解散
「ハアハア……どう? 気配はまだある?」
両膝に手をつき、肩で息をする。魔法のオーブを手に入れてからずっと走りっぱなしだ。
「……いやもう」
八王子王子が汗を拭い、呼吸を整えながら辺りをうかがった。途端にその表情が強ばる。
「……何なんだよ、この気配……まだだ! みんな走れ!」
その言葉にみんながまた一斉に走り出す。もうこれの繰り返し。右へ左へ……3時間は走っている。その間魔物には遭遇していない。八王子王子が上手く避けてくれているんだろう。その気配だけが、執拗に私たちを追ってくるのだ。
「ひぃ! もう嫌やぁー! 甲殻が邪魔で走りにくいねん!」
「はあはあ……蛸、わしが持つぜよ」
大阪蛸に並走しながら高知鰹が手を差し出す。
「はあハア、ほんま?……ってアホか! 調理器具持っとるお前に誰が頼むかっちゅうねん……まあ、気持ちはもらっとくわ。おおきに。大丈夫や。女、子どもが走っとるんや、俺かてまだやれるっ」
「ハアハア……蛸さん、子どもってどこにいるんですか!? あ、もしかして……見えちゃいけない人が、見えてるんですか?」
品川浪人がリュックの肩紐と弓弦を握りながら、大阪蛸に近づき恐怖の表情を浮かべる。
「女だって蛸より体力あるのよ! はあはあ……」
強がってみたけど、もう限界はとっくに超えてる……。
「鮭! 上り階段だ!」
八王子王子が大声を上げた。
「みんな! 上がるばい!」
福岡鮭の言葉にみんな一目散に階段を駆け上がった。
「ハアハア……ハアァァしんどっ……どうや? まだついてきてるんか?」
地下4階の平原エリアには、見渡す限り魔物はいない。
「はあハア……はぁ。大丈夫、消えたみたいだ」
八王子王子の言葉に、みんなが同時にへたり込んだ。
「ハア……とりあえず休むばい。水分補給も」
福岡鮭が水筒を取り出すと、みんなぐったりしながら水を飲みだした。
……ああ、美味しいっ! 水ってこんなに美味しかったんだ。ちょっと落ち着ついて、隣で水を飲んでいた王子に聞いてみる。
「……ねえ、どんな気配だったの?」
「ん? ああ、空間把握を取得してから、気配探知とイメージで合わせたんだ。分かる範囲は狭いんだけど、『M』の文字動いてて」
「『M』ってなんや?」
「魔物かモンスターの『M』だと思う。俺のイメージが多分そのまま反映されてる。みんなは『P』パーティーのこと」
「凄いです! それなら効率的に動けます! いいなあ、僕も頑張ろう!」
「さっきの5階の奴は、その『M』の字が他の『M』より大きかったんだよ。『砂蜘蛛』の10倍はあった。しかも気配が消えては、進む方向に現れるんだ……でもその姿は見えない。マジで怖かった」
八王子王子がゴクリと音を立てて水を飲み込む。みんなが黙り込んだ。そのアルファベットの大きさが、魔物の強さを表しているなら、レベル200くらい? 違うか……魔物の強さも個々で違うんだから、レベルじゃ測れない。しかも姿が見えないなんて……。
もし王子がいなかったら? 剣や弓の達人が一緒にいてくれなかったら、私はどうなってたの? そう考えたら、ぞっとした。
「恐ろしか……パーティー組んでて良かったばい。……ん?」
福岡鮭がはあ……とため息をつくと、後ろを振り返り自分のリュックを膝に置き直した。
「もっと強くなるぜよ……足は引っ張りとうないき。一番年上の俺が」
「あれ? 鰹って何歳だっけ?」
八王子王子が首を傾げる。
「28ぜよ」
「アホか! カツオの読みすぎにもほどがあるやろ!?」
「蛸さん、その場合はカツオじゃなくサバです! ちなみに鰹さんは38歳独身です!」
「う……」
「……浪人、お前よく、冗談が通じひんって言われるか?」
「そうなんです! 真面目だねって。照れますけど!」
「褒めてへんわっ」
「……ふふふふ」
思わず笑いが込み上げた。恐怖が和らぐのを感じる。このパーティー、もしかして最高なんじゃないのかな?
「ねえ、3階に戻ってテント張って、魔法のオーブ争奪じゃんけん、しない?」
私が立ち上がると、みんなが顔を見合わせ勢いよく立ち上がった。
「いいねえ!」
「はい!」
「あ、凪子さん! ただいま戻りました!」
品川浪人がギルマスを見つけ、仔犬のように駆け寄っていく。魔法のオーブを手に入れた次の日に、申請時間より少し早い午後5時、地上へ戻ってきた。品川ギルドのロビーはまだ空いていた。
「壱太君、それにパーティーのみんなも、お帰りなさい。無事に帰られて安心したわ。怪我もしてない?」
ギルマスが悲しそうな顔をして、私たちを見つめる。そんなに心配してくれてたんだなぁ。
「はい、色々ありましたけど、みんなギルマスたちの教え通り、命大事にでやってきました。それとこの革袋ですが……」
福岡鮭が高知鰹から革製の巾着を受け取り、ギルマスに差し出した。
「そうね。まず混んでくる前に、魔石を売ってきたら? ドロップ品は私の部屋で見せてもらっていいかしら? 試作品やテントの感想も聞きたいの」
ギルマスの言葉にみんな頷き、カウンターに置かれた『魔石鑑定器』の魔法陣に福岡鮭が手首の印を押し当てた。パーティー分配でいいか確認画面が現れ、オッケーの青いボタンを押す。小さな青い光が点滅するのを確認してから、みんながそれぞれ魔石を中に入れていった。
「結構な量がありましたね! いくらになるんでしょう」
みんなで液晶画面を覗き込む。カランッカランッと魔石がどこかに落ちる音と共に、機械の中の魔石は減って行き、つらつらと、魔物の名前と買取価格が画面を上っていく。5分ほどしてようやくすべての魔石がなくなった。青色の点滅が、緑色の光に変わる。
「ひとり4万4千5百円ぜよ。飛行機代引いても良い稼ぎになったき」
高知鰹が嬉しそうに呟く。私も往復の飛行機代が余裕で賄えて随分プラスだわ。
「まだ甲殻とか色々ありますから、もうちょっと増えますよ! 交通費すみません」
東京住みの品川浪人が申し訳なさそうに言う。
「ええねん、気にすんなや。品川ダンジョンを選んだんはみんなや。それにここで良かった思うとる」
大阪蛸が品川浪人の頭をポンポンと叩く。
「じゃあみんな、カウンターの後ろの部屋に来てくれる?」
カウンターのハネ板を上げて、ギルマスが手招きした。
「テントは中にも布が張ってあったほうが良い……と。試作品のバッグはもっと大きな物が入れられたり、中に何が入ってるか分かったほうが良い。背負いにくい。弓や槍が入るようになればいい。時間経過がどうなっているのか知りたい……。こんなところかしら?」
キルト地のソファーに腰掛けた私たちが頷くと、
「冬……開発部が聞いたら、ちゃぶ台ひっくり返しそうね」
ププッとギルマスが横を向いて笑う。言葉の割には楽しそうな笑い声だけど……。
ギルドマスターの部屋に初めて入ったけど、ウッドテイストの、素朴でほっとするような部屋だった。多分各ギルドで部屋は違うのだろう。紅音姉様の部屋にはきっと鳥居があるに違いない。
「じゃあ買い取ったドロップ品のお金は、それぞれに分配振り込みしとくわね」
「はい。あの……ギルマスこれ」
福岡鮭が木目調のテーブルの上に、黒い玉を置いた。
「闇魔法のオーブです。このパーティーには適性者がいませんでした。みんなで話し合って、売ってもいいかって」
福岡鮭の言葉にみんなが頷く。
「そう、じゃあギルドが買い取らせてもらうわね。でもせっかくの宝物、良かったの?」
「とって置こうかとも思ったんですが、このパーティーで適性者がいないなら、持ってても意味がないし、それぞれにひとつずつ、魔法も覚えられましたから大丈夫です」
福岡鮭がにっこり笑う。
「わかりました。魔法のオーブは適性の関係もあるから、今は値段がつけられないけど、売れたら、ということでいいかしら?」
「はい! よろしくお願いします」
みんなで一斉に頭を下げた。
ギルドマスター室を退出してから、水とカレーのお礼をしようと武器屋に行った。けど、おじいさんはおらず、代わりに若く可愛い女性が出てきた。何よりTシャツを押し上げるおっきな胸に、男性陣は釘付けだった。
「へえ、わざわざお礼に? いいね! 義理堅くて。でも私たち臨時でここにいさせてもらってるだけだから気にしないで。それに用意したのおじいちゃんじゃないだろうし。それより剣鉈とか弓、斧、使いにくいところとか、こうしたらもっといいとか、ある?」
ニカッとその女性が笑った。それから武器や防具の話をして、念願だった『ビッグホーンステーキ』を食べにカフェに向かった。夕方6時くらいだから、まだそんなに混んでいなかった。
『ビッグホーンステーキ』はどうだったかというと……うちのピザももちろん美味しいけど、はっきり言って激ウマ! もうみんな無言で、貪るように食べてしまった。
時々水を入れに来てくれるカフェの女の子を、またまた男性陣はチラチラ気にしてたけど。すごく可愛い子だから、わからなくもないけどね。品川ギルドはカフェ店員も顔で選んでるのでは!? とか思っちゃうわ。
私がみんなの代わりに歳を聞いてあげたら、16歳だった。高知鰹があからさまにガッカリしてた。
「……じゃあみんな元気でね!」
混んできたロビーの一角で、私が左手を差し出す。
「ああ、元気で」
「ほなさいなら」
「また会おうぜよ」
「寂しかぁ」
「僕、凄く楽しかったです!」
みんなが次々に手首を掴み、最後に私が、品川浪人の手首を掴んだ。パーティーが解散され、タグスクリーンにはまた自分だけになった。
「ほんと、楽しかった! またいつか夜に、馴染みの場所で会いましょう!」
「おう!」
「はい!」
こうして私たちの2泊3日強行宝探しオフ会は、幕を閉じたのだった。
「母さん……ちょっと人遣い荒くない?」
あの賑やかパーティーが帰ったと連絡を受け、俺がギルマス室に来たのは18時。
「ピ! 航平! こんなにご飯を用意してくれた母さんに、何を言ってるんですピ!」
「キュイ!」
「ふふっ、さあどうぞ召し上がれ。ふたりにもたくさん協力してもらっちゃったものね。じゃあ航、どうだったか、教えてくれる?」
母さんが楽しそうに笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 長かったかなー……でも分けたくなかったんだよ。ごめんね?
誤字報告ありがとうございます!




