探索者ギルド福岡支部初登録者
「じゃあばあちゃん、行ってくるたい」
キュッとスニーカーの靴紐を締め直し、立ち上がる。言われていた時間にはまだ余裕があった。
近所で良かったばい!
背負ったリュックには、水500mlのペットボトル1本、自分で握った梅おにぎり2個、糖分補給用の板チョコ1枚、台所にあった飴数個、タオル、スマホ、財布。
「なんてえ?」
「兄ちゃんどこ行くと? バイト?」
耳が遠くなり始めたばあちゃんと、ソーダアイスをくわえた弟が、玄関のドアノブを掴んだ俺に聞いてきた。長袖Tシャツで隠れていた左手首の六芒星が、ちらりと自分だけに見える。ダンジョンに潜るため、この8月のクソ暑い中、わざわざ長袖のTシャツを着ているのに、なぜかぶるっと身震いがした。
「冒険ばい!」
そのままドアを押し開け、外の世界に踏み出した。
探索者ギルドの鉄扉は開いていた。木の階段を登り切り、銅色の取っ手を押し下げ中に入る。俺の他は誰もいない。昨日はカウンターにいなかった二葉さんが、そこに座っていた。
「おはようございます! ふ、二葉さん」
「おはようございます。ちょっと緊張してます?」
黒髪ストレートに紺色のスーツがよく似合う。新米探偵も良かったが、ホテルのチーフマネージャー役も絶対ハマるばい!
「いいえ! 全然であります!」
「ふふ、体調もよさそうですね。探索者ギルドの利用規約は昨日説明した通りです。リュックには何を?」
「あ、スマホ持ってきちゃった」
利用規約にスマートフォンやiPadなどの機器は、使用不可能になるため持ち込まないようにと書いてあった。
「ダンジョンの中ではスマートフォンも起動しませんからね。破損しやすいので、3階のロッカーに入れるか、こちらでお預かりします」
「じゃあロッカーで。あのロッカーって、いくらですか? 細かいのがなくて」
「ロッカーは無料ですよ。個室シャワールームもご自由にお使いください。でもまず……その格好だと危ないわよ?」
長袖にジーンズ、スニーカー姿の俺に心配そうに小首を傾げる。
可愛かあ……。
「鎧はもちろん、バイクのフルヘルも持ってないし……」
焦って答えていたら、カウンター端の跳ね上げ板を開け、俺の目の前にやって来た。黒いパンプスを履いているせいで、167センチの俺と同じ目線だ。
「ついてきて」
二葉さん先導でカウンターを通り過ぎ、カフェ隣の、武器、防具販売スペースにやって来た。カフェもここも店員が誰もいない。
「明日から他のギルド職員も来るんだけど……。こんなに早く探索者が来るとは思ってなくて。ごめんなさい、今日は私が選んでもいい?」
二葉さんがすまなそうに俺を見る。
「もちろんです! むしろありがとうございます!」
直立不動でお礼をいうと、ほっとしたような笑顔を見せた。
「あなたの体格からいうとMサイズの防刃アンダー、胸当ては……右利き用のこれとヘッドギア。グローブ」
銀や黒がメインのアンダーシャツ、胸当ては革っぽいのにビョウが打たれている物や、黒のメッシュのような物、真鍮や銅板の物。西洋ファンタジーから現代版まで色々揃えられていた。
「なんていうか、全部カッコいいです。このヘッドギアもグローブも。くすぐられるっていうか」
「ふふ、そうでしょう? ギルドの装備統括が、結構有名な職人さんなの。装備は『安全•簡単•格好良い』がモットーなんですって。それにレベルが上がれば、もっと重い装備も身につけられるようになりますよ。たとえば、あれとか」
二葉さんが透明なマネキンが着た、銀と黒の金属で作り上げられたフル装備の鎧を指差した。
……かっこよかあ。ほんでも、ありゃあファンタジーのメイン登場人物が着るもんたい。
「さてと、じゃあ3階で着替えてきてもらっていいですか? 私も下の扉を閉めてきたら、着替えますから」
二葉さんから装備品を受け取りながら、俺は首をひねった。
「あれ? もう閉店ですか?」
「今日はあなたに私がついて行く予定です。誰もいないのに開けているのも申し訳ないので」
「え?……ええ!?」
パサリと足元に、防刃アンダーシャツが落ちた。
「なあ、オヤジさん」
会議室でひとり、美波が淹れたお茶をすすりながらパソコンをいじっていた千駄木オヤジに尋ねる。突然ひとりでやってきて、会議室を使わせろと入っていったので、何となく俺もついてきていた。
「長と呼べ。なんだ?」
パソコン画面を見つめたまま、千駄木オヤジが答える。
「なんで探索者の募集をかけないんだ? 今日だって各ダンジョンにひとり登録者がやって来たら、扉閉めてるんだろ?」
「もしお前が何も知らない状態で、探索者募集、ダンジョンに潜って出現した魔物を倒そう、なんて広告を見て信じるか?」
「まあ確かに。ゲーム会社の広告か、怪しい詐欺かなんかだと思う」
「探索者は黙ってても口コミで増えていく。それより問題は育成だ」
ようやくパソコンから目を離し、ズズッとお茶をすする。
「育成? それなら講習を開けばいいだろ? 何人か集めてさ」
「ABC、3人が講習を受ける。飲み込みの早さはAがダントツだとする。BとCはどう思う?」
千駄木オヤジが3本指を立て、親指以外の人差し指と中指を動かした。
「自分も頑張ろうと思うか……面白くないと思うか、自分は無理と諦める、か」
「初めてのことで、皆が同じスタートラインに立った時、足の早い者が先に行き、遅い者が遅れをとる。そこに芽生える感情は、圧倒的に後者だ。だが探索者はABCそれぞれが唯一無二な存在になれる。足が遅くてもパワーがある。パワーが無くても小回りがきく。頑張ればレベルが上がる。スキルを得られる。だから簡単に諦めて欲しくはないんでね」
千駄木オヤジは話を終えると、温くなったお茶を、やっぱりすするように飲みだした。
「たまには良いこと言うね、オヤジさん。でも俺は3人いっぺんに教えたぞ?」
「長と呼べ。まあお前の場合はそれぞれが曲者揃いだからな。参考にならん。一般的に特別感というのは気持ちが良いものだ。例えばお前が初めての登録者だとする。お前だけにギルドマスターが付き添ってくれて、ダンジョンに潜る」
「うん。普通に嬉しいだろうな。他に人がいるより、のびのびやれそうだ」
「で、ある程度レベルを上げたあと、こう言われたら、お前はどうする?」
千駄木オヤジがにやっと笑った。
「はあはあ……やった……倒したばい」
目の前で淡く光って消えて行く、デカい芋虫を見つめたまま呟いた。粘り気のある糸を吹きかけてきて、避けるのに集中したから、倒すまでに結構時間がかかってしまった。頭の中に3回目のレベルアップのアナウンスが流れる。福岡ダンジョン1階、木々がまばらに生えた広い平原で俺は今、6匹目の魔物を倒したのだ。
素早さは今後の課題ばい。
消えたあとにチョコボールくらいの魔石が転がっていたのを拾い、リュックに放り込む。
「今のはビッグキャタピラー、Lv4から6、昆虫系の魔物です。やりましたね」
自分のことのように喜んでくれる二葉さんが眩しかぁ!
「いやあ、二葉さんの的確なアドバイスがあってこそですよ」
「アドバイスできたのは、先に探索者になった人が情報を収集してくれていたからなんです」
「もしかしてこのタグを触って出てくるランキング、俺は星G21/26ですけど、上位ランカーの人ですか?」
「そうです。ランキング1位の人ですね。私はその人に戦い方を教えてもらったんです」
ニコッと二葉さんが笑う。ジェラシー……。
「そして今、私はあなたと一緒に潜っている。これから探索者がやって来たら、今度はあなたが伝えていって下さい。あなたが教えた人が、また誰かに教えていきます。探索者ギルド福岡支部初登録者として、どうぞ探索者育成にご協力下さい」
二葉さんの真剣な眼差しに、俺は撃ち抜かれた。
「他の人に教えろ……か」
俺はもうこりごりだけど。
「ああ、探索経験者ひとりが、3人の初心者にそれぞれ教えるだけでいい。あとは勝手に増えていく。手間もかからん」
お茶を飲み干した千駄木オヤジがお代りを要求してきた。ポットあるんだから自分で淹れよ……。しょうがなくお茶を淹れていた時、ふと思った。
「あれだな、えっとー、ネズミ講と同じか」
「……お前は単独がお似合いだ」
え? なんで!?
読んでくれてありがとうm(_ _)m 滑り込みアウト過ぎて今日は何日だかもうわかりません……




