いつも以上に何か変(美波視点)
「ああ! ちょっと待って!」
ドアの向こうから声がした。
良かった、やっぱり居た。
お弁当が無駄にならなくて良かった。さすがに2つは食べられない。
電話しても珍しく出ないし、居なかったらどうしようかと思ったけど。
でもこう兄は図書館で本を借りるか、滅多に借りないビデオ屋に行くか、数パターンしかないから問題ないとも思ってた。
中でバタバタ走る音が聞こえてくる。
壁が薄いからなー、ここ。
こう兄は気に入っているけど、家を出るほどじゃない。まあ、家からじゃ仕事場まで片道2時間かかるから、こう兄には苦痛なんだろうけど。人苦手だし。
玄関のドアが開き、引きつったような顔のこう兄が現れる。
もしかして…。
靴はこう兄の革靴と汚れたスニーカーしかなかった。
女性物の靴はない。ホッとしたような、残念なような気持ちで部屋に上がる。
玄関を上がってすぐの台所から、ニンニクやバターの良い匂いがした。
フライパンや手鍋はキレイに洗われて水切りされている。
え? もう夕ご飯食べたの?
こう兄に聞くと、昼と夜ご飯と一緒だと答えた。
さては寝てたか、本に夢中になってたな?
お弁当を買ってきたことを言うと、こう兄は夜中にお腹が空いたら食べると、嬉しそうに受け取った。
良かった。じゃあ私は食べちゃおっと。
台所と6畳のフローリング部屋を分けている引き戸を開けると、いつもと変わらないこう兄の部屋だ。
ベッド、背の低い本棚、テレビ、ガラステーブルだけ。
相変わらず物が少ないなぁ。
ふとベッドの上を見ると、柔らかそうな水色の丸いボールが転がっていた。何気なく拾い上げると、黒いつぶらな目と黄色いくちばしが付いていた。鳥のぬいぐるみ?
うわー、ふわふわでサラサラでしっとりー。触り心地めっちゃ良い! ひよこかな? どっかで見たなー。
…って、こう兄、ぬいぐるみと一緒に寝てるの?
台所のほうから、こう兄にあっさり否定された。
私が中学2年の時、こう兄の就職お祝いで久しぶりに外食し、帰りに寄ったゲームセンターでやったクレーンゲームの景品だった。
確か名前は…
「あー、癒やしの手触りピヨピヨちゃん」
こう兄が珍しくお金をたくさん遣っていたから覚えていた。
ベッドの端に座って、ピヨピヨちゃんで遊んでいると、こう兄がお弁当と飲み物を持ってきてくれた。一瞬固まったように見えたけど、気のせいかなー?
こう兄が割り箸ではなく、普通の箸を持ってきた。割り箸は取っておくらしい。
相変わらずのケチぶりだ。こう兄は倹約家なだけだと否定する。
まあ、そうだね。お母さんに仕送りしてるもんね。
あれ? こう兄が眼鏡してない。
どうしたのか聞くと、なんとコンタクトにしたらしい。
びっくりした。目薬もビクビクしながらするし、目に指なんて入れられるかって逆ギレるし、何よりお金がかかると、私がいくら勧めても断固拒否だったのに。
…これは何か、あるね? だって雰囲気がちょっと変わったもん。朝走ってるとか、こう兄ではあり得ないこと言ってるし。
超ど近眼で、眼鏡をかけると小さくなっていた目が、今は普通の細目だ。
これで人見知りがなければ、普通にモテそうなんだけど。
温かいハンバーグ弁当を食べる。美味しいけど、こう兄が作るハンバーグのほうが断然美味しい。
もぐもぐ食べていると、こう兄に来た理由を聞かれた。
へへーん、それはね、4月から始めたコンビニバイトの初給料が出たのです!
だから節約に勤しんでいるであろうこう兄へ、お弁当と好きな物を買ってきた。
でも4月の後半からシフトに入って、少ししか働けてないから、初給料は9000円。こう兄にはお弁当とお菓子になっちゃった。まあ、凄く喜んでくれてるみたいだから良し。
でもお母さんには6800円のブラウスを買ったのは内緒。
「あ、後、袋の中に板チョコ入ってるから食べてね」
こう兄の好物。いかにもチョコレートって感じで、何より安くて良いらしい。
板チョコって言った時、背後のベットの上で何かが跳ねて落ちたような、ボスッという音がして後ろを振り返った。
ピヨピヨちゃんが転がっているだけだったけど、こう兄が突然大声を出すからそっちにびっくりした。
A5ランクのお肉より美味しいお肉を貰ったらしく、持って帰れと言う。
やったー!! そんなお肉食べたことない。
お肉屋さんでバイトしていたこう兄の言うことだから、間違いない。
でもこう兄もA5ランクは食べたことが無いらしい。
もー、いい加減なんだから!
じゃああの台所からした美味しそうな匂いは、そのお肉を焼いたんだね。
こう兄の料理、食べたかったなあ。
家にいた時も色々作ってくれた。料理だけじゃなく他にも手作りしてくれていた。
私が欲しがったおもちゃとか。
こんなの「スーパーメイド☆魔法乙女ルルカちゃん」のステッキじゃない!って、似せて作ってくれたステッキをぶん投げたこともあったなー。子供でした。すみません。
家はお父さんがギャンブルにハマって、私が産まれる準備金にも手を付けたから、のほほんとしたお母さんも堪忍袋の緒が切れて離婚したらしい。
生活は苦しかったけど、借金が無いだけマシと、こう兄が言う。生活は今も余裕はないけど、こう兄が昔から色々助けてくれた。私にとっては兄でもあり、頼れるお父さんだ。口うるさいけど。
それから学校のことや、バイトのこと、お母さんがまたしでかしたこととか色々話していたら、あっという間に8時になった。もう帰らないと。
帰る準備をすると、こう兄が送ると言ってくれた。
もう子供じゃないんだからー。ここから駅まで10分くらいだよ。
大丈夫だと言ったら、中学生に見えるから補導されると馬鹿にしてきた。ひどいっ。
でもほんとに補導されたら嫌なので、送ってもらうことにした。
パーカーを羽織ったこう兄が、一瞬動きを止めた。何か呆然としている。
「どうしたの?」
聞いても笑ってなんでもないと言う。変なこう兄だ。
それからこう兄は、電車の中は痴漢がー、酔っ払いがー、と言いながら電車に乗ってきて、ここまで来たらついでだからと、結局家までついてきた。
泊まっていくものだと思っていたら、出迎えたお母さんにお土産と言ってお肉を渡すと、よく焼いて食べろーと言い残して、さっさと帰っていった。
やっぱり何か隠してると思う。何だかソワソワしてたし。
翌日、こう兄がくれた大きなお肉を、お母さんがステーキにしてくれた。
これが信じられないくらい美味しかった。お母さんも「うわー、A10ランクかしら?」と真顔で言うから、そんなにランクってあるんだ? って聞いたら、さあ? と言っていた。もう、いい加減なんだから!
急いでこう兄電話をかけても、また電話に出なかった。
いつも3回くらいで出るのに…。やっぱり怪しい。
また突撃お宅訪問してやる!
読んでくれてありがとうm(_ _)m今感謝の踊りを練習中