も知らない人と潜るの嫌だしさ。一番の理由は探索者と自衛隊の交流みたいだしね。国を守る同じ仲間と分かった方が良いってさ」
ふじリンゴの白い花に、ふわふわした綿毛のような綿棒で、隣の紅玉の花の花粉をつけていく。リンゴは他家結実、他の花粉で授粉するらしい。地味な作業だが案外楽しくて、丁寧に素早く手を動かす。ふじはそのまま食べて、紅玉はアップルパイやジャムに良いしね。
「よし、出来た……あとは、家を建ててみよう」
森から切り出し、並べて乾燥させていた丸太を、火操作と風操作の乾いた風で更に乾かす。
「農作業道具をしまう小屋をまず建てる」
「ピ、道具は空間庫にしまえばいいですピ?」
「雰囲気だよ、雰囲気。やっぱり収穫した物とか置きたくなるだろ?」
「無駄な作業に思えますピ」
そう言ってPちゃんが体を傾けた。
「人間はたまに無駄なことをしたくなるんだよ」
「……よく分かりませんピ」
Pちゃんがぽつりと呟いた。
「ん? なんだろ?」
賢者の家から出て部屋に戻ると、ガラステーブルに置いたままのスマートフォンに着信が何件も連続で入っていた。ほとんど先輩からだ。
時刻は22時30分、少し遅いがまあ大丈夫だろう……。
折り返し電話をかけてみる。すぐに先輩がでた。
「航平君! ようやく繋がったか!」
先輩の焦った声が耳元で響く。
「どうしたんですか?」
嫌な胸騒ぎがした。
「今すぐ品川に来てくれ! 凪子さんが!」
「マシロ! 品川ギルドだ!!」
先輩の言葉を最後まで聞かず、肩に乗っていたマシロに叫ぶ。
「キュキュキューキーキュッ!」
マシロが間髪入れずに転移の鳴き声を上げた。
「……助けて」
「いてえ……いてえ……」
「おい! そいつより先にそっちだ! 1分以内に紫瓶飲ませて赤い瓶飲ませろ! 隣のデカイやつは青い瓶っ! 3分以内!」
品川ギルドのロビーで、仰向けに倒れている自衛官を抱きかかえ毒消し剤を飲ませながら、櫻井先生が大声を出していた。毒消し剤、造血剤、ポーションを持ったひとりの自衛官がその指示のもと動いている。
ぐったりと動かない者、血を流している者、呆然としている者、うめき声をあげ続けている者。
どうなってるんだ? なんでこんなに自衛官が? 10人以上いるぞ?
「航平君!」
血の気を失っている自衛官のひとりに造血剤を飲ませながら、先輩が叫んだ。
「一階に巨大ななにかが突然現れたらしい! 自衛官を逃したガイド探索者、凪子さんがまだ中に!」
先輩が一瞬声を詰まらせ、そして泣きそうな顔をして言葉を続けた。
「……それと、ワインレッドのワンピースを着た子が、二人が取り残されてると聞いて、中に入ったらしい……」
次の瞬間にはギルド一階のシェルターの扉を開け、空間把握、気配探知、捜索をダンジョン内に放っていた。300メートル先に金色の気配が3つ、そのすぐ近くに、強く光る赤い気配がひとつ。
生きてる!
「Pちゃんマシロ! しっかり捕まってろ!」
「ピ!」
「キュ!」
両肩に力がかかったのが分かる。
瞬間移動した直後、片膝をぬかるんだ地面につけている男の前で、ミスリルの細剣を構えている母さんと、白く輝く鞭を持った美波の、更に前へ出た。
「こう兄!」
「航……」
美波の驚いた声と、母さんの安堵した声が背後から聞こえる。
ギャボオォォ……
目の前の異様な姿のソイツは、突然現れた俺を警戒するように唸っていた。
「みんな! 怪我は!?」
「壱太君が魔力酔いで動けないわ!」
ソイツから視線をそらさず、手だけ後ろに向けて魔力回復を唱える。
「その子とPちゃんたちを連れて下がってて!」
美波がさっとふたりを掴んで後ろに下がると、母さんに預けた。
「お母さんはPちゃんたちと壱太君をお願い」
「おい美波!」
美波の声が聞こえ、思わず声を出す。
「こう兄! 幻のナンバー2が協力するわ! 嬉しいでしょ?」
白く輝く鞭を揺らし、美波が俺の横に立つと、にっこり嬉しそうに笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 無事で良かった




