錬金術師ひとみ
「命運を握るか……。長はそう言ってくれたけど、今行き詰まり中なの」
二人掛け用と一人用の黒い革張りのソファーに挟まれた、スタイリッシュな白テーブルの上に串揚げカレーの皿が置かれている。そのカレーを前に、ひとみさんがハア……とため息をついた。
「へえー、調合4のひとみさんでも、スランプがあるんですね」
意外に思いながら、カレーを一口食べる。
旨っ! 今日は海老とホタテ、うずらの玉子の串揚げカレーにして正解だったな。
「このバナナを揚げたのをカレーの具にすると考えた人は天才ですピ!」
「キュイキュイ!」
Pちゃんとマシロはバナナ揚げカレーがお気に入りだ。
「ありがと。それ考えたの私よ」
「ひとみの『調合4』は錬金術師のレベル50と同じですピ。このカレーは素晴らしいです」
「うふふ、カレーが関係あるかはわからないけど、そう言ってくれると嬉しいわ」
栗色のウエーブのかかった髪を後ろで留め、カレー皿を持って食べ始めた。良かった、少し元気が出たみたいだ。
「航平クン、これ食べたら部屋に来てもらっていい?」
「良いですよ。今日はひとみさんに呼ばれて来たんだから」
俺が頷くと、ひとみさんが艶っぽく笑った。雁屋三姉妹は同じ顔だけど、やっぱりちょっと違う。二葉さんは可憐で真面目、美津さんは明るくチャーミング、ひとみさんは大人で色っぽい。
昼食を食べ終わり、ひとみさんが部屋の壁際に置かれた本棚を横にスライドさせる。本がびっしり入っているから相当な重さだろうけど、ひとみさんの筋力なら造作もないことだ。本棚の後ろから、扉が現れる。
大阪ギルドのギルドマスター室は、他のギルマスたちの部屋より6畳分ほど狭い。隠し部屋があるからだ。そのことを知っているのは、俺とひとみさんだけ。なぜ俺が知っているかというと、ひとみさんに頼まれて、土魔法と水魔法で用意されたコンクリートをこねて俺が壁を作ったからだ。
「どうぞ、入って。Pちゃんたちはチョコパフェを食べててね」
「了解ピ!」
「キュイ!」
これまた俺が作った無骨な木の扉を開け、ひとみさんが手招きする。俺もう家を作れるな。
隠し部屋は6畳ほどの広さで、本来の壁についているエアコンと加湿器で、室温や湿度はいつも一定。天井近くの壁につけられた採光用の窓からの明かりで、室内は電灯を点けなくても明るかった。
出入り口のドア以外の壁一面に棚が設置され、そこには様々な形のガラス瓶がところ狭しと置かれている。中央に置かれた木の机の上もフラスコや試験管、アルコールランプが置かれ、まるで理科室にようだった。
「これ見てくれる?」
ひとみさんが棚から栄養ドリンクのような茶色い瓶を俺に渡してきた。
生命力回復ポーション(低級):生命力回復30ポイント
蒸留水、フクフク草10枚、セラン草3枚から精製
遮光性小瓶に入れられている
精製日2020/10/05 消費期限2020/12/04
製作者:錬金術師Lv45カリヤヒトミ
「すごいじゃないですか! もう生命力回復ポーションが作れるなんて」
「そう思ってくれる? フクフク草やセラン草の割合や抽出方法で苦労したの」
驚いている俺に嬉しそうに微笑んだ。フクフク草、セラン草共にダンジョンの森林階層に生えている草だ。フクフク草は丸い葉がやや肉厚の四葉、セラン草は逆にギザギザした葉を持つ双葉。Pちゃんが教えてくれなかったら、ダンジョンに生える雑草のひとつでしかなかったポーション材料だ。
いちいち鑑定なんてしないしな……。しかもそのことを知ったのは『鮭』たちのパーティーを追った品川ダンジョンの森でだった。
「そういえばポーションって光魔法以外でも、錬金術で作れるんだろう? 出回ったら俺のポーションが売れなくなったりして。そしたらデザートはもう、つけられなくなるかもな」
と、ちょっとからかったら、
「錬金術師の作るポーションは消費期限があり、航平の作るポーションは消費期限がないですピ。だから売上は安泰で、ひいてはデザートも安泰ですピ!」
「そうだな。そもそも材料が分からないし、調合スキル持ちのひとみさんがダンジョンでレベル上げ続けても、一向に分からないって嘆いてたよ」
「ピ、何を言っているんです航平? ポーション材料はそこにもあそこにもありますピ。何より航平のダンジョンの6階はポーション材料の宝庫ですピ」
「はい?」
「前にも言いましたピ?」
「聞いてませんけど!?」
……まあいつもの事だった。そのことをひとみさんに話すと速攻で俺のダンジョンにやって来て、フクフク草とセラン草、その他Pちゃんが教えてくれた材料を取りまくっていた。その勢いに気圧されていた俺に、
「……特売セール時の航平に似てますピ」
とPちゃんが言うもんだから、
「君たちよく食べるからねえ」
と思いっきり頬ずりしてやった。
「生命力回復ポーションはあと材料を増やして、精度を上げていけば中級もできるのは分かっているのだけど、魔力回復ポーションがどうしてもできないの。せっかくPちゃんが材料を教えてくれたのに。水に入れても、切っても消滅しちゃって」
そう言って机の上に置かれた、土の入った大きな広口瓶に手を入れた。土の中から指ほどの太さと長さの、真珠色のものを手のひらに取り出す。
草食系:ダンジョンミミズ Lv9
ダンジョンの土の中に棲息。落ち葉などを食べ土にする
ダンジョンミミズが体内で生成する草玉は魔力回復ポーションの材料となる
状態:飢餓状態
ミミズというよりはイモムシみたいだ。それに……。
「ひとみさん、こいつ腹減って弱ってますよ」
ひとみさんの手のひらの上で、真珠色のダンジョンミミズはピクリとも動かない。
「え? ほんと? ヤダどうしよう……最後の一匹なのに」
慌てて土の上にそっと置いた。ダンジョンミミズは土に潜ろうともしない。
「何を食べるの?」
「鑑定では落ち葉などを食べるって出てるけど」
「落ち葉ね! ダンジョンにある落ち葉の方が良いわよね? ちょっと行って来るわっ」
「……ちょっと待った! ひとみさん」
ひとみさんがドアノブを掴んだところで引き止めた。
「フクフク草、あげてみれば?」
「え? でも落ち葉じゃ……」
ひとみさんが戸惑ったように振り返る。
「今から取りに行くより早いし、ダンジョンの草なんだから大丈夫かもしれない。だめなら俺が取りに行くよ」
「……分かったわ」
ひとみさんが棚からガラス瓶を取り出すと、フクフク草を一枚ダンジョンミミズの前に置いた。動かなかったミミズがピクリとそれに反応する。
「……食べだした」
ダンジョンミミズがモシャモシャと勢い良く食べ始め、フクフク草がみるみるうちに小さくなっていく。ひとみさんがそっとニ枚目を置いた。
「……はあ、良かった。ありがとう航平クン! あ、そうだ」
ひとみさんがもうひとつのガラス瓶を棚から取り出し、ガラス蓋を開ける。
「セラン草もあげてみましょう」
そう言ってギザギザの葉っぱを、二枚目のフクフク草を食べ終わりそうなダンジョンミミズの前に置いた。
「……食べるわね。好き嫌いなしかしら?」
しばらく次々に葉っぱを食べるダンジョンミミズを眺める。こうして見ると色は真珠色で綺麗だし、カワイイかも……でもテレポの主食なんだよな。
「飢餓状態じゃなくなったよ」
ダンジョンミミズを再鑑定していると、
(航平、チョコパフェがなくなりましたピ。お代わりをくださいピ)
隣のギルマス部屋から、Pちゃんが淀みのないお代わり要求をしてきた。
(ちょっと待って。今ダンジョンミミズにフクフク草の餌やってるから)
(ピ、フクフク草だけじゃなく、セラン草もあげてくださいピ。そうすれば真珠色の『草玉』を土の中に、吐き出しますピ)
(……ん? なに?)
(ですから魔力回復ポーションの材料である『草玉』を土の中に出しますピ。前にも言いましたピ?)
(……)
「あ、土の中に潜ったわ。お腹いっぱいになったのかしら?」
ひとみさんの嬉しそうな声を背に、ギルマス部屋につながるドアを勢い良く開けた。
「聞いてませんけど!?」
「ピャ!?」
読んでくれてありがとうm(_ _)m 今は夜か朝か……わからないッス!




