表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/222

千駄木オヤジの敗北


「あーあ、明日から学校だよ、ゲンちゃん」


 体長25メートル、銀色イルカの魔物『幻鯨』の頭に乗ったスクール水着姿の美波が、ゲンちゃんに抱きつきながらため息をつく。抱きつくというよりはうつ伏せになっている状態か。


「ミュー」


 よく分かっていないゲンちゃんが嬉しそうに鳴く。遊びに来るだけで喜んでくれる、気の良い魔物なのだ。まあすんごく喜ぶから、お供えの果物も欠かさないが。Pちゃんによれば日本の果物は別格に美味いらしい。

 

 北海道で買ったメロン、20玉なんてペロリですよ? 俺の生命力回復ポーションの売上げ、40本分……。


「良いじゃないか、平穏で」

「そうですピ。学校に通えるというのは、恵まれている証拠ですピ」

「キュイッ」


「そうだけど。毎日来れなくなっちゃう。ゲンちゃんと泳げなくなるぅ。レベル上げも」


 初めてのゲンちゃんに会った時、あんなにびびってたのにねえ。


「お前、これ以上強くなってどうするんだ?」


 美波は今レベル44、ランキングでぶっちぎりの2位だ。まあタグをつけていないから幻の2位だけど。ちなみに週一で来て、魔鉄と魔鉄喰いの糞を回収しているゆんがレベル36、現在の2位だった。魔力丸は今ゆんが一番使っている。回収したそれらは、千駄木グループのギルド配送部門が新潟へ運び、出来上がった武器をそれぞれのギルドへ届けていた。


「ほら、そろそろ行くぞ。オヤジさんからの緊急招集なんだから」


「ちょっと待って! あと一回! ゲンちゃん、小さくなって」


「ミュー!」


 寄り目で美波の小さくなるジェスチャーを確認したゲンちゃんがひと鳴きすると、銀色の体が更に輝きを増した。美波がゲンちゃんの頭から、地底湖の水面にキレイな飛び込みをする。


「おいおいちょっと待っ」


 風魔法5の小さな竜巻と風操作の合わせ技で体を浮かせた直後、座っていたゲンちゃんの頭が消え、体も消える。地底湖の水面に浮いているのは、2メートルほどの大きさになった銀色のイルカと笑っている美波だ。


「ピヨちゃんもマシロちゃんもおいでえー!」

「キュイッ!」


 俺の肩に乗っていたマシロも喜々として湖に飛び込む。


「あはは! ゲンちゃん! マシロちゃん! 競争ね」

「ミュー」

「キュ!」


「ピィ、美波もマシロも、いつまでたっても子供ですピ」


 ウエストバッグの丸窓から顔を覗かせ、呆れたようにPちゃんがため息をついた。Pちゃん水、苦手だもんね。




「遅れました。すみません」

「すみません、私のせいなんです」


 会議室にはゆんと定爺、櫻井先生以外のメンバーがすでに着席し、コーヒーやお茶、ジュースを飲んでいた。


「大丈夫。ボクも今到着したところだ」


 先輩がフォローしてくれると、


「なんだよ、二人でどこ行ってたんだよ?」


 冬馬がふてくされたように言ってきた。


「冬馬、ジェラシーは口に出さず、恋心の燃料に。ですよ?」


 紅音さんが無表情で意味不明なことを言い、冬馬を諌める。


「ジェラシー!?……俺は別に」


「冬馬君はうちのカフェのお得意様だもの。美波が今日お店にいなかったのを心配してくれてたのよ」


 母さんがふふっと口を挟んでくる。


「……恋心の燃料に……名言だ」


 つぐみさんが坊主頭をしきりに頷かせている。


「ああ! 良いなぁ、青春だね。一方私の青春はダンジョンに注がれるのであった」

「美津は24なんだから青春というより、もう生活でしょ?」

「同じ歳のひとみに言われたくない」

「あら? 私は生涯青春よ?」

「二人ともやめなさい。ほらエミちゃんを見習って」


 雁屋三姉妹が座った椅子の後ろを通り、


「こうへいとピーチャンとマチロは、ジュースですよ。みなみはコーヒーですよ」


 エミーナが遠野さんに持ち上げてもらいながらジュースを注いでくれ、澤井さんが美波にコーヒーを入れてくれた。


「ありがとう、エミ」


 ふわふわ金髪をなでる。


「ふふ、どういたしましてですよ」


 にぱっとエミーナが笑う。天使、マジ天使。髪は……羽毛だな。いや、雲に触れたらこんな感じか? ふむふむと柔らかな金髪を堪能していると、千駄木オヤジが咳払いをした。


「ダンジョン爆破、サイクロンの発生、終息報告から一週間経ったわけだが」


 しんと、静けさを取り戻した会議室を千駄木オヤジが見渡す。


「他国でもダンジョンを管理しようという動きが出ている」


「……だろうな。いや、思ったより早かったか」


 冬馬が椅子に寄りかかりながら呟いた。


「そうだな。放っておくこともできたが、あのサイクロンが決め手だ。実害例を知ってしまったからな。()()()()()()ダンジョンが破壊され、天候が左右されれば、農作物は壊滅、インフラ回復にも金がかかりすぎる。なら管理しようってことだ」


「何かの拍子で破壊って、そんなことあるの?」


 美波がこそっと俺に聞いてくる。


「美波ちゃん、残念ながらこの世界は、色々な思惑が絡んでるんだ」


 徹さんが軽く肩をすくめた。


「敵対している国があるとして、何かその国にダメージを与えたいけど、国のトップを狙えば戦争だ。世界中から批難され、自国の存続も危うくなる。でもダンジョンを多発的に狙えばー」


 冬馬が指先をクルクルと回す。


「地下1階部分を()()()()壊しただけで、あの規模のサイクロンが2週間も続いたんだ。もっと多くのダンジョンに、それぞれ強力な爆弾を下層から上層まで順番に仕掛けたら、まあその国は天災によって滅ぶね」


「……その天災が、その国だけにとどまらなかったら? 報復で同じようにダンジョンの破壊行為に及んだら?」


 ひとみさんがかすれた声を出す。


「……世界が、終わる」


 つぐみさんがぼそりと呟いた。


「人が入らないよう、完全に塞いではいけないのですか?」


 紅音さんが祈るように両手を合わせた。


「ピ、魔力は使って消えていきますピ。ただ放っていても魔力は流れ込み続け、ダンジョンは拡張、大気の魔力が濃くなれば、魔物にとってダンジョンの中も、外も同じになりますピ」


 テーブルの真ん中で、Pちゃんが片羽を上げる。


「……出てくるのか。あいつらが」


 先輩がふうっと、息を吐き出した。水を打ったような静けさとはこの事だな……。俺はPちゃんから聞いていたから、まだ平静を保てるけど、皆はショックだろう。そんな中、

 

「みんなでいっしょに、やっつけちゃえばいいのですよ」


 可愛らしい声が会議室に響き、皆が一斉にそちらを向いた。エミーナがジュースグラスを持ちながら、にぱっと笑う。


「ああ、その通りだ」


 千駄木オヤジがにやりと笑った。


「これまで我々が培ってきたノウハウと情報を他国に渡す。もちろん探索者タグもだ。ダンジョンを制圧してもらわんと、世界が滅ぶからな。なあ、エミーナちゃん」


「おっさん、エミですよ」


 エミーナがぷっと膨れた。


「おっさん……?」


「長! エミは『おささん』と言っていまして」


 遠野さんが慌てて手を振る。


「……おささん……おっさん。クククッフゴッ!」


「おっさん、だいじょーぶよ?」


 エミーナが心配そうに千駄木オヤジを見つめると、


「……うん、おっさん大丈夫」


 千駄木オヤジが顔を引きつらせながら、エミーナに笑い返した。


 千駄木オヤジが敗北するのを、初めて見た瞬間だった。




 





読んでくれてありがとうm(_ _)m そして世界が動き出す

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] はいぼく [一言] これは良い負けイベ
[一言] 美波...スク水... ち、ちょっと雉撃ちに...(前屈み) ###10分後### ふう。(スッキリ) そうか...世界が滅びそうなのか... しょうがない。ここはダンジョンの裏のラスボス後…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ