節約に勤しんだ結果
ノーパンにスウェットパンツは安心感が無いことが分かった。これもいい経験だ。
…早く洗濯したのが乾きますように。
「じゃあ肉を出すぞ、Pちゃん」
「はいっピ」
Pちゃんが俺の左肩に乗る。もう定位置だな。
ガラステーブルに敷いたラップの上に、空間庫からビッグホーンのサーロイン肉を出す。
「おお、これは改めて見ると凄いな」
肉屋からの直送かと思うほどの綺麗に下処理された肉の塊。
その大きさでテーブルのガラスが見えない。
強化ガラスとはいえ強度が心配だ。
とりあえず食べる分だけ切るかな。
包丁はない。折れたから。
今も「折れた包丁(使用済み) 1」として空間庫に眠ってる。空間庫は優秀で、一度使った物は(使用済み)となって新品とは別枠に分類されている。
「とりあえず1キロ目安で…」
キラーアントの湾曲した刃が良い具合に肉の塊に当たる。
新品だよ? ちゃんと洗ったよ?
スポンジひとつダメにしたけど。スパッと切れるんだもんな。
大体1キロぐらいを10切れ切り出し、1つをまた半分にすると後は空間庫にしまった。
ビッグホーンの特上サーロイン0.5kg 1
ビッグホーンの特上サーロイン1kg ×9
ビッグホーンの特上サーロイン20kg 1
うん、ぴったりだ。
俺は2年ほど肉屋でバイトをしたことがあり、大体の大きさや手で持つとその重さが分かる特技を持っている。
ずいぶん鈍ってきたけどね。
「よし、ご飯は後10分ぐらいで炊けるし、肉焼こう」
「ピ!」
Pちゃんを肩に乗せたまま台所に向かうと、肉をまな板の上に置く。
やっぱり火はしっかり通したいな。あいつの肉だしね…。
厚みのある肉に横から刃を入れ2枚にする。1枚はまた空間庫に収納した。
キラーアント包丁の先端で、脂と赤身の間の筋を適当に切り、コップの底で肉を軽く叩く。
プライパンに油と潰したニンニクをひとかけ入れ、肉に塩こしょうを振る。
ニンニクの匂いが油に移ったところで肉を投入。
ジュワッ
くうう、いい音! 味噌汁も欲しいな。
隣のコンロに水を張った手鍋を火にかける。
肉はしっかり焼き色が付いたところでひっくり返し、もう片面を強火で焼いていく。
手鍋のお湯が沸き、冷凍庫から、切って冷凍しておいた油揚げとネギを取り出す。
顆粒出汁を入れ、先に油揚げを入れる。
裏もきれいに焼けた。ニンニクの香りと相まって堪らない。
「これは良い匂いですピ〜。できましたか? もう食べますかピ?」
肩に止まっているPちゃんが羽をパタつかせる。
「もうちょっとだよ」
弱火にしてアルミホイルを軽く被せ、蒸し焼きにする。
その間に凍った小口切りネギを煮立った手鍋に入れる。冷蔵庫から味噌を取り出し、火を止めてから適当量を溶かして味見。
うん、ちょうどいい感じだ。
ご飯の炊き上がりを知らせる音に、Pちゃんがビクッとした。
皿を用意し、フライパンから肉を移す。
フライパンの残った油にバター、醤油、みりん、生姜チューブから少し生姜を入れ、もう1度火を通してから肉にかけた。冷蔵庫に残っていた最後の半トマトを、3等分にして横に添える。
「できた! ビッグホーンステーキ!」
「ピピッ!」
Pちゃんのバンザイが可愛すぎた。
ガラステーブルにご飯、味噌汁、そしてビッグホーンステーキ。
「頂きます!」
「頂きますピ!」
ひと口ステーキにかぶりつく。瞬間に肉汁が溢れ出す。
「う、うめええええ! なんだこれっ!」
「ピピピ! これは極上ですピ! ごまんのS級ですピ!」
Pちゃんが羽を忙しなく動かす。興奮してちょっと浮いてる。
でもS級なのは同感だ。肉々しく、肉汁たっぷり、脂は甘くとろける。
「航平の料理の腕も良いですピ!」
向かい側で食べていたPちゃんが嬉しいことを言ってくれる。
そんなPちゃんの前には、サイコロ状に切り分けたステーキ2つと、それぞれペットボトルの蓋に入れたご飯と味噌汁。
…冷めないと入れられないし、いつまでも蓋じゃなあ。
今度入れ物を探してこよう。
「あー、7歳離れた妹がいてさ。母親が働いてたから、俺が必然的に家事をしていたんだよ。まあ慣れだね、慣れ」
高校1年の時、肉屋のバイトを始めたきっかけも、妹の美波や母さんに肉を食べさせたかったからだ。まあ、俺が一番食べたけど。
高いからね、肉。
切り捨てる肉とか、売れ残りとかくれて助かったなぁ。店長元気かな。
「…80日後、どうなっちゃうのかね、皆」
ついぼそっと言ってしまった。
「いつの時も、戦う人間は必ず出てきますピ。それを見守る人間も、反対する人間も、無関心の人間も。航平も好きなようにすれば良いんですピ」
Pちゃんは使命感的なことを一切言わなかった。
「…そうだな、俺は人との付き合いも苦手だし、レベルを上げて賢者の家を広げて、母さんと美波を守るのが精一杯だ」
味噌汁をひと口すする。
「よし、食べよう。明日もダンジョンでレベル上げだっ」
ステーキは冷めても美味かった。Pちゃんもガツガツ食べた。
自分と同じ大きさくらい食べたんじゃないか?
もう1枚追加で焼いた分も綺麗に食べ終え、炊飯器に残ったご飯をラップに包んだ。
「後は粗熱をとって冷凍庫…」
そこで気づいた。
そうか、炊きたてを収納すればいいのか! 時間停止付きだった!
いつもまとめて炊いて冷凍していたから気づかなかった。
「…使いこなせてない」
自分に染み付いた主婦感が怖い…。
23歳独身なのに、こんなチートなスキル持ちなのに…。
だけどこれはいよいよ冷蔵庫の存在意義が…。
いやいや待て俺、電気代とか小さいこと言ってる場合じゃない。
もっとスキルで大儲けとか考えないと! 思い浮かばないけど!
そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
ドンドンッ
チャイムが止むと同時にドアが叩かれる。
この遠慮のないドアの叩き方。
「いるでしょ? 開けて」
「ピ?」
Pちゃんが部屋からトテトテと台所にやってくる。
「ああ! ちょっと待って!」
俺は玄関の向こうに叫ぶと、慌ててPちゃんを捕まえベッドに置いた。
Pちゃんが抗議するように片方の羽を上げる。
「妹の美波が来たっ。Pちゃん絶対動くなよ? 連れ去られるぞっ」
小説好きな人は辛抱強いと爺ちゃんが言っていました。読んでくれてありがとうm(_ _)m