ギルドとして
「すまないね、田所くん。それとマシロちゃん、Pさんも」
徹さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ゆっくり休んだから気にしないでください」
『賢者の家』に朝9時に入り、戻ったのが夜9時。丸々2日と半日いた事になる。もうすぐ夜の10時になろうとしていた。
「キュイッ」
「ピ、マシロもいつでも呼んでと言っていますピ」
ほんとか? Pちゃん……。マンションの自室に戻ると徹さんから連絡が入っていた。出来ればマシロの転移で千駄木家に来て、千駄木オヤジと徹さんを連れ出して欲しいとの事だった。
「ちょっと自宅を公安が張っていてね。守ってもらっているとはいえ、つけられても面倒だし、何より田所くんのマンションは秘密にしておきたいんだ」
「そうしてくれると俺としても助かります。転移の件はマシロもレベルが上がって、一日に10回は出来るようになったし、人数も5人までに増えたから大丈夫ですよ」
ちなみに今のマシロのレベルは89。今まで確認した魔物の中では断トツで高い。パワーアップに比例して、食事量もパワーアップしたけどね……。
マンションのダイニングテーブルの上には、鰻重、エビピラフ、蟹クリームコロッケ、フルーツタルト、チョコレートケーキのバニラアイス添え……ふたりの好物が並んでいる。すべて三好さんの手作りだ。こんな手間のかかる料理を持たせてくれたことに、逆に恐縮してしまうな。
「じゃあPちゃんたち、俺たちは会議室に行くから食べてて。徹さん、オヤジさん」
両手を合わせ、いただきますをしてから食べ始めたふたりを、ニコニコして見ていた千駄木オヤジと徹さんを促す。
「う? うむ。そうだった」
「ああ、そうだね」
名残惜しそうにダイニングを後にし、階段を上がる。
「ところで田所くん、最近タグに触ったかい?」
突然後ろから徹さんが聞いてきた。
「ええ、まあ。今日の午前中に一回確認しましたよ。随分探索者が増えましたよね。確か3989人」
「3986人になった」
階段を上りきったところで、千駄木オヤジがふんっと息を吐いた。
「え?」
「探索者に死者がでた」
立ち止まった俺の横を千駄木オヤジと徹さんがすり抜け、会議室のドアを開けた。
「ギルマスたちにはそれぞれ、探索者、スタッフの帰宅を確認したらマスター室に待機してもらうようにしてるんだ。リモート会議をするよ」
徹さんが軽く頷いて、立ち止まったままの俺に、中へ入るよう促した。
「待たせた。始めよう」
徹さんがパソコンを操作すると、スクリーンが6分割され、それぞれに雁屋三姉妹、遠野親子、紅音さん、母さんがやや緊張した面持ちで映し出された。右下の母さんの後ろに、なぜかちらちらと美波が映り込む。
何やってんだ? 美波は。ああ、飯食ってるのか……。
「みんなにも確認してもらった通り、探索者から初の死者がでた。情報によるとアメリカ軍人、3人共にGランク、場所はバージニア州アーリントンダンジョン地下4階」
画面中央にアーリントンダンジョンの前で、慌ただしく動いている人たちの動画が流れる。
「でもタグスクリーンには『dead』と出ませんでしたが」
紅音さんの整った眉の間にシワが寄る。
「それは相手のタグを触った事がある者に通知されるらしい。そうなんだろ? 航平くん」
「……ええ、最初にタグをつけた俺たちは、皆相手のタグを触っています。澤井さんが『lose』した時、徹さんたちには通知され、その日にタグをつけた紅音さん、冬馬、櫻井先生には通知されなかった。一度パーティーを組んだ人、自分のランキング、レベルを相手に見られてもいいとタグを触らせた人に通知されるそうです。失われた世界では、探索者たちはよく友人に自分のタグを触らせていたそうですよ。自分に何かあった時、気づいてもらえるように」
Pちゃんに知らない探索者のLDK『lose』『dead』『kill』報告受けてもどうすればいいのかと聞いた時、言われたことだった。
「じゃあ『魔石鑑定器』を利用している探索者は、ギルドのパソコンになにかあれば通知されるのね」
母さんが悲しげに言う。それは本当に悲しんでいる顔だった。何も通知が来ない事を願っているんだろう。
「……後にこの3名が他国の工作員と判明。爆弾は持ち込み禁止になっていたが、銃器に仕込んでいたらしい。ダンジョンの爆破前に魔物にやられたんだろう。ダンジョンは幸い無傷だからな」
「バージニア州アーリントンのダンジョン……そっか、ペンタゴンだ」
美津さんがはっと口を押さえた。
「ああ……。そんな事をしている場合じゃないのに……」
美津さんの様子でなにかを察した二葉さんが、言葉を詰まらす。みんなも同じように黙り込むなか、
「え? ちょっとなに!? ペンタゴンってあの五角形の?」
ひとみさんが画面に顔を近づける。近い近い。
「そうアメリカ国防省だよ。大方ハリケーンでも起こして、機能麻痺を狙ったんだろうね」
「……なんて愚かな」
徹さんの言葉に、紅音さんがため息混じりに呟いた。
「……本当ですね。これではダンジョンが広がる云々の前に、人間がこの世界を滅ぼす……社長の危惧していた事が現実になってしまう」
「とおさん、かなしいですよ? よしよし」
膝に乗っていたエミーナが振り返り、小さい手で遠野さんの頭をなでる。
「もう一度情報を流す。敵国のダンジョンを破壊するより、自国のダンジョンを攻略した方が金になると。魔石の件もエネルギー物質である事は明かす。それから先は各国が研究していくだろう。それと目に見える物、宝は見つかっているか?」
「いえ、報告は上がってません」
千駄木オヤジに聞かれ、それぞれのギルドマスターが首を振る。
「ダンジョンにはどんなお宝があるんだ? 航平くん」
「えーと、武器や防具、アイテムは魔物のドロップ品が多いです。宝箱はなんと言うか……」
言い淀んでいると、徹さんが何か気づいたように確認してきた。
「田所くん、君のダンジョン以外で、宝箱は見つかったのかい?」
「……いえ、今のところ見つけてないです。ただ品川は80階層以上あるようだし、俺は10階までしかまだ潜っていないから」
でも空間把握と気配探知、捜索をしても見つからないんだよね……。Pちゃんが俺のダンジョンは珍しいと、宝箱を見つけた時言っていたのを思い出す。
「もしかして、宝箱がない可能性が高い? 確かに高知ダンジョンでレベル上げしてても、宝箱は見たことないもん」
美津さんが納得したように頷くと、ギルドマスター全員が頷いた。母さんまで……潜ってレベル上げしてるの!?
「強い魔物を倒せばドロップ品に良い物が出ることもあるってことで、宝箱の件は伏せてていいんじゃない? 見つけたらラッキーくらいで」
「ひとみの言う通りなんだけど、宝物がないってモチベーション下がるよねえ。なんかご褒美なしみたいでさ」
美津さんがあーあと伸びをする。
「あら、じゃあご褒美は、ギルドから出せばいいんじゃない?」
母さんがふふっと、悲しそうに笑った。それはなにか、企んでいる時の笑い方だった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 誤字報告ありがとうございます! 今感謝状を……φ(..) え? いらない?




