俺、大家?
「……うう、金はない」
ピンポーン、ピポピポピンポーン
気づくと玄関のチャイムが鳴っていた。……借金取りの夢は、このせいか。
「……分かったから。連打するのは止めてくれ」
ドアを開けると、更にチャイムを鳴らそうとしている定爺と目が合う。
「おはようさん。朝飯はどうするら?」
朝5時、Pちゃんもマシロそれぞれのベッドで眠っている。当然昨日12時間ダンジョンに潜った俺も、寝ていたわけだ。
「朝飯はご自由に……」
「部屋のちびっけえ冷蔵庫に、なにもないけえ。腹が減ったら」
昨日はさすがに俺の狭い部屋に泊めるわけにもいかず、マンションの一室で寝てもらっていた。爺様は朝が早い。
「……なんか作るよ。Pちゃんたちは寝てるから、そっちで」
隣のドアのロックを解除して、1階の北欧風ダイニングスペースを通り、キッチンへ入る。白とダークブラウンの木目が調和した10畳ある広いキッチンには、最新の大きな冷蔵庫が2台、IHコンロが5口、家の風呂くらい広いシンクの下には食洗機が付いている。電気もガスもすでに通っているから、すぐに使える状態だ。鍋、フライパンなどの調理器具に、白磁器で統一された各種食器とグラスも、食器棚に整然と並べられていた。
「おめ、民宿やってんのけ?」
後ろから覗き込んだ定爺が首を傾げた。
「やってないよ……。ほら、向こうでテレビでも見てて」
隣のダイニングからテレビの音が流れ始め、朝飯の準備に取りかかった。
何人分作ればいいんだ? 定爺、Pちゃん、マシロ、美波、先輩に冬馬……なんで先輩たちは帰らなかったのか。澤井さんが夜にPちゃんたちを連れてきてくれた時、帰ればよかったのに。
更によく分からないのが、その車に乗ってきた徹さん、澤井さんまで泊まっている。そう、俺のマンションは6部屋全部、埋まっているのだ。
満員御礼だよ! やったね? ……美波と定爺を除いた4人からは、宿泊料取ってやる!
「……はあ、8人前か」
定爺は米の方がいいだろう。ま、8人分も食パンはないし、米で決定。起きてくる時間はバラバラだろうから……。
空間庫からビッグホーンの肉を取り出し、細かく挽き肉状にしていく。
「レタス、キュウリ、トマト……新潟でもらった夏野菜に感謝!」
フライパンにニンニクを入れ、ひき肉を炒めたら、ソース、ケチャップ、残っていたカレー粉少量、黒胡椒を入れ、更に炒める。
「いい匂いらぁ」
定爺がひょっこり顔を覗かせた。
「まだ出来ないよ?」
「分かってるけえ。そんな食いしん坊じゃないら。今テレビでな、気になること言ってたで」
定爺が顔をしかめる。
「ここ最近、局地的にちびた地震が連続してるってえのと、異常気象」
「異常気象は前からだけど、その局地的な地震はー」
IHコンロを消し、タオルで手を拭きながら、ダイニングに入る。
【ー気象庁によると海南トラフとの関連はないということですが……スガワラさん、少し怖いですね】
ニュースキャスターの女性が、赤いアロハシャツにストローハットを被った中年男に顔を向ける。
【いくら同じ場所で地震が続いたからって……まあ珍しいんだろうけどさ。海南トラフにすぐ繋げるのはナンセンスだよねえ。日本は地震大国なんだから、そういうことも起こるんでしょうよ】
アロハ男が大げさに首を振った。
【確かに地震大国ですものね。……次のニュースです。今人気上昇中の女優、雁屋二葉さんが突然の引退宣言です】
ここでCMに入った。あれ?……雁屋二葉って。
「この地震と、おめの言う『男女』は関係あるのけ?」
オシャレな椅子の上であぐらをかきながら、定爺が聞いてきた。
「……うーん、どうかな。その局地がどこか分かれば」
「そこまではやってねえら」
定爺がチャンネルを変える。
「ー引退? ええ!? そうなんですか!? やだー、ショック! 二葉さんの新米探偵東海道子、大好きだったのにー!」
街角インタビューで、美波くらいの女の子が画面の向こうで口を覆っていた。
「なんだあ!? 東海道子が引退け!?」
画面のこちら側で、定爺が自分の頭に手を置く。そうだね、定爺の影響でPちゃんも東海道子を好きになったし。
「ああ、本当に引退するのか、二葉さん」
綺麗で性格も良さそうで、才能あるのにもったいない。
「……なんらおめ、二葉さんって」
定爺の目が細くなり、いつも以上に眼光が鋭くなる。
「いや、この前一緒にダンジョンの中へー」
「なにい! 『男女の仲』にけえ!?」
定爺が俺の胸ぐらを掴む。
握力半端ないッス! レベル13の爺さんやばいッス!
「……もう、こう兄。朝からどうしたの。二人とも」
「男女の仲ってなんだい? 航平君」
「田所くん、まさかゆんと?」
「航平様と唯さんですか?」
「……煩くて寝てらんねーよ」
ゾロゾロと宿泊中の皆さんがダイニングに入って来た。
「いや、これには訳が……ってどうしてお揃いで?」
胸ぐらを掴まれたまま首を傾げると、美波が大きくあくびをした。
「だって部屋に響くんだもん。二人の声」
美波の言葉に一斉に皆が頷く。
え? そんなに壁薄いの? 欠陥住宅!?
「航平君『全部屋通話』のスイッチを押しただろ? クククッフゴ!」
先輩が、液晶テレビの横の壁についているスイッチを指差し、押した。緑の点灯が赤色に変わる。
「なんら、テレビの電源ボタンかと思ったで」
犯人は定爺でした。テレビの電源ボタンは、壁に普通ないだろ?
「お騒がせして。まさか全室に聞こえるなんて……って、なんでそんな物つけてるんですか!?」
ここは『お部屋貸します』の賃貸マンションだろ? 全室一斉放送っておかしくない!?
「いや、あった方が便利だろ?」
「何に!?」
「食事時の呼び出しに。クククッ! フゴッ」
誰が住むのか、住もうとしているのか怖くて聞けない。俺、大家さんなのに……。
「まあ、普通に貸すより、高い家賃がもらえるはずだよ?」
徹さんの優しさがしみる。
「とりあえず朝ご飯もう出来るので、食べます?」
カレー風味のタコライスは大盛況で、作ったのが全部売り切れた。定爺も気に入ってくれたようで、機嫌が直って良かった。二葉さんが今度来た時は、定爺に声をかけると約束させられたけど。
マシロに引っかかれ、Pちゃんのエネルギー砲発射未遂が起きたのは、自分の部屋に戻ってすぐのことだった。食い物の恨みは恐ろしい。
読んでくれてありがとうm(_ _)m またスローファンタジー? 良いんだ! これで良いんだ!( ・`ω・´)




