探索者高橋
「ここだ」
大きく開かれた黒い鉄扉の上には、剣と盾、一枚の羽根があしらわれた六芒星のオブジェ。夜勤で偶然見つけた、あのスレッドで皆が言っていた通りだ。はやる気持ちはあるが、足がなかなかいうことをきかない。木で作られた深みのある階段を、ゆっくりと上っていった。
階段を上り、重厚な扉についた銅色の取っ手を下げ、押し開く。その先には総合病院、あるいは星のつくホテルのような広いロビーが広がり、想像以上に人が多くて驚いた。
立ち話をしたり、扉側に置かれた10台ほどのパソコンの前は、それぞれ人が座り、熱心に画面を覗き込んでいる。ジーンズにTシャツの人、工事作業員のようなツナギを着た人、建設現場で見かけるニッカポッカをはいている人など様々だ。ぱっと見の割合は男性8、女性が2というところだろうか。ただみんな胸当てをつけ、ヘッドギアをかぶっていなくても、手に持ったりしていた。
あたりを見回し、同じ制服を着たふたりの女性と、男性ひとりのいる受付カウンターに近づく。それぞれが探索者と思われる若者と、にこやかに話をしていた。カウンターの隅には『新規登録』と小さな表示板と金の押しベルが置かれていて、俺は誰もいないその受付カウンターのベルを押した。
チンッ
澄んだベルの音がして、カウンター奥の扉が開き、中から女性が出てきた。
「お待たせしました。ようこそ探索者ギルドへ。探索者希望の方ですか?」
白いブラウスに黒いパンツの30代後半くらいだろうか。長い髪をひとつにした、どこか悲しげな女性だった。
「はい。あの、自分は46歳なんですが、年齢制限はあるんでしょうか?」
スレッドには18歳以上とは出ていたが、何歳までかは話題に上っていなかった。
「18歳以上であれば問題ありません。最高齢は86歳の方もいますよ」
受付の女性は寂しげに笑うと、カウンターにボールペンと一枚の紙を置いた。
「この用紙に必要事項を記入して下さいね」
用紙には氏名、生年月日、職業、特技など一般的な調査事項が書かれていた。空欄を埋め、用紙を女性に手渡す。
「元料理人というのは?」
女性が用紙を見ながら聞いてくる。
「ちょっと事故で頭を打ちまして……その、嗅覚と味覚が駄目になってしまったんで辞めました。なので今はビルの警備員のアルバイトをしています」
「それは大変でしたね。体調は大丈夫ですか?」
女性がじっと俺を見つめる。細い目の奥の黒目がちな瞳が、ものすごく綺麗だ。きっとこの人に嘘は通用しないだろうと、瞬間的に悟った。
「少し、右側の手と足にしびれがあります。記入しませんでした。すみません」
「大丈夫ですよ。今言ってくれましたから」
女性が責めないながらも悲しそうに言うので、登録に不利になるかもと隠していた自分を少し恥じる。
「特に問題はないですね。これを」
そう言って今度は、小さな黒い物を木皿の上に一枚置いた。薄く四角型のチップで、SDカードに似ていた。
「これが探索者タグになります。左右の手首どちらでもいいので、押し当てて下さい。でも」
チップをつまみ、しげしげと眺めていた俺に女性が言った。
「これはあなたの体に六芒星の印を刻みます。擦っても洗っても取れません。レーザーで焼いても、皮膚を剥がしても取れません。また浮き出てきます。一生死ぬまで、その印と生きることになります。それでも、探索者になりますか?」
「……どういう仕組みかわかりませんが、探索者になります。店の借金がありますし、どの道あとがありませんから」
魔物を倒し魔石を売れば、潰れた店の借金を少しでも減らせるだろう。
「そう……、わかりました。じゃあ手首の内側に、10秒間押し当ててみて」
俺はチップを左手首の内側に押しつけ、1、2、3……と10秒数えた。最後の方で一瞬熱を感じた気がしたが、別段痛くも痒くもなかった。押し付けていた親指をそっと外すと、そこには上下に少し長い六芒星のタトゥーが刻まれていた。
「探索者の道にようこそ、高橋さん。これからよろしくお願いします」
受付女性がにっこりと、悲しそうに笑った。
探索者タグというものをつけ、ダンジョンで得た力をダンジョン外で使った場合のペナルティ、除籍、通報などの話を受けながら、なぜかギルド内にあるガラス張りのカフェに連れて行かれた。
「いらっしゃいませー。って、おか……ギルドマスターどうしたんですか? 休憩?」
白いブラウスにワインレッドの袖なしワンピース。おとなし目のメイド服といった服を着た女の子が近づいてきた。目がクリッと大きな、可愛らしい店員さんだ。いや、そこじゃない!
「ギルドマスター……」
確かにスレッドであった『ダンジョン絡みで悲しい事があったらしい』感じの、悲しげな微笑みをたたえた人だった。でも19歳品川浪人が母くらいって……品川浪人の母親は随分若く産んだんだな、きっと。
「仕事中ごめんね。航がいるかと思って……」
「それならいつものあの隅っこ、観葉植物の陰になる席にいるよ?」
「ありがと。お仕事頑張って」
「うん! ギルドマスターもね!」
店員の子と随分仲がいいらしい。ギルドマスターでも偉ぶっていないんだろう。そのままギルドマスターについて行くと、さっきの可愛い店員が言っていた席に、一人の青年がメロンソーダを飲んでいた。誰か他にいたんだろう。丸い木製テーブルの上には、食べ終わったケーキ皿が5、6枚積み重ねられ、空のジュースグラスが4個置かれている。
「いたいた。ちょっとお願いがあるの。今日探索者登録した高橋さんと一緒に、ダンジョンに行ってくれないかしら?」
声をかけたギルドマスターと俺を青年が見上げる。さっぱりとした薄い顔をしていた。
「かあ……ギルドマスター、俺今さっき、北海道から帰ってきたばかりなんですけど?」
青年が薄い顔を引つらせながら答える。
「他のガイド経験者はみんな出払ってて……お願いよ。ね?」
「分かったよ……じゃあこれ飲んだら行く」
がっくりとうなだれ、ズゴゴッとメロンソーダをすする。
「ありがと。じゃあ高橋さんはもう少し安全な服に着替えましょう。ついてきて」
「は、はい!」
俺はギルドマスターのあとに続いてカフェを出た。
「……ここがダンジョンの入り口。銀行の金庫部屋みたいですね」
ギルド内の階段を降りた一階にそれはあった。鉄の扉には、大型バスのハンドルのような把手がついている。
「ええ、俺は初めて見た時、巨大潜水艦の扉みたいだと思いましたよ。シェルター扉らしいです。どうぞ」
青年が俺にドアを開く役を譲ってくれた。
「……あの、北海道帰りで疲れているところ、付き添ってくれてありがとう。俺は事故で右手と足が少し悪いんです。日常生活は問題ないんですが……。だからもし、危険が差し迫った時は、俺を切り捨てて下さい」
「初めから死ぬつもりで潜るんですか?」
青年の目が、スッと細くなる。
「いやいやいや! 死にたくないですよ! やってた店が潰れて借金背負っても、こうしてあがいて、探索者になったくらいですから」
「良かった。どうせ一緒に潜るなら、店も体も、元に戻しましょう」
「はい?」
二つの丸い窓がついた黒いウエストバッグ、『アディオス』とア○ィダスのパクリと思われるTシャツを着た青年が、にっこり笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m また展開がゆっくりになったとかならないとか?




