試作品
「おはよう、壱太君。今からみんなで潜るの?」
体の線も目も細い、黒いスーツ姿の綺麗な人が、パーティーと魔物よけテントのレンタル申請をしていた私たちに声をかけてきた。
「凪子さん! おはようございます! そうなんです! みんな各ギルドのトップランカーなんですよ? 凄いでしょ!」
浪人の元気な声に、周りにいた探索者たちがちらちらとこっちを見る。
「ちょっと浪人! 余計な事は言わなくていいのっ」
思わず黒いツナギを引っ張った。
「え? なんでです?」
「諦めえや、バタ子。こいつは純粋真っ直ぐ君やで」
大阪蛸がため息混じりに首を振っていると、
「初めまして、高知ギルドでトップ張ってるイノウエです。品川ギルドの受付の方ですか?」
と、きりっと日に焼けた顔を引き締め、高知鰹が一歩前に出てきた。
「鰹さん、ギルドマスターですよ? そちらの人」
八王子王子が苦笑いしながら言う。
「へ? あぁ! 凪子さん!? これは失礼をっ」
そう言って高知鰹がまたスルスルっと後ろに引っ込んだ。
「なにしてんねん、鰹は……。ギルマス、これから2泊3日で宝探しなんですわ。他にテント使ってはる人、いてますか?」
ふふっと憂いを帯びた笑いを浮かべ、ギルマスが大阪蛸を見る。
「今はまだソロには貸し出してないし、パーティーでのテント申請は貴方たちが初めてね。持ち物は武器屋で揃えたほうが良いわ。それと毒消し剤と増血剤、低級、中級回復ポーション各1本ずつは必須よ?」
ギルマスの言葉を真剣に聞いていると、
「お待たせしました。皆さんの登録確認が取れました。こちらが『魔物よけのテント』3点になります」
受付嬢がにっこり笑って、カウンターの上に黒いテントが3つ置いた。ポールも金具も付いていない、ただの折りたたまれた黒い布だ。
「これが、テント?」
みんなが戸惑っていると、
「あら、3つもレンタルしてくれるの? そうね、女の子がいるから3人用を2つじゃ駄目ね……あ、そうだ」
ぽんと手を軽く合わせ、カウンターにあったメモ用紙に何かを書くと、大阪蛸に渡した。
「これを武器屋に渡してくれる?」
「なんや……なんですか?」
「ちょっと試作品があって、みんなの感想が聞きたいの」
ギルマスがにっこり笑った。
「はあ、わかりました」
大阪蛸がメモ紙をグレーの防刃胸当ての隙間に入れ込んだ。
「みなさんが各ギルド初登録者なのも知ってるわ。他の人に教えてくれてありがとう。今はもうガイドする方が順番待ちなの。それだけ、貴方たちの教えが語り継がれたということよ? その最初貴方たちがパーティーを組むのなら、ギルドとしても安心です」
「はい」
ギルマスの言葉に、品川浪人がなぜか手を上げた。
「あの、僕は3階までこのダンジョンに潜ってますけど、迷子になったら怖いし……。僕は本当は怖がりで、だからこうしてみなさんと潜れて……僕、嬉しくて」
言葉を詰まらせ俯いた。
「ほらほら、まだ始まってもないんだから。しょうがないわね」
「同じだよ。低層階に行くにはレベルもそうだけど、時間的な制限もあるし、恐怖もある。気持ちは同じ」
私がポンポンと頭を叩くと、八王子王子が、肩に手を置く。
「ああ、そうたい。ひとりでヤラれて、迷子になって出られなくなったらって、いつもビビっとるばい」
「……わしは初めての東京で迷子になったけえ。怖かったぜよ」
「なんの話や……」
「おんしゃらとなら迷子も怖ないって話ぞ!?」
「分かりづらいわっ」
「……ありがとうございます! そうですね! 迷子もみんなとなら怖くないです!」
「あらみんな。迷子は駄目よ? ちゃんと地図を持っていってね。最新版」
わいわいうるさいみんなに、眉を下げて笑いをこらえたようにギルマスが微笑んだ。
「じゃあ王子と蛸、俺が前衛、中衛にバタ子、浪人は弓で援護、鰹はタンク頼むばい」
必然的に一番レベルの高い鮭がリーダーシップを取る。みんなが緊張した面持ちで、こくりと頷いた。品川ダンジョンに入るのは、浪人と王子の東京組以外初めてだ。
「みんなソロでやってきたから、攻撃力はあるっちゃ。とりあえずのフォーメーションたい。戦いながら自分に合う位置見つけていくばい。ぬかるみにいぼらんよう気いつけ」
いぼらんってなんだろう。……気をつけるよう言ってるからまあいいか。
足元はぬかるみ、天井を見上げれば低い雲が垂れ込めている。眼調整1をみんな持っているし、ダンジョン情報にも、地下5階まではライトがなくても大丈夫と書いてあった。特に暗さは感じない。ただの『今日の天気は曇りです』だ。
だから大丈夫……。ふうっと息を吐き、みんなの背中を見る。気配探知2を持っている王子が先頭だ。
「この階には『ビッグティック』という、噛まれると血が止まらなくなる大型犬並のダニがいます」
「レベル4から7の魔物、攻撃パターンは噛みつき、ジャンピングでの体当たり。弱点は腹部への物理攻撃、魔法攻撃全般」
ダンジョン情報の言葉をブツブツ唱えると、隣を歩いていた品川浪人が嬉しそうに笑った。
「さすがバタ子さん、完璧ですね。あとムカデ、ナメクジ。あ、この『ビッグスラグ』はうちのコタツくらいの大きさなんですけど、ネバネバ粘液吹きかけてくるから気を付けてください。捕まったら溶かされて食べられちゃいます」
「八王子では3階層にいるよ。でももっと小さい、それこそ中型犬並」
「高知にはおらんぜよ」
「大阪にもいてへん。そんなえげつない魔物がおるんか、東京には」
前を歩く大阪蛸が振り返る。
「北海道にもいないけど、ダンジョン情報にはシングルベッドサイズの『ビッグスラグ』がいるって書いてあったわ。もっと下層にいるのかな?」
「そうやろ、きっと」
「みんな、魔物だ。何かはわからないけど数匹、100メートル先」
先頭を歩いていた八王子王子が立ち止まる。
「じゃあみんな……命大事に!でいくばい!」
「おう!」
「はい!」
福岡鮭、八王子王子、大阪蛸が走り出す。品川浪人、高知鰹、そして私も、その頼もしい背中の後に続いた。
レベルがそれぞれひとつ上がったところで、地下3階に到達。品川浪人が休む場所があると案内してくれた、森が少し開けた崖の大きな窪みに、今日はテントを張ることになった。地面は平らな土だし、ここなら背後も空も気にしないで済む。
「おんしゃら、強いぜよ。わしひとりじゃあ、あんなどでかいイモムシ、無理」
背負ってたリュックを下ろし、ハァ……と高知鰹がしゃがみ込む。
「僕もいつもやっとですよ! やっぱりパーティー組むとあっという間です!」
「ねえ、とりあえずテント張って、火でも起こす? ダンジョンも夜が来るのかな?」
森の中は夕暮れのような薄暗さだったが、火をたくほどではない。
「賛成、夕飯作るのに使うやろ。とりあえずテントを……」
大阪蛸がたすき掛けにしていたバッグを地面に下ろし、きゅっと締まった口の紐を解いた。そして手を差し込んだ状態で動きを止めた。
「どうしたのさ? 蛸」
八王子王子がその手元を見る。
「……武器屋の爺さんにギルマスのメモ渡したら、テントをこの革の巾着みたいなバッグに入れてよこしたよなあ」
「え? なによ? もしかして入れ忘れ!?」
そういえば3つのテントを入れている割には、バッグが小さいような……。
「ええ!? それは大変なことですよ!?」
「いかん、そりゃいかんぜよ……」
「違うねん、テントはあるねん……」
そう言って、大阪蛸が革袋から黒い布を取り出した。
「ちょっと、脅かさないでよ」
みんながほっと息をつく。大阪蛸が3つテントを取り出し、さらにガサゴソ手を動かす。
「なにやってんの?」
八王子王子が手元を覗きこもうとした時、巾着から手鍋、カレー皿6枚、レトルトカレー6個……と次々に地面に置いていった。
「おまん……なにしちゅうが?」
高知鰹が呆然と、巾着袋の前に並べられた品物を見て呟いた。
「……なにって、こっちが聞きたいわ」
明らかに容量オーバー……。これじゃあまるで……。
「わあ、見た目よりいっぱい入るんですね、その巾着! まるでアイテムボックスみたいです。僕カレー大好きなんです!」
品川浪人が嬉しそうに言った。
「それだ!!」
5人全員に指をさされ、品川浪人がなぜか両手を上げた。
「はい?」
読んでくれてありがとうm(_ _)m またノロノロですが……好きなんだ! こういうのが(;一_一)




