警視庁公安部公安第一課
開け放たれた黒い鉄扉の頭上に掲げられた六芒星、盾と剣、そして一枚の羽根。公安部が最重要案件としているギルド本部前で、二人の男が辺りを伺っていた。連絡が入るのを待つ間に、数人の一般人がギルド内に入っていくのを確認している。
「……まったく、今日に限って腰痛が酷い」
なんの特徴もないスーツを着た50代と思われる男が、無意識に腰をさすった。
「川田さん、何か言いました?」
看板を見上げていた川田に、まだ30手前の若い男が、後ろから伺うように声をかける。
「いや、何でもない。ところで渡辺、このやり方どう思う?」
いつもなら外堀の情報収集、取り込み、工作を行って対象に近づくのが定石だ。が、それらを飛び越え、対象といきなり接触するのは異例中の異例だった。
千駄木グルーブ総裁、千駄木一は、司令統括である裏理事官と繋がっている。まことしやかに囁かれていた事が、川田の脳裏をよぎる。
「はは、俺は楽で良いですけど。ただ隠し撮り……『秘撮』に入った徳さんがすぐバレたって話なんで、かなり外部の人間を警戒していると思いますよ」
渡辺が肩をすくめたところで、耳につけたイヤホンに司令部から連絡が入る。
「川田さん。福岡、高知、大阪、八王子、北海道、全員入りました」
緊張した面持ちで、渡辺がスーツの前ボタンを留めた。
「……よし、行くぞ」
木製の階段を踏み鳴らし、川田たちはギルドと呼ばれる品川本部に入っていった。
「ようこそ。探索者ギルド品川本部へ」
黒髪のほっそりとした美人が、悲哀をにじませ川田たちに微笑む。
「警視庁公安部公安第一課の村上です。こっちがー」
「田沼です」
渡辺も偽名を使い軽く頭を下げる。
「品川本部ギルドマスターの田所凪子です。長から包み隠さず話すよう言われてますので、何でも聞いてくださいね。川田さん、渡辺さん」
本名をあっさり言われ、ぎょっとした二人に、ギルドマスターが悲しげに微笑んだ。まるで嘘をつかれた事にショックを受けているかのようだった。
「いや、これは……参ったな」
千駄木からこちらの情報も流れているのだろうか。
「ふふ、どうぞこちらへ」
広いロビーには風変わりな格好をした者たちが、パソコンを操作したり、立ち話をしたりと思い思いに動いていた。皆一様に手には剣、槍、斧、薙刀などの武器を持ち、背中や腰には布や革のバッグを所持している。弓を背負った者までいた。
「冒険者のコスプレ?」
渡辺が呆然と呟くと、
「そうですね。ギルドでは探索者と呼んでいますが、冒険者でもあります。ダンジョンに入って、魔物を倒し、お宝を得る。冒険の世界で活躍していますからね」
と、ギルドマスターが探索者たちを見つめながら、悲しそうに笑った。
「……もしあれが本物であれば、室内であっても何かを傷つけようという意図が存在した場合、すでに違法だ。しかもこんなに大勢で。一体なにを企んでいる?」
大問題だぞ? しかし国家転覆を企てているとすれば、こんなにあけっぴろげに俺たちに見せるだろうか?
「企むもなにも。魔物と戦っているだけです」
「あんたさっきから魔物魔物って。一体なにを言ってー」
「あれはなにを?」
受付を見ていた渡辺が指さした。そこでは黒いツナギに革の胸当てをつけた若者が、カウンターに弓と短めの剣を預けているところだった。
「ダンジョンで使用した武器は、ギルドでお預かりします」
ギルドマスターが説明している間に、今度はカウンターの上に置かれた白い機械に、左手首を押し当てていた。青い小さな光が点滅したのを見届けて、腰につけていたバッグからゴソゴソと何かを取り出し、その機械に入れていく。
「あれは?」
「あれは魔石の買取りです」
「マセキ?」
「はい。魔物を倒すと得られる、エネルギー物質です。最近になって魔法陣の『解読』『解析』が少し出来るようになり、タグによる識別入力が可能になったのでー」
そう言いながらギルドマスターが受付に近づいていく。
「ごめんなさい。ちょっと見学させてもらっていい?」
白いシュレッダーに似た機械を見つめていたツナギの若者が、驚いたように振り返る。
「凪子さん!? も、もちろんです! 早くダンジョンから上がってしまったので、魔石量は少ないですが! これから予備校なんです!」
顔を赤くしながら、聞いてもいないことを答える。中学生くらいかと思ったら、高校生か。
「そうなの? 頑張ってね壱太君」
「はい! ありがとうございます!」
「で、どうするの?」
渡辺が好奇心を抑えようともしないで、壱太と呼ばれた少年に問いかける。職務中ということを完全に忘れているようだった。
「僕はこの機械に描かれた『魔法陣』に、手首のタグを認識させました。そして今日回収した魔石をさっき入れたのでー」
話の途中で、白い機械に点いていた青い光が、緑色の光に変わった。
「ここの液晶画面に魔物の名前と魔石の買取価格が出ますので、オッケーならこのボタンを押します。僕はオッケーなのでー」
ピッと、青いボタンを押す。
「これで僕の銀行口座に、買い取ってもらったお金が直接振込まれました。お金はギルド内のATMであれば、タグで引き出し可能です。そして、カフェや武器道具屋でも、このタグで支払い可能なんです! すごいでしょ?」
「……俺にはさっぱり分からん」
川田の呟きに、
「大丈夫ですよ。これからダンジョンにご案内します。包み隠さずですから」
と、ギルドマスターがとても悲しげに微笑んだ。
「……これは現実か?」
木製の階段を降り外に出ると、黒い鉄扉の頭上に掲げられた六芒星を振り返り、川田が呟いた。
「川田さん、俺『レベル2』です……」
渡辺が川田と同じように六芒星を見上げる。
「……俺もだ。しかも、腰痛が消えた」
癖のように腰をさすっていた手を川田が下げた。
「川田さん、これ、他のギルドに行った奴らも……?」
「……ああ、おそらくな」
「ああ! もうダンジョン見学は終わったようだな」
ぼんやりと佇む二人の後ろから声がかかった。振り返ると、黒いスーツを着た美しい女がそこに立っていた。
「……誰だ?」
「父さ……長から言われている。包み隠さず公安には見せろと。クククッ!」
「千駄木から?」
「そうだ。じゃあ行こうか」
「どこへ?」
「うん? 魔石を利用している施設に決まってるじゃないか。クククッフゴッ!……失礼」
鼻を鳴らした女が、礼儀正しく謝った。
「……川田さん。俺もう、腹一杯です」
「……俺もだ」
二人が泣きそうな顔で呟いた。
読んでくれてありがとうm(_ _)mもうそろそろPちゃんとマシロに会いたいなあ




