長すぎた1日目
「こう兄、遅いよっ」
玄関のドアを開けると、制服姿の美波がスーパーの袋を持って立っていた。
「いや遅くないだろ。むしろ早い。どうしたんだ? 急に」
「何してたの? 彼女とか…はいないね。靴ないから」
俺の言葉を完全スルーし、革靴を脱ぎ上がってくる。
相変わらず人の、いや、俺の話を聞かない奴だ。
「あ、何かいい匂いがする。夕ご飯もう食べたの? 6時半だよ?」
びっくりしたように俺を見る。
おーおー、ただでもでかい目が更にでかくなって落ちそうだ。
美波は二重で目が大きく鼻は小さい、まあ身内びいきを差し引いても可愛いだろう。
目は父親似で後は母親似だ。父親似と言うと嫌そうな顔をするが。
ちなみに俺はすべて母親似だ。目が細く薄い顔をしている。
「まあね、昼夜兼用だ」
「なんだ、お弁当買ってきちゃったよ。一緒に食べようと思ってさ。たまには食事作りから解放してあげようと思ったのに」
「お、ありがとな。また夜中に減るかもしれないから有り難く貰っておく。美波は食ってくか?」
「そのつもり」
俺にスーパーの袋を渡して引き戸を開け、部屋へ入っていった。
行ったぞ、Pちゃんっ
スーパーの袋からハンバーグ弁当を取り出しレンジに入れる。耳は隣の部屋に全集中だ。
「こう兄、ぬいぐるみ買ったの? 一緒に寝てるっ」
部屋から美波の声がする。
「寝てねーよ。前からあっただろ? 一緒にクレーンゲームやったじゃないか」
お茶をコップに注ぎながら答える。
「あー、癒やしの手触りピヨピヨちゃん」
弁当が温まり、お茶と一緒に部屋へ持っていく。
「よく名前まで覚えてる、な…」
そこにはベッドに腰掛け、Pちゃんをお手玉のように上へ放り投げてはキャッチしている美波と、されるがままになっているPちゃんがいた。
Pちゃんは完全に「癒やしの手触りピヨピヨちゃん」になりきっていた。
くうう、Pちゃん、耐えてくれ。目が死んでるけど。
「だってケチなこう兄が2000円も遣ってたんだもん。覚えてるよ」
「俺はケチじゃない。倹約家だ。ほら、食べなさい」
テーブルの上にお弁当とお茶、箸を置く。
「あれ? 割り箸入ってなかった?」
「家なんだから俺の箸でいいだろ? 割り箸は取っておく」
「ケチ「倹約家」」
「まー、確かにケチじゃないね。お母さん、毎月の仕送り助かるって言ってたもん」
美波はPちゃんを置くと、ベッドを背にテーブルの前に座った。
「うん? まあ少しだけどな」
給料が少ないから、渡せる金も少ない。
「まさか、お金かかるから彼女作らないんじゃ…あれ、そういえば眼鏡は? こう兄」
弁当の蓋を取りながら、美波がじっと見つめてきた。
「ん? ああ、コンタクトにしたんだよ」
「こう兄が!? 目薬も怖がるのに!?」
「怖がってない。苦手なだけだ。眼鏡の度も合わなくなってきたからさ」
「ふうーん、こう兄がねえ」
ハンバーグを食べながら、美波がまだジロジロ見てくる。
「なんだよ?」
「ねえ、何かあった? というか鍛えた? 雰囲気がちょっと変わった」
おう、レベルは今11だ。
「何も…ああ、ちょっと朝走り始めたからかな」
「走るう? 寝てるか本読んでるか映画観てる、こう兄があ?」
さすが妹、俺の生態をよく知っている。
「良いだろ、別に。で、今日はどうしたんだ?」
「え? あー、今日アルバイトの初給料が出たから、さ。こう兄にご飯奢ろうと思って。学校の帰りに来たんだよ」
美波はこの春、実家の最寄り駅近くのコンビニでバイトを始めていた。
「で、弁当か…。電車で1時間もかけて。こりゃあ有り難く頂かないとなぁ」
「またおじいちゃんみたいな言い方して」
あの小さかった美波が、初給料で…泣けるだろ、普通に。
「あ、後、袋の中に板チョコ入ってるから食べてね」
ボスッ
「ん?」
ベッドから音がして、美波が後ろを振り返る。
「ああ、そうだ! 美味しいお肉貰ったんだよ! 持って帰って母さんに焼いてもらえ!」
俺が声を上げると、今度は俺のほうを振り向く。
「何、こう兄。急に」
「いや、美味しい肉でさ。A5ランクより美味いぞ?」
「えー! 私A5ランクなんて食べたことない」
美波が目を輝かせる。
「俺もない」
「えー、いい加減」
美波がけらけら笑う。
それから美波の学校や、アルバイトの話、母さんのいつもの天然ボケの話をした。
俺は台所で話を聞きながら、空間庫から取り出した特上サーロイン1キロをラップに包み、スーパーの袋に入れておく。
「じゃあそろそろと帰るね」
美波が立ち上がる。
「そうか、じゃあ送るよ」
「いいよ、駅まで10分ちょっとだし」
「アホか、そんな制服姿でウロウロしてたら補導されるぞ? お前は黒髪のひとつ結びだから、中学生に見える」
「失礼なっ」
「よし、行こう」
俺も立ち上がりトレーナーの上からパーカーを羽織った。
あ、俺ノーパンだった。
今この状態で、窓を開け、干してあるトランクスを取り、それを穿くことはできない。
「どうしたの?」
美波が首を傾げる。
股の不安感か妹の安全か、もちろん後者だ。
「なんでもない。行こう」
俺たちは家を出た。
結局、美波を電車で1時間かかる実家まで送り、母さんに肉を渡して、泊まっていけとの誘いを断り、更に帰りにスーパーに寄って帰った。
俺の違うレベルが上がった。
「ただいま」
「お帰りなさいピ」
飛んで出迎えてくれたPちゃんは、茶色に汚れていた。台所の袋の中にあった板チョコが剥き出しになっている。
「チョコ食べてねってミナミが言いましたピ…ピ!?」
俺は無言でPちゃんを掴むと、風呂場に向かった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝MAX




