ある日の休日
「これでよしっ……」
ビッグホーンのドロップ肉30キロを、10キロずつ切り分け再び収納する。
ビッグホーンの特上サーロイン10kg ×300
ビッグホーンの特上サーロイン30kg ×125
ビッグホーンの特上ヒレ10kg ×32
肉屋になった気分だな。
「航平、空間庫の整理ですピ?」
賢者の家のキッチンで作業していた俺に、ダイニングテーブルの上でオレンジジュースを飲みながら、Pちゃんが聞いてきた。隣りではマシロが両手でチョコチップクッキーを持ち、カリカリもぐもぐしている。
「ん? ああ、品川と八王子ギルドから追加注文が入ったんだよ。30キロずつより10キロずつの方が使い勝手が良いだろ? なんでもかなり人気メニューになってるらしいんだ、俺のレシピ」
まあ美味いもんね、ステーキと甘辛焼き肉。
「ピ!? 私とマシロの分は取っておいて下さいピ!」
Pちゃんが提案したんだろ……。
「大丈夫。あまりドロップしないヒレ肉は渡してないし、そのうち他のダンジョンでも探索者が手に入れるよ。俺が潜った階層まではビッグホーンいなかったけど」
「航平のダンジョンは鉱山があることもそうですが、少し特殊ですピ。それにダンジョンにはそのダンジョンにしかいない魔物がいたりしますピ」
「へえ……そういえば東京のダンジョンにはブギーピッグがいないな。風狐やブラッドトマトは北海道だけだし。なるほどね、そのダンジョンにしかいない魔物か……」
マズイ……。品川と八王子ダンジョンにも地下10階まで潜ったが、ビッグホーンはいなかった。ダンジョン情報でビッグホーンは食用肉と風魔法のオーブをドロップするって書き込んでいる。もしうちのダンジョンにしかいないなら、削除した方が良いか……。
まだダンジョン情報には書き込んでいないが、今のところ八王子ダンジョンでしか見てないデカい鶏、あれは鶏肉と普通のLサイズ玉子5個分はある5Lサイズの玉子をドロップする。しかも両方めちゃくちゃ味が濃厚で旨い。品川にしかいないミツバチは激ウマ蜂蜜をドロップする。他のダンジョンにも、そこでしか今のところ見かけていない魔物のドロップ品食材があった。
まだ他の探索者が来ていない階だから、取り放題なんだよね。食費が随分助かってる上になにより美味い。最初は瞬間移動で走ったり、北海道には連絡船を使ってたけど、マシロの転移で最近行き来してるから、レベルが上がり、一日の転移制限回数が増えたマシロの食べる量がかなり増えていた。なぜPちゃんも食べる量が増えたのかは謎だ。
「エネルギーを取り込むことは生きること、どうせなら美味しく取り込めるのが良いですピ。失われた世界でも皆よく食べ、戦っていましたピ」
このPちゃんの言葉をギルドマスターたちの報告会で伝えた時、軽食メニューだったカフェに、突如としてガッツリ飯が出されることになったのだ。ブギーピッグから10キロの食用肉がドロップすると、俺がその肉を各ギルドに渡していたから、必然といえば必然か。
それぞれ自分の好きな物を出すとニヤけていたっけ。
今では魔石より高値で売れると、保冷バッグを背負った、ブギーピッグ狙いの探索者もいるらしい。ちなみにブギーピッグの肉が手に入らない母さんと遠野親子は、Pちゃんに勧められ今回のメニューになったのだ。
「キュイー」
チョコチップクッキーを食べ終わったマシロが小さな手を合わせ、肩に跳び乗ってきた。
「外に行きたいようですピ」
「キュイッ」
「そうだな、ずっとダンジョンばかりだったし、今日はのんびりするか」
肩の上で飛び跳ねるマシロをなでる。
「それは良いですピ!」
Pちゃんも肩に乗ってきた。
「じゃあ『果樹園』の様子を見てから、あの泉まで散歩しよう」
「賛成ですピ! そこで北海道産アイスクリームも食べたいですピ!」
「キュイ!」
「……はいはい」
すでに見慣れた木製のドアを開け、外に出る。青空の下に門まで繋がるレンガの小道。両サイドには赤、黄色、紫、白色の花が、手入れされた庭で揺れていた。門扉を開き小高い丘から、木々が生い茂る森の中の泉を目指す。でもその前に、森の手前の一角に植えた、リンゴ、モモ、ブドウ、ミカン、レモンなどの果樹園の様子を見ないとね。
「実がなったら、フルーツタルトを作ってくださいピ!」
「キュイキュイ!」
マシロが肩から飛び降り、その背中にPちゃんを乗せ草原の丘を駆け出す。
『賢者の家』のレベルはMAXと思っていた10をとうに超え、19になっていた。レベル依存だから、どこがMAXかもう分からない。すでに広さは北海道くらいになっている。世界が広がるにつれ、森や川、泉、山が出来てきて、きっとそのうち海も出来るんじゃないか?
広い土地に俺の家がぽつんと森の近く……いや、家の近くに森が出来て、土地がもったいないから日本から持ち込んだ果物の苗を植えてみた。気候や土地の養分が合ったのか、すくすく大きくなっている。まだ動物や虫に会っていないから、受粉をどうするかが目下の課題だ。
やっぱ手作業かなぁ。無意識に首に手を当てる。
星A1/3989 タドコロコウヘイ Lv112
俺がダンジョンに初めて潜ってから5ヶ月弱。ギルドが始動した8月11日から40日経ち、また探索者数が増えていた。海外62のダンジョンに、10日前、始めは各20枚渡していた探索者タグも、一昨日追加で新たに500枚ずつ渡したと千駄木オヤジが言っていた。日本の登録者数が1212人、海外勢が人数で上回ったということだ。
でも上位1150名は日本勢が占めている。要は探索者になったばかりの日本人以外は全員が上位なのだ。ちなみに魔石を売る時に使っている『魔石鑑定器』に手首のタグを押し当てた時点で、ランキングが自動的にギルドに残る。
その理由は1ヶ月スタートが早かったのと……それ以外にも理由があった。
「無理ですピ」
以前海外勢が銃や爆弾を使って、あっという間にダンジョンを攻略できるんじゃないかと聞いた時、Pちゃんがあっさり首を振った。
「この国以外では『銃火器』が多く使われているようですが、この世界の『弾丸』という物の素材ではせいぜい地下2、3階までの魔物にしかつうじませんピ。しかもかなり撃ち込まないと倒せない上に、壁が硬い場所もあるので、跳弾と呼ばれる現象もおきますピ」
「なるほどね。でも日本以外だって、銃器を使わない国もあるだろ?」
「ですから武器の違いですピ。日本の探索者たちが使っているのは、ギルドで売られている武器。つまりゆんや定爺たちが魔鉄入りで作った剣、斧、槍、矢じりですピ。言ったでしょう? 航平のダンジョンにある鉱山は珍しいですピ。それを採掘する、加工する、レベルとスキルが必要ですピ」
その事実を報告会でみんなに話した時、
「ほう、良いじゃないか。それなら海外勢も無理はしないだろう。魔石の利用も公安から情報を伏せるように念を押されているからな。言う事を聞いて、千駄木グループは公安に守られながら電気事業を先導していくことになる。公安が主導しているから、自衛隊も出てこられない。ますます一般探索者の活躍に期待だな。ギルドは探索者を全力で支えろ。探索者は日本の未来だ」
ニヤリと両手の指を組んで笑っていた。
……あのオヤジはどこまで先読みしているのか。
「航平! 早くするですピ! アイスクリームが溶けてしまいますピ!」
「キュイ!」
ぼんやりと考えながらリンゴの木の苗を触っていた俺に、Pちゃんとマシロが呼びかけてきた。……アイスクリームは空間庫の中だから溶けないの、知ってるだろ?
「ごめんごめん。今いくよ」
俺は苦笑いして、Pちゃんたちを追って森の中へと入って行った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m広い世界にひとりは寂しそうだけど、Pちゃんとマシロがいれば大丈夫




