皆の職業、俺の職業
「ほんとに辞めるんだ?」
小麦色の肌から白い歯をのぞかせ、新しく自腹購入した、自慢のハイバックチェアに寄りかかり、係長がニヤニヤと笑う。相変わらずのやらしい笑顔だ。ダンジョンが出現した翌日に辞表を提出し、今日は挨拶の菓子折りと、私物の整理に来ていた。
「はい。短い間でしたがお世話になりました」
「馬鹿だろお前。お前みたいな人見知りが、この会社に入れただけでも奇跡なのに。はいもう部外者。人生終わったな」
「……まあ、何とかやっていきます」
係長の部外者になれて幸せです。もう一度頭を下げ、部署を後にしようとした時、
「なあ、千駄木と連絡が取れないんだが、お前知ってるか? 知ってたら教えろよ。あいつも俺に会いたいはずなんだ」
後ろから声を掛けられた。
「知ってますけど? なんで教えなきゃいけないんです? もう俺、部外者なんで」
振り向いてにっこり笑う。
「なんだっ、その言い草は!」
係長が立ち上がり、こっちにやって来た。すかさずちょいと手を動かす。
「ほら係長、皆が見てますよ?」
「ちっ! さっさと行けよ」
お前が呼び止めたんだろ!? 部署の出口ドアを開けた時、後ろから大きな音がした。そのあとクスクスという忍び笑いと、いででと呻く係長の声。ふっ、またつまらぬチェアを切ってしまった。振り返らず、俺は会社を後にした。
「航平、お帰りなさいピ」
「キュイ」
「Pちゃん! マシロ! ただいま! 会いたかったぞお」
肩に乗ってきたふたりをむぎゅっと抱き寄せる。はあ……癒やされる。
「航平、くるしいですピィ」
「キュイィ」
「別れて3時間も経ってないでしょ、こう兄」
Pちゃんに高速で頬を突かれている俺を見て、美波が呆れたように言った。
「いや、ちょっと嫌な小麦色を見てしまったもので。水色と白色に飢えていた」
「何それ? それよりお母さんも仕事辞められたって。さっき連絡があったよ。随分引き止められたみたいだけど」
俺は一瞬たりとも引き止められなかったがな……。
「じゃあいよいよ『品川』か」
「うん、そうだね。ここから30分くらいだから、通勤は楽になるみたい」
「ここに住んでくれた方が、俺も安心だしな。でも一部屋で母さんと二人、美波は良かったのか?」
「もちろん! もうひとつベッド入れても、今まで住んでたアパートより広いし。ピヨちゃんとマシロちゃんにいつでも会えるしね。学校だってここからの方が近いんだよ? コンビニのバイトは辞めちゃったけど」
そこだけちょっと残念そうに笑った。
「そうか。品川のカフェのバイト、頑張れよ?」
来週から品川の探索者ギルド本部が始動する。母さんは千駄木オヤジからぜひと頼まれ、そこで働くことになっていた。俺は反対したが、母さんが妙に乗り気で、話が通ってしまったのだ。しかも美波も働きたがり、俺や先輩は渋ったが、母さんがこれも経験といってオッケーを出したもんだから、何も言えなくなった。
「うん! それと変な人についていかない、でしょ?」
「まあな」
苦笑いを浮かべる俺の肩の上で、ジタバタしているPちゃんが叫ぶ。
「こら航平! いい加減放しなさいピ! マシロに転移されますピ」
「キュイ!」
「ああ、ごめんごめん」
暴れるPちゃんとマシロから手を離して、ダイニングのソファーに座ると、ついていたニュース番組をなんとなしに観る。
「今日も変わりなし、か」
「長がまだ一般には伏せとけって言ったんだって。世界の偉い人たちに」
そう言いながら隣に美波も座ってきた。
「ああ、聞いた。下手に広めて死人が出たら国が乱れるぞって、千駄木オヤジが世界を脅したんだろ? まあホントのことだけど。ダンジョン出現を警告したから、今まで以上に影響力が増したって徹さんが笑ってたよ……それを笑いながら言えるのも凄いけど」
まだ情報として発信されていないが、世界中に少なくても50以上のダンジョンが出現している。しかもその数は、千駄木家に情報として集まっただけで、だ。
「でも数はまだ把握しきれてないんでしょ?」
「ああ、千駄木オヤジ……長が警告した国は、出現しやすい場所を探して見つけてるけど、それを知らない国は、その土地の人が偶然見つけるしかないからな」
千駄木オヤジのことは、長と呼べ! フハハ! となったので、長と呼ぶことになっているが、まだ時々オヤジ呼びしてしまう。だって理由が、格好良いだろ? だけだからね。面倒くさいオヤジだ。
その長によれば、やはり他国でも人が居着かない、荒れ地や廃墟などに出現しているという。
日本は気枯地と弥盛地を調べた研究者がいてくれたお陰で、こうして事前に把握することが出来た。ちなみにうちの国は、まだ情報を掴んでいない。長が警告してダンジョンを見つけた国も、情報は発信せず、どうするか考えあぐねてるらしい。
まあダンジョンから何か出てくるわけでもないし、初めから誰も立ち入らない場所だから、柵でもして『地盤沈下危険』の立て札を立てておけば良いだけだからな。
「福岡は二葉さん、高知は美津さん、大阪がひとみさん、札幌が紅音さん……八王子は誰がギルドマスターになるの? 冬馬君?」
「いや、あいつは『解析』と『解読』で忙しいし、何より人間的にギルドマスターは無理だろ?」
絶対問題を起こす。
「じゃあ、こう兄?」
「俺は無理。人見知りだから。つぐみさんは防具作製の指揮をとって忙しいし、ゆんや定爺は武器作製で同じく忙しい」
それぞれの支部に防具、武器を揃えるため、皆が大忙しだ。
「澤井さん、徹さん、薫姉さんも無理でしょ? 櫻井先生は自分のクリニックがあるし……」
「……精鋭イレブンの残り二人が、今日帰国するらしい」
俺がため息混じりに言うと、察したように美波が目を見開く。
「あ、もしかして?」
「そのもしかしてだよ。空港からそのままうちに来るから、品川のダンジョンに連れていけって、長からのお達しだ。ほんとに人遣いが荒い。あれは俺を人間だと思ってない」
各地域にダンジョンが出現してから、俺は全てのダンジョンに潜っていた。どんな階層で、どういった魔物がいるのか、まだそれぞれの地下5階までしか潜っていないが、そこで得た情報を、それぞれのギルドの情報板に入れていた。
5階まで探索者が行けるようになれば、ある程度レベルは上がっているはずだから、あとは探索者たちから情報を買うことになると長が言っていた。
「こう兄の部屋じゃなくて、品川ダンジョンなんだ?」
「ああ、魔物のレベルが浅い階層でも高いから、パワーレベリングには時短で良いだろうってさ」
「ふうん、やっぱりこう兄、講師の仕事すれば? ダンジョンの」
「やめてくれ……冬馬たちのパーティーで講師はこりごりなんだよ」
「でもこう兄、仕事辞めて無職なんでしょ?」
「うっ」
俺のステータス……。仕事を辞めてすぐ確認したら、職業がサラリーマン(低)が無職(高)に変わっていた。
魔法使い、戦闘者、騎士、シーフ、忍者……何でも選びたい放題じゃないの!? 俺、結構強いよ!? と心の声が漏れ、美波にバレてしまっていた。
がっくり頭を下げた時、インターホンが鳴った。
「あ、誰か来た」
うなだれている俺を無視して、リビングルームから美波が外の映像を確認する。
「……多分、精鋭イレブンさんのひとりなんだろうけど……どうなんだろう?」
外の映像を見ながら、今度は美波が首をひねった。
え? そんな感じの人? 居留守使おうかな……。ためらう俺たちを急かすように、インターホンが連打された。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 精鋭イレブンの最後のふたりがやっと登場。……分かってる。分かってるよー(;一_一)




