長
「長、今日八王子に来た男は『ゼロ』の作業班かと」
会議室のスクリーンに、八王子ギルドの防犯カメラに映った、趣味の悪い柄シャツを着た男が映る。
9月11日、各ギルドが始動して一ヶ月。夜8時を回り、ギルドマスターの皆が集まったところで、遠野さんが今日八王子で起きた事を説明していた。
「そりゃあ『ゼロ』も動くよねえ」
大げさなため息をつきながら、美津さんが短い髪の頭を押さえた。
「そうだね、遅かったくらいかな」
徹さんが両肩を軽くすくめると、
「ちょっと! その『ゼロ』の作業班ってなに?」
ひとみさんがテーブルに両手をついて身を乗り出した。勢いで顔にかかった、茶色くウエーブした長い髪を無造作にかきあげる。
「公安ですよ。国家体制を脅かす事案が発生した際動き出す、警察警備です。その中で直接情報収集に動くのが、作業班と呼ばれている人たちです」
「確かにダンジョン出現は、国家を脅かす事案ですね」
徹さんの説明に、巫女姿の紅音さんが相変わらずの無表情で頷いた。
「海外に情報を渡した時点で、遅かれ早かれ、来るのは分かっていたことだ」
会議室のスクリーン前に座った千駄木オヤジが、ふんっと鼻を鳴らす。
「どうするんですか? もしギルドを、ダンジョンをよこせと言ってきたら……。徹底抗戦ですか?」
二葉さんが顔に似合わず過激な事を言う。
「いや、争うことはしない。なにも国を敵に回そうという訳じゃない」
千駄木オヤジがスクリーンに映った男を見ながら、ニヤッと笑った。
「薫、そっちはどうだ?」
千駄木オヤジに聞かれた先輩が首を振る。
「電気事業の方も、原料を探ろうと嗅ぎまわっている者がいます。ボクの会社の人たちは一枚岩だけど、もし脅迫めいたことに巻き込まれたら、どうなるか分かりません。ボクが襲われる分には返り討ちにできるけど、皆に何かあったら……」
先輩が不安げに両手を握りしめた。
「そうか、分かった。澤井、海外の状況を」
「はい。日本以外の国々で、現在62のダンジョンが確認されています。そしてそれぞれに囲われました」
会議室のスクリーンの柄シャツ男が消え、日本のシェルターとまではいかないが、頑丈そうな囲いで覆われたダンジョンが、スライドショーのように映し出されていく。
「ただギルド体制はまだ整っておらず、ダンジョンの囲いの横に監視塔が建てられているなどはごく一部で、ほとんどが出入りする人間を管理するだけの、急ごしらえの建物が近くにあるだけです」
「今海外が警戒しているのは、自国のダンジョンを爆破される事だけだから、うちのような体制にはならないよね」
徹さんがふふっと微笑む。
「あれ? ギルドのノウハウと情報を渡したんじゃ?」
「渡したぞ? ダンジョンを放置せず、魔力が拡散するように囲え。中に入らない限り、魔物に襲われることはない。もし中に入る場合は、死なないよう探索者タグを首に必ずつけろ。魔物を倒すと身体能力が飛躍的に向上する」
千駄木オヤジがいちいち指を折り曲げ、数えるように言う。
「え? なんで首?」
「ダンジョンは特異的な力を得られる、不思議な場所だからな。ただそれだけに何が起こるか分からん。探索者タグは一種の防御、首を守ってくれる。ただもしダンジョンで得た力を欲望のまま使えば、タグが消滅する時、首ごともっていかれるかもしれないだろ?」
千駄木オヤジが怖い怖いと首をすくめた。
「父さん、それは初耳だ。じゃあ航平君がもし力を使って強盗などしたら、タグの消滅と共に死んでしまうのか?」
「そうなの!? Pちゃんからそんなこと聞いてませんけど!?」
ひいっと思わず自分の首を掴む。同時に目の前にランキングのスクリーンが出た。
星A1/2227 タドコロコウヘイ Lv104
「……あ、探索者が増えてる」
「海外62のダンジョンに、それぞれ20枚ずつ探索者タグを渡してます。どうやら使ったようですね」
澤井さんの言葉に、千駄木オヤジが頷いた。
「もちろん全て仮定の話だ。首にタグをつけないとダンジョン内では危険かもしれんし、ダンジョン外で力を行使すれば、タグが消滅するかもしれない、その時一緒に首も消えるかもしれない。未知な物は恐怖だからな。それを知っている者の言葉は確認しなくても真実として伝わる。ダンジョン出現と出現日を知らせ、実際にダンジョンに潜っている者の言葉は信用に足りるだろ?」
千駄木オヤジが楽しそうに笑う。
「長、なぜそのような嘘を?」
紅音さんが、自分の手首を触りながら言った。
「言っただろう? 仮定の話だと。ダンジョンで得るパワーアップやスキルは、ダンジョン拡張以前に人間自身で世界を滅ぼしかねん。願わくば探索者は対人間ではなく、魔物に対峙して欲しいのでね。おそらくタグを使った者は軍人だろう。身体能力も高い。ナビゲーターがいなくても、まあ大丈夫だろ」
千駄木オヤジがスクリーンに映る、各国のダンジョンの写真を見つめた。
「オヤジさん、魔石で電気を作れることは教えたの?」
魔石の利用は、他の国はどう思っているんだ?
「フハハ! なぜ教えてやらなきゃいけない? 魔物が落とす石と、その石の利用方法とでは、天と地の開きがあるぞ? 航平くん、これはPちゃんが教えてくれた大切な情報だ。日本が世界をリードしていくための布石でもある」
俺の疑問に千駄木オヤジが呆れたように答えた。
「徹『ゼロ』に連絡を取れ。千駄木家は全面的に協力すると」
千駄木オヤジがニヤッと笑うのを見て、心底思った。やっぱり千駄木オヤジは、探索者ギルドの『長』なのだということを。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 滑り込める体力なし……ダンジョン潜りてええ




