千駄木家2
2020/07/28 0:02:23:0--
2920/07/28 0:12:45:0--
固唾をのんで皆が暗視映像を見守る中、刻々と時間が過ぎていく。
「ふぁー……なんだよ。何も起きないじゃん」
冬馬のあくびが静かな会議室に響いた。一瞬で皆の緊張が解ける。
「俺の部屋にダンジョンが現れたのは明け方だったから、他のダンジョンもそうなのかも」
更地になっている地面に向けられたそれぞれの映像に、特に変わった様子は見られない。右上のコンマ秒数までの時間表示だけが動いているだけだ。時刻は0時30分を回っていた。
ホッとしたような、少し残念なような複雑な心境だな。
「もし今日出現しなかったら、次はいつになるのでしょう?」
巫女姿の紅音さんが、感情のこもっていない声で誰に聞くともなく言った。
「それよりずっと起きているのも体に良くないな。もしこうして監視を続けるなら、交代制にした方が良い」
櫻井先生が腕時計をちらりと見る。
「てかさ、ほんとに今日ダンジョンが出現するのか? そもそも世界中に出現するってのもどうなんだ? こうへーのとこだけじゃねーの?」
「ちょっと冬馬君。ピヨちゃんが間違えるはずないじゃない」
頭の後ろで両手を組み、寄りかかった椅子を更に傾けた冬馬を、美波がむんっと睨む。慌てて冬馬が体を元に戻した。
「そうだぞ、冬馬君。P様は叡智だからな、クククッフゴッ。……失礼。もしかしたら予測場所が間違っていたのかも知れない」
「……ピッピちゃんに聞いてみるか?」
坊主頭の顎ひげマッチョのつぐみさんがぼそっと呟く。ずっと目を閉じていたから寝てるのかと思ったよ。
「つぐみ君、それはやめよう。死人が出る」
先輩が真顔でいうと、ドギマギしたように、大きな体を小さくしてつぐみさんが頷いた。理由を聞かないんかーい! まあ変に起こせばエネルギー砲発射して、俺のマンションに穴が空く。それは嫌だ。
「さっきから皆さんの言っている『ピヨちゃん』『P様』『ピッピちゃん』は、同一人物でしょうか?」
紅音さんが無表情で聞いてくる。そうか、紅音さんと櫻井先生だけふたりに会っていない。
「私たちも初めてピーちゃんに会った時は驚いたわ」
「東海道子の振りが完璧だったよね」
ひとみさんと美津さんがあははと笑い合う。
「本当に。あれで踏ん切りもついたし、私は出会えて良かった」
二葉さんがふふっと微笑む。良かった、記者会見は引き摺っててなさそうだ。
「ピンちゃんはカワイイひよこで、マシロちゃんはカワイイぬいぐるみみたいな子ですよ」
「お、それは良いですね。今度会うことが出来たらモフ……撫でさせてもらいたいなぁ」
お茶を飲みながら母さんが言うと、櫻井先生は銀縁メガネ越しに笑い、ますます混乱した紅音さんは、ピンちゃんはひよこ……新たな名前が……マシロちゃんは何者でしょうか? とブツブツ唱えながら考え込んでしまった。
「地震です」
突然、澤井さんの低音ボイスが、再び静かになった会議室に響いた。
「来たか」
千駄木オヤジがふんと笑う。
「え? 揺れてないわよ?」
ひとみさんが辺りをうかがう。
「ここではなく、福岡ですよ」
徹さんが六つ切り画面の左上を指さした。画像が細かく揺れているのが分かる。
「徹先輩! 高知もだよ!」
美津さんがガタッと立ち上がる。その隣の画像が、福岡に呼応するかのように揺れだした。
「大阪も来たぞっ! 品川も! すげー……ほんとに全部、揺れてる」
「徹、薫、全問正解だな。まずは第一関門突破だ」
千駄木オヤジがにやっと笑い、軽く拍手をする。
冬馬が立ち上がったまま、食い入るように映像を見つめ、やがてゆっくり指さした。
「……出た。ダンジョンだ」
それは劇的な変化でもなく、静かに起こった。映像の一部の土地が消え、ポッカリと黒い闇が映し出された。
「地盤沈下に見えますねぇ。いや、下に落ちたのではなく、土ごと消えたという感じでしょうか」
櫻井先生がメガネをずり上げながら身を乗り出した。穴から何かが出てくる様子もない。
「徹、他の予定地候補からの連絡は?」
「今確認中です」
ノートパソコンの画面を見つめていた徹さんが返事を返す。
「今のところカメラを設置した6ヶ所以外からの報告は、特に変わりなし。地震も起きていませんね」
「気象庁の地震情報にも流れていない。クククッ。限局された揺れだったね。これは近隣住民も気づかないだろう」
スマートフォンを操作しながら、先輩が皆に報告をする。
「さて、ダンジョン出現は確認された。明日、遅くても明後日には世界中から報告が上がるだろう。俺がダンジョン出るぞーと警告してやったからな。徹、薫、次だ」
先輩が頷き、会議室の明かりを消灯から、常夜灯程度の明るさに変えた。
「夜が明けたら当初の予定通り、それぞれの場所にギルド建設を急ピッチで始めます」
パソコンキーを叩き、徹さんがギルドの見取図をスクリーンに映し出した。
「まずダンジョンは1階部分、強固な部屋で囲みます。シェルターと同じだね。ただ1気圧を常に保てるよう換気システムも万全にする」
「なんだよ。1気圧を保つって?」
「ダンジョンから魔力漏れはしないようだけど」
冬馬の問いに答えながら、徹さんがちらりと俺を見る。俺が頷くと先を続けた。
「魔力は1気圧、つまり空気が循環していれば、地球の大気に拡散していく。だからダンジョンの魔物は外に出て来ないらしい。これもPさんから教わった。ただダンジョンから間違って何かが出てきた場合、近隣住民に危険が及ぶかもしれないと考えて、囲うことにしたんだよ」
スクリーンにはダンジョンの黒い塗り潰しを、頑丈なシェルターが囲っている図が映し出される。
「1階は買い取った魔石、レベルタグ、ドロップ品の保管場所にもなっている。2階は受け付け、魔石やドロップ品の売買、武器、防具の陳列、販売スペース。カフェテリア、ATMの設置。3階はシャワールームとロッカー、応急処置室、受け付けスタッフの休憩スペース」
次々に映し出されるイメージデザインと徹さんの説明を、皆呆然と聞いている。
「あまり高い建物は目立つし、時間もかかる。3階建てを予定してるよ」
徹さんが軽く肩をすくめた。
「……そうですよね。でもこの建物だって、随分時間がかかりそう」
二葉さんが目をぱちくりしながら呟く。
「大体1週間ってところだろう。シェルター部分はもう見越して作ってあるし、航平君のこのマンションで、ノウハウは得たからな。クククッフゴッ」
俺のマンション実験物件!?
「1週間!?」
皆が俺とは違うところに驚く。まあ、そうね……。
「……千駄木家、恐るべし」
珍しく感情のこもった紅音さんの呟きに、皆が一斉に頷いた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝が止まらん!




