宝箱発見
「右からサソリ! レベル15から20! 尾での薙ぎ払い、溶解液噴射! 弱点はお腹から下!」
ショベルカーのように尾を持ち上げ、黒い『デスサソリ』が、砂地をなでるように近づいてくる。魔物鑑定情報で覚えた知識を大声で告げる。鮭、蛸、王子はファミリータイプのワゴン車並に大きい『砂蜘蛛』と剣鉈で戦っている真っ最中だった。
3人の後ろを取られたらマズいわ!
戦闘中の3人から距離を取るよう、砂に足を取られながら走り出す。迫ってくるデスサソリに浪人が矢を3本続けざまに放った。硬い甲殻に覆われている背中と尾に魔鉄の矢じりは深々と刺さり、スピードが一瞬落ちる。
目にも止まらぬ早さってきっとこのこと。
「ふんっ!!」
そのタイミングを見逃さず、横から高知鰹が左のハサミの根元に斧を振るう。
ザシュッ!
デスサソリのハサミが切り落とされ、ドサッと地面に落ち淡く光って消滅した。
「ナイスです! 鰹さん! やあぁ!」
動きを止めたサソリのもう片方のハサミを、すかさず品川浪人が剣鉈で叩き斬る。両手を失ったサソリがギギッと鳴きながら、尾を前に突き出した。
「下がって! 溶解液よ!」
二人が素早く反応し、後方に下がる。デスサソリの尾の先、槍の穂先のような棘から透明な液体が噴射され、乾いた砂地にジュウッと跡を残す。それを横目で確認しながら、デスサソリの背後に回り込んだ。
尾を二人に向けているから、裏のお腹から尾までの柔らかい部分がガラ空きだ。
「風斬り!」
片手を振って風魔法2の風の刃を放つ。高々と持ち上げられていた尾が、甲殻一枚残してぶらりと垂れ下がった。ギジジ……と呻くようにデスサソリが光って消滅していった。
「おお! やっぱカッコええなあ! 魔法は!」
「やったね、バタ子」
「やったばい!」
砂蜘蛛を消滅させた3人が駆け寄ってくる。
「全然よ。せっかく二人が動きを止めてくれたのに、切断もできなかった。でも魔力はまだ92残ってるからあと9回撃てるわ。どんどん使って魔法の威力上げて、レベルも基礎魔力量もー」
魔力回復ポーションも念の為2本持ってきている。ブツブツ呟いている私の肩に、大きな手が置かれた。
「焦ることないぜよ」
「そうです! まだ5階の宝箱も見つけてません!」
高知鰹と品川浪人がニコッと笑う。
「……そうね。ごめん。じゃあドロップ品の回収して行きましょうか」
『デスサソリ』のドロップ品は硬い黒色の甲殻。1メートル四方の甲殻が3枚もドロップした。胸当てや鎧に人気の素材だから、1枚2万円、3枚で6万になる。あとはSサイズの卵くらいの魔石。これもEランクの魔物としては、買取価格が3万円と高額だ。危険魔物として分類されてるから、放置して魔物のレベルが上がっても困るらしい。
「やりましたね! 僕、素材を見るのは初めてです!」
「みんな見てみー!『砂蜘蛛』のドロップは……魔石だけなんやでぇ。すんまへん」
大阪蛸があははーと頭をかきながら、手のひらに載せたミカンサイズの魔石を見せてきた。
「『砂蜘蛛』はレベル18から25。あなたたちじゃなかったら、倒せなかったわよ」
「悔しいがバタ子の言う通りぜよ」
特に福岡鮭と八王子王子の剣さばきは凄かった。それぞれレベルが上がって、剣技も3に上がったと言っていたけど、こんなにも私の剣技1と違うものなのね……。大阪蛸も剣技2。その内すぐ3に上がれそうなほど上手い。
そして羨ましい事に八王子王子は、空間把握1というのも取得している。ダンジョン情報には簡単なスキル情報しか書いていないから、スキルは自分で掴んでいくしかない。
「確か『砂蜘蛛』の魔石は2万円で売れます! もし『砂蜘蛛の糸』がドロップしてたら買取価格が8万だから、幻の合計10万円です! 凄いです!」
「なんやろか……凄さも幻だったような気ぃしてきたわ……」
品川浪人の言葉に大阪蛸ががっくりとうなだれる。
「今戦っただけでトータルー」
私が親指を曲げ、9本指を出すと福岡鮭が頷いた。
「トータル11万ばい。これまでのも合わせれば約30万、ひとり5万たい。あとはボーナスと思って、命大事にを最優先で行くばい!」
福岡鮭の言葉に、みんなが笑って頷いた。
「で、この『デスサソリ』の甲殻。誰が持つ?」
八王子王子が転がっている黒色の甲殻を指さす。
「あ、そうやな」
「ギルマス革袋には入らんぜよ? カレーの鍋も入らんき」
革袋に入るのは30センチの幅以内。長さも品川浪人の弓が弾かれたから、1メートルも入らなそうだった。
「じゃんけんかな?」
八王子王子が手を出す。それぞれが同じように手を出した。
「よっしゃ! やるでー」
じゃんけんほい! じゃんけんしょっ! いんじゃんほい!
「待てーい! かけ声なんやねん!?」
「だってじゃんけんは、しょっ!がつくし! 蛸のいんじゃんほいってなに!?」
じゃんけんはどうやら地域性があるらしい。じゃんけんについて白熱していると、八王子王子がちらっと後ろを振り返った。
「なに? どうしたの?」
「いや、今なにか気配があったような気がしたんだ」
「そう? 何もいないけど……」
後ろも前も、砂漠並の砂ばかりだ。
「ああ、気のせいかな」
八王子王子がにっこり笑った。
「ダンジョン地図によれば、この先は砂地から草原に変化するはず……」
砂地は体力を消耗する。
「なあ、ちょっと休もうや」
デスサソリの甲殻を置いて、大阪蛸がその上に座り込んだ。八王子王子はあたりを見渡し、意識を集中している。
「なにかわかりましたか?」
「うーん、気のせいかもしれないけど、あっちが気になるんだよね」
みんなが進もうとした北側ではなく、西側に顔を向ける。砂地がどこまでも続いている方向だ。
「じゃあそっち来るけん」
「そうね」
「行くぜよ」
「行きましょう」
「ちょい待ちぃや……」
大阪蛸が慌てて立ち上がると、敷いていた甲殻の砂を払い、くくりつけた紐を肩にかけた。
「でも確証があるわけじゃないよ?」
戸惑ったように八王子王子言う。
「気配探知3、空間把握1、凄かぁ。王子が歩く時も集中してんの、みんな知っとるばい」
みんながうんうんと頷く。スキルは持って生まれたものもあるけど、ほとんどが努力取得。意識して取得向上させていくもの。ギルマスたちからそう教わり、私たちがガイドした新人探索者たちにもそう伝えていた。
「そっか。……信じてくれるんだ。俺のこと」
「まあパーティーメンバーやからな。ほれ、これやるわ」
大阪蛸が八王子王子の手の上で缶入りドロップを振ると、コロッとピンクの飴が転がり出た。
「お、いちごの飴ちゃん、うまいでー。疲れた脳にはピッタリやろ」
大阪蛸がニシシと笑った。
「あ! いいなあ、僕にもください!」
「ズルい、私も欲しい」
「飴ちゃんは大好きぜよ」
それぞれが手の平を差し出すと、お前ら……と呟きつつカラカラと飴を出してくれる。
「ええ!? 僕ハッカ苦手なんです! 取り替えて下さい!」
「やった、ブドウとレモン、2個出てきた」
「やっぱバタ子は幸運に恵まれとるばい」
「一個返せや」
「嫌よ、ケチ蛸。浪人、ハッカとブドウ取り替える?」
「やった! ありがとうございます!」
「チョコ味、レアドロップぜよ」
「プッ! あははは!」
私たちを見ていた八王子王子が、急に笑いだした。あら、こんなに笑うの初めて見たわ。
「俺の飴ちゃんが……。ま、ええか。糖分補給もしたし、ほな行こか」
「おう!」
「はい!」
西側に進路を変更し、私たちは歩き出した。
「皆さん! あれなんでしょう!?」
それはどこか秘密の部屋でも、岩場の陰でも、強い魔物が守っているわけでもなく、ぽつんと砂地の上にあった。木でできた、どこかで見たことがあるような箱。
「なにって……あのフォルム、宝箱やないか!?」
「ちょっと待って!」
大阪蛸が走りだそうとするのを、八王子王子が止める。
「罠があるかもしれない。慎重に行ったほうがいい」
「……せやな」
そろそろとみんなで宝箱に近づく。ミミックじゃないことを祈って、おかしな罠がないか警戒して。
コンッ……
福岡鮭が、魔石を宝箱に当ててみる。動きはない。
「気配探知にも魔物の反応はないよ」
八王子王子が大きく息を吸った。宝箱を6人で囲み、お互いの顔を見合わせ頷きあう。
「……じゃあ、開けるばい」
福岡鮭がかまぼこ型の上蓋に手をかけ、ゆっくりと上に押し上げた。
「……これは」
中を覗き込んでみんなが息を呑んだ。
「魔法のオーブ……」
宝箱の底には、見覚えのある青いビー玉。そして……。
「おいおい、ウソやろお……一個じゃないんか?」
宝箱の底には、青い風魔法のオーブ、光っているオーブ、水色のオーブ、その他にも赤、黄色、茶、黒。全部で7色のオーブがあった。
誰もが黙ってオーブを見つめる中、
「これは『全魔法オーブセット』でしょうか!?」
と、品川浪人がみんなに聞いてきた。
「そんなお得なセットがあるかい……いやありました、ここに」
「俺、火魔法がいいばい」
「私だって」
「わしは、水魔法か土魔法を覚えたかったぜよ。仕事の林業に役立つき」
「え? 鰹さん、林業だったんですか? 僕てっきり漁師さんかと思ってました!」
「……みんな、とりあえず魔法のオーブを回収して、安全な場所に移動しないか」
辺りを警戒しながら、八王子王子がみんなに立つよう促した。
「さっきはなかった気配が急に現れた。なにかいる。早く行こう」
その言葉に福岡鮭が7個のオーブを緊張しながらも、丁寧にリュックのサイドポケットにしまう。行くばいっと福岡鮭の小声の合図で、みんな一斉に駆け出した。
読んでくれてありがとうm(_ _)m お気づきであろうか……




