冬馬の誕生日
「あれ? こう兄、さっきお母さんの所にご飯持っていったよ?」
ワインレッドのスカートを揺らし、他の店員さんと共に良く動きまわっている美波が、入り口に立つ俺に近寄って来た。
「うん、美味しかった。Pちゃんとマシロがまだ食べてるから、ここでお茶飲もうと思ったんだけど……無理そうだなぁ」
カフェに入るともう空席がなかった。
「いつもの席、相席頼んでみる?」
「相席?」
トレイを持った美波が、観葉植物で隠れているテーブルに近づく。
「なんだ、冬馬か」
覗くと白Tシャツにジーンズというラフな格好で、冬馬がひとりビッグホーンステーキのセットを食べていた。
「なんだとはなんだよ?」
「冬馬君、こう兄と相席お願いしてもいい?」
美波がトレイを抱くようにして、両手を合わせる。
「あぁ、別にいいけど」
冬馬がぶっきらぼうに答え、向いの椅子に置いてあった自分の荷物をどけ、テーブルの下の棚に入れた。美波にクリームソーダを頼むと、それもいつものね、と笑いながら去って行った。
「悪いな、冬馬。遊びの帰り?」
「こうへーと一緒にするなよ。仕事だよ。仕事」
ほらと、テーブルに置かれた資料を見せてきた。なにかの数式とパーセンテージがびっしり書かれている。
「……さっぱりわからん」
「魔法陣による魔力変換の効率と指向性の計算」
冬馬がステーキを頬張りながら、目を閉じる。美味いんだね?
「ほう、なるほど。さっぱりわからん」
「……俺だってこうへーのダンジョンで、レベル上げなかったら分かんなかったさ」
サラサラした茶色い前髪が、薄い眉にかかるのを無造作にかき上げる。やっぱ性格ひねくれてても、イケメンだねえ、こいつ。いや、その性格も……。
「冬馬、なんか丸くなったな」
「マジで? ……ほぼ毎日ここでステーキ食ってるからか?」
愕然とし自分の顎に手を持っていく。
「そうじゃなくて、性格が」
「なっ!?」
「お待たせしました。はいクリームソーダ。今日はPちゃんがいないから、アイス自分で食べられるね。こう兄」
テーブルにクリームソーダを置いて、ふふっと笑いながら美波が立ち去る。よく働くね、美波も。
「……俺、子供の頃から大体の事が分かっちゃってさ。利害関係しかない人間との関わりも面倒くさくて、全てがつまんなくて。……だけど今、楽しいんだ。定じいさんや徹との道具開発も……人間も」
冬馬が美波の後ろ姿を見つめながら、独り言のように呟いた。
「そっか、良かった。まだ18なのに世捨て人に転職したらもったいないもんな」
はっとしたように俺を見ると、冬馬が顔を赤らめて口を押さえた。
「今のは忘れてくれ……」
いや、忘れないよ? 定爺じゃあるまいし。
「そういえば開発部の試作品の『収納袋』。あるパーティーが使ったんだけど、えらく感動してたらしい。母さんが言ってた。ただ……」
「なんだよ?」
口から手を離し、冬馬が訝しげにバニラアイスをすくう俺を見る。
「もっとこうだったら便利っていう意見も出たんだと」
「……ああ、分かってるよ。間口の広さ、深さ、時間経過ってとこだろ?」
ふてくされてたような冬馬に、スプーンをくわえたまま頷く。
「あと入ってる物が分かったら良い、持ち主識別機能がついたら良いとか」
「何言ってんだそいつら? ゲームじゃあるまいし。10年、20年……一生分からない可能性の方が高い。それこそレベルタグ箱が作られた異世界発行の『魔法陣解説書』なんて物があれば話は別だけどな」
フンッと鼻を鳴らして、ステーキを口に放り込みご飯をかき込んだ。
「ああ、じゃあさ、収納袋まで行かなくても、つぐみさんとコラボして、今売ってる探索者用リュックとか拡張できないかな? 探索者は筋力あるから重さは大丈夫なんだけど、魔石とか水、食料、調理器具、ドロップ品がかさばって、動きづらそうだったんだよ」
「だから無理なんだよ、情報が少なすぎて。誰かとパーティー組んだんだったら、空間庫に入れてやれば良かったじゃん」
「組んでないしっ」
そもそもあんな賑やかパーティーと組んだら胃に穴が開きそうだ。
鍋でカレー作って、匂いで『毒矢蛙』おびき寄せるわ……まあカレー、多分作るだろうと踏んでいたよ、キャンプだから。だからレトルト入れたのに。カレー食べたかったらそっち食えよーって。武器屋部屋で定爺にそう伝えてといったのに定爺言い忘れるし。ボケたな、きっと。
デスサソリ倒した後も『じゃんけん』の話に夢中で、近寄って来た即死性毒の『砂蛇』に気づかないし。
『鮭』とか呼ばれてた奴はリュックのサイドポケットに、俺が用意した魔法のオーブをしまったまでは良かったけど、ポケットの底がほつれているのに気づかず走り出すから、オーブが落ちること落ちること。
ヘンゼルとグレーテルが道に目印を落とすように、砂地にオーブを落として行った。このままだと『鮭』が立ち直れないと思って、進行方向に拾ったオーブを置いても、違う方向行っちゃうし。まあマシロの気配を避けてたということは、後で気づいたんだけど。
4階で待ち伏せて、休憩中に賢者の家からそっと手を出し、ほつれたポケットをビッグスラグの接着剤でくっつけて、オーブをまた元に戻して……。戻し終わった時気づかれそうになって、慌てて手を引っ込めたっけな。そしてあいつらはマシロから逃げ回ったお陰で、駿足スキルを得たという……。
もうその後はほっといて帰ったけどさ。母さんに頼まれたのは宝箱の設置だけだったから、文句も言えやしない。
はあっとため息をついて、カラカラとソーダ水をストローで回す。
「どうしたんだよ?」
最後の味噌汁を飲み終わり、冬馬が無言で両手を合わせた。
「そうしてると18歳の好青年に見えるな。冬馬も」
「からかってんのか? これしないと美波が怒るから、しょうがないだろ……。しかも俺は18じゃない。今日で19だ」
冬馬の言葉にソーダ水でむせそうになった。
「ング……今日? 誕生日なのに、ここで飯くってんの?」
「なにかおかしいか?」
口をペーパータオルで拭くと、冬馬が立ち上がる。
「じゃあな、こうへー」
「……冬馬、お前今日ひま?」
冬馬が今日一番の怪訝な顔を見せた。
「ただいまこう兄、冬馬君もいらっしゃい。ケーキもらってきたよ」
バイトから帰った美波が、手に持った箱を掲げて、ダイニングルームに入って来た。冬馬が椅子に座ったまま片手を上げる。
「お、いいね。母さんは?」
「まだ。もうちょっとかかるみたい。ねえ見てみて、ほら」
箱からホールのチョコケーキを取り出す。上に乗った薄茶色のクッキーに『19Touma』とチョコレートで綺麗な文字が書いてあった。
「チョコケーキですピ!」
「キュイ!」
ダイニングテーブルに乗ったふたりが両手を上げる。
「これは冬馬のだから、切り分けてもらったら食べるんだよ?」
「了解ですピ」
「キュキュ」
「高橋さんが作ってくれたんだよ。あり合わせでごめんねって言ってたけど、さすがだよね」
美波がキッチンの食器棚からコップ、ケーキ皿とフォーク、包丁を持ってくるのを手伝う。
「高橋さんて新しいシェフの人だっけ? 冬馬、オレンジジュースでいいか?」
「ああ……」
「そう。なんとかって創作料理の三つ星店でシェフしてて、独立したんだけど、お店駄目になっちゃって。お母さんがスカウトしたみたい。戦うより、料理作る方が楽しいって、すぐ承諾してくれたらしいよ」
「ふうん。じゃあ今後は色んなメニューが食べられるかもな。なあ、常連の冬馬くん」
「……ああ」
「なによ? 元気ないね」
美波がオレンジジュースを冬馬のコップに入れながら、顔を覗き込む。
「べ、別に! いや……こういうの、慣れてないから。……今まで祝ってもらった事なんて」
冬馬が俯いていると、Pちゃんがポテポテやってきて下から見上げた。
「冬馬も良い匂いのする人間ですピ。大丈夫ですピ」
「……なに? 良い匂いって?」
Pちゃんを見つめる冬馬の肩に、マシロが跳び乗る。
「まあ、色々あっても腐らず頑張ってる人の匂いかな? よしっ! 食べよう!」
「賛成ピ!」
「キュイ!」
「ダメよ、ロウソク……ないわ。こう兄、火魔法よろしく」
「お前、ロウソク代わりか、俺の魔法は」
ブツブツ言ってる間に美波が電気を消す。火魔法の火操作で、ホールケーキの上に19本の小さな炎を浮かべる。美波がその灯りの中歌い出す。Pちゃんとマシロが鳴いて合いの手を入れる。
「はい、冬馬君。吹き消して!」
言われるままに冬馬がフッと息を吹きかけた。そのタイミングで19本の炎を消す。
……結構高難度なんですけど。
「おめでとう! 冬馬君」
「おめでとう、冬馬」
「おめでとうピ!」
「キュイキュ!」
「……ありがとう」
電気がまだついていない暗闇の中、冬馬の嬉しそうな顔は眼調整持ちの俺と美波にはよく見えた。
「じゃあこれ、俺からのプレゼント」
ケーキを食べながら、一冊の分厚い本を冬馬に渡す。
「なに? 洋書?」
黒い革張りの装丁、表紙には金文字が打ち込まれている。
「うん、ある意味洋書?」
「……『魔法陣図解使用法事典』!?」
「お、凄いな冬馬!『解読』『解析』スキルが高いとやっぱり読めるのかぁ。俺さっぱりだったぞ?」
鑑定10でもその言葉の意味が分からないと脳内変換出来ないのは、つぐみさんのスキル『手忠実』で体験済みだった。
「どうしたんだよこれ!?」
冬馬の事典を持つ手が震えている。
「玉に願いをってヤツ?」
読んでくれてありがとうm(_ _)m 縁の下って大変だよね……
誤字報告ありがとうございます! 情けないが有り難い!(土下座)




